第5話 転移魔術
俺、カノン・フォーミアは5歳になった。
3歳のころに算術の勉強が始まり、そして今度は4歳ごろに語学の勉強が始まった。
お母さんが言うには、ある程度しゃべられるようになったほうがいいらしい。
代表的なのは魔人語と獣人語らしく、獣人語は人語と文法が似ていたため、3か月ぐらいでマスターできた。
問題は魔人語だった。
難しすぎた。
文法も人語と全然違うし、何より意味と発音。ほぼ一から意味を覚えていかないといけないし、発音も人語や獣人語とは別物。
読み書きの中の書きもめっちゃ書きにくいし、全てが大変だった。
結局、日常会話程度で俺は限界を迎えてしまった。
そんな経緯が経て語学の勉強を終えると、お母さんは言った。
「そろそろ、魔術の勉強を始めようか」
「魔術!?それ、本当!!お母さんっ!!」
「うん。算術も完璧だし、語学も会話する分には問題ないし、そろそろ自分の身を守るすべを学ばないと」
「やった!魔術だーっ!!魔術の勉強ができるぞっ!!ふぅー!!」
椅子の上で3回転するぐらいに喜んだ。
最近、ずっと魔術の勉強は停滞しているし、できればお母さんに色々聞きたいところだった。
中級魔術を無詠唱で起動できるようにはなったけど、まだ不完全。
それに、コソコソ本を読みながら勉強する必要もないし、魔術だって堂々と使える!
(最高じゃないかっ!!)
まさにこの時を待っていた。
その言葉が一番に似合う状況だ。
「明日から本格的に始めたいから、とりあえず、魔術の基礎中の基礎から教えるから、外に出ようか」
「魔術の基礎中の基礎?」
それって、魔術のレベルや詠唱のことだろうか。
だったら、学ばなくても十分わかるんだけど。
あ、そうだ。お母さんは俺が魔術の勉強をこっそりしているのを知らないんだ。
「魔術はね、学べば学ぶほど基礎が大事になってくる。だから、基礎はしっかりして理解しておいかないといけないの」
「そうなんだ」
たしかに、俺が一番最初に読んだ「だれでも理解できる魔術基礎」でも基礎が大事って書いてあった。
最初を振り返るって意味でもこの授業は俺自身を見つめなおすいい機会かもしれない。
そうして、俺とお母さんは家の外に出た。
相変わらず、空の色は紫色だ。
「それじゃあ、まず魔術の基礎中の基礎からといいたいけど、そもそも魔術とは何かから教えます。まず魔術の起源から」
「え」
魔術とは何か、俺は知らない。そして、興味がない。
だが、お母さんは楽しそうに饒舌に語り始める。
(魔術の起源からってそれってすごく長くなるんじゃ)
「そもそも魔術っていうのは」
察した。
これは長くなるパターンだ。
しかも下手をしたら1日ぐらい。
魔術を学ぶはずが魔術の歴史について学ぶことになってしまったことにため息が出そうになるも、楽しそうに語るお母さんは中々拝めないので、真剣に聞いた。
「つまり、魔術は神々がもたらした叡智ってこと?神が一人の少女に魔術を授けて、それをきっかけに少女は最初の魔術師になった。そして、今度は人々に魔術を広げた。そして、今では誰もが魔術を扱える、この認識で合ってる?」
「理解が早いね、さすが、カノン!」
お母さんは俺を抱きしめた。
「やめてよ、お母さん。僕はただお母さんの言葉をまとめただけだよ」
「うちの子、賢すぎる」
お母さん、どんどん親ばかが加速しているような気がする。
でも、まあ、褒められるのは悪くはない。
「お母さん、ちょっと離れて」
俺はお母さんの魔の手から離れた。
「あぁ~うぅ、お母さん悲しい」
「もう、というか早く僕は魔術を学びたいんだけど」
両腕を腰に当てながら、ぷくっと頬を膨らませた。
「か、可愛すぎる!」
鼻血をたらっと流すお母さんはもう重症なのかもしれないと、思った。
「それじゃあ、まずは魔術を見せてあげる。よく見て、カノン」
雰囲気がガラッと変わり、ゾクッとした。
冷たい瞳、一切感情が読み取れない表情、その姿は初めて見たお母さんの姿を思い出させる。
「わが声に応えよ、火の大精霊よ、地獄の業火を纏いて、塵残さず、焼き尽くせ、獄炎」
手のひらサイズの黒炎が出来た。
その黒炎は一切の揺らぎがなく、完全な円球だ。
そして、森の奥へと放ち、木々を5本ほど焼却した。
「これが魔術だよ、カノン」
「す、すごいっ!!すごいよっ!お母さんっ!!」
「そ、そう?今のは火系統の上級魔術、獄炎。一般的には攻撃魔術に分類される。そこらへん含めてまず教えるね」
「はいっ!!」
そこからお母さんによる魔術の基礎を教わった。
基本的な内容は最初に学んだことと変わらなかったけど、いくつか俺の知らない単語ができてた。
その一つが魔術の系統だ。
魔術の系統はそれぞれ。
火系統
水系統
風系統
土系統
雷系統
氷系統
光系統
闇系統
強化系統
の約9系統に分類される。
”約9系統”と明確にしなかったのはそもそも魔術は系統に属さない魔術が多く、ハッキリと系統として区別できないかららしい。
代表的な魔術を挙げると上級魔術の飛行が当てはまる。
この魔術は一応、強化系統に入るらしいが、それは国によって様々。
こういったこともあって系統は明確に数が決められいない。
さらに簡単に分類されるのが攻撃魔術、治癒魔術、強化魔術の三つに分類される。
これはもっと単純に分けたもので、誰でもわかりやすく分類した結果。
基本的には攻撃魔術と強化魔術が多く、治癒魔術は難しい魔術ばかりでマイナーらしい。
そう考えるとこの世界の魔術はかなり複雑なのかもしれない。
魔術の種類、系統、そして詠唱。いろんなものが混ざり合っている。
(学びがいがあるな、魔術は)
知らないことを知る喜びをかみしめながら、俺はお母さんの話を真剣に聞いた。
「これが魔術の基礎の中の基礎。わかった?」
「うんっ!」
「ならさっそく魔術を使ってみようか。最初は水系統の初級魔術、ウォーターボールからだね。え~と、たしか詠唱文は」
「ウォーターボール!」
そう唱えると、水球が高速で飛んでいき、木に当たった。
「え…………い、今なにしたの?」
「お母さんをまねて、魔術を、使い、ました」
お母さんの驚いた顔に、息をのんだ。
怒っているわけじゃない、と思うがそれでもなぜか、ダメなことをしてしまったのではと焦燥感にかられた。
俺はただお母さんの言う通りにしただけなのに。
「私をまねて?」
「だって、お母さん。魔術を使うとき詠唱文を唱えていなかったから、その…………ごめんなさい」
「やっぱり、うちの子天才すぎるっ!!」
目を輝かせるお母さんはぼそぼそとつぶやき始めた。
また出た、お母さんの親ばかモード。
親ばかモードっていうのは俺が名付けた、お母さんの変な状態のことだ。
「無詠唱魔術を誰にも学ばずにいきなり実践だなんて、天才どころか大天才、魔術師になるために生まれてきたような存在…………ああ、これも天啓。教えがいがある」
お母さんが笑っている。
しかも悪魔の笑みだ。
「安心して、私はみんなから優しい先生って言われてるから」
一体、どこからの情報なんだろう。
というか、今のお母さんから嫌な感じがして、できれば明日からお願いしたいんだけど。
「とりあえず、いろんな魔術を試してみようか。まずは火系統の魔術から」
「は、はぃ」
ダメだ。
俺はどうやら、お母さんには逆らえないらしい。
言いたいことも口に出せないし。
こうして、お母さんとの魔術訓練が始まったのだった。
□■□
やっぱり、お母さんはすごい魔術師なんだと身をもって実感した。
まず学んだことは人によって得意な系統が存在すること。
俺はお母さんにいろいろ魔術を試され、結果、水系統の魔術が得意だとわかった。
その判断材料は魔術の起動時間と魔力の消費量などいろいろあるらしいが、主にこの二つで判断する。
その結果、水系統だった。
たしかに、水系統の魔術はイメージがしやすく、使いやすい感覚があったし、きっと間違いではない。
お母さんに、無詠唱魔術について学んだ。
俺の考えはほとんどあっていたらしい。
魔術は工程を踏むことで起動する。
詠唱は工程を省く手段。
この認識は間違いなかったが、同時に知らないことも教えてもらった。
まず、無詠唱魔術は詠唱魔術より燃費が悪いということ。
でも俺はそう思わなかった。
詠唱魔術、無詠唱魔術も魔力消費量には大差なかったし、お母さんの話にピンとこなかったが、ふと気づいたことがあった。
それは魔力量だ。
俺の魔力量はすでに上級魔術を連発しないと消費しきれないぐらいには多くなっている。
つまり、詠唱魔術、無詠唱魔術における行使する際の魔力消費量に対して、差を感じなくなるぐらいに俺の魔力量は多くなっていることだ。
我ながら、努力の成果をどっしりと感じることになるとはな。
努力は報われるとはこのことだ。
もう一つは無詠唱魔術は基本的に中級魔術までが限界だということ。
というのも、そもそも無詠唱魔術は膨大な情報量を自ら組み立て、工程を踏むことで詠唱なしで魔術を起動させる。
その情報量は上級から人間では処理できない量になるらしく、それを実践しようとすれば脳が破裂するらしい。
ならどうして、お母さんはそれができるのか。
俺は聞いたんだ。
そしたら、お母さんはこう答えた。
『それは、カノンが中級魔術を無詠唱魔術を完璧に起動できるようになったら、教えてあげる』
そんなこと言われたら、意地でも中級魔術を無詠唱魔で起動できるようになるしかないじゃないか。
気がつけば、俺はさらに魔術にのめりこんでいた。
中級魔術を無詠唱で起動させる難しさを実感した。
いや、別に無詠唱で中級魔術を起動させることはできるのだが、それは水系統の魔術だけ。
他は全然できない。
どうしてなのかと、お母さんに聞いても、これが魔術の醍醐味の一言。
つまり、自分で考えろというメッセージとして受け取ることにした。
じゃないと、心が持たない。
あれ、俺って意外とメンタルが弱いのかも。
水系統以外の中級魔術を無詠唱で起動させられるよう特訓している隙間で系統を組み合わせる混合魔術にも挑戦した。
混合魔術は上級魔術でよく使われる手法の一つで、これを習得するだけで魔術の幅が広がる。
最初に試したのは土系統と水系統の魔術を組み合わせて、泥を生み出す魔術。
結果は失敗に終わったけど、いろんなものを得られた。
結論を言えば、混合魔術は魔力消費量が多く、その分、魔術の幅が広くなる。
魔力消費量は組み合わせる系統の数によって左右され、増えれば増えるほど、消費量も2倍、3倍と増加する。
その代わりに何度も言うが魔術の幅が広がる。
それこそ、泥を生み出す魔術とか。
でも混合魔術はかなり難しい。
なぜなら、ただ組み合わせるだけでなく、そのバランスや魔力量など、無詠唱でやろうと思うとその工程の数は上級魔術に近い。
俺にはまだ混合魔術は早かったらしい。
とりあえず、息抜き程度の勉強でとどめておこう。
そう思った。
□■□
半年が過ぎたころ、いつものように魔術の練習をしようと外に出ると、お母さんが珍しく髪をポニーテールで結び、片手には木剣を持っていた。
「お母さん?」
「カノン、今日は剣術の練習をします」
「…………えぇ!?なんでっ!!」
「カノンはもう無詠唱で初級魔術が扱えるし、基礎はもう十分。今度は魔術師の天敵である剣士のことを知ってもらおうと思います」
「け、剣士?」
剣士という言葉に首をかしげた。
この世界には剣士がいるのか。まあ、でもたしかに魔術師がいるのなら、剣士もいるよな。
でも、そこらへんは全然、勉強してないな。
「剣士は剣術を巧みに使って戦う人たちのことだよ。そして、魔術師の天敵」
「どうして、天敵なの?」
「よく考えてみて、カノン。魔術師と剣士が戦ったとして、どっちが有利?」
魔術のほとんどが中距離、遠距離の攻撃が多いが、剣士は近接戦が主なはずだ。
でも、魔術師は距離を取りながら戦えるし、むしろ逆なのでは?
そう疑問に思った。
「まずは剣士の戦い方の動きを見てもらったほうがいいね。カノン、私をよく見てて」
「あ、はいっ!!」
お母さんは木刀を構えた。
そして、ぐんっと!前に一歩を踏み出した瞬間、かすかな熱と共に木を切り裂いた。
その瞬間は1秒も経っていない。
は、早すぎる。
それが一番に思った感想だった。
「私は剣士じゃないから、これが限界だけど、本物の剣士はもっと早い。そう想定すると、どっちが有利だと思う?」
「剣士だと思う」
「そう、どれだけ早く魔術を起動できても、剣士が抜く剣速の前では、まず間に合わない」
「なら、どうすれば魔術師は剣士に勝てるの、お母さん?」
「そもそも剣士を相手にしないことだよ」
「つまり、勝てないってこと?」
そう答えるとお母さんはニコニコと笑った。
「そういうこと」
腑に落ちなかった。
お母さんは何かを隠しているような気がした。
でも、それを知るすべはない。
これはきっとお母さんからのメッセージ。
その答えは自分で見つけろと。
魔術師が剣士に勝てる方法。少し考えてみよう。
「さて、剣術の続きをやろうか、カノン」
「うんっ!!」
そうして、魔術の練習だけでなく、剣術の練習も始まったのだった。
□■□
剣士にはそれぞれレベルに見合った称号がある。
初級剣士:一般的な剣術の基礎を覚えているレベル。
中級剣士:流派を決め、その流派の基本的な技から応用まで扱えるレベル。
上級剣士:闘気を自在に扱えるレベル。
剣豪:その流派には恥じないレベルであり、弟子を持つことを許される。
剣聖:剣術を極めたもの。世界に名を残すレベル。
剣神:英雄の領域。
この六つだ。
大抵の剣士は中級剣士で終わり、才能あるものが上級剣士、剣豪へと上がっていくらしい。
剣聖まで到達すれば一握りの天才。人によっては英雄なんて呼ばれるとか。
剣神に関しては特に教えてくれなかった。
もちろん、魔術師にも称号はある。
第1階梯~第3階梯魔術師:初級魔術全般が扱えるレベル。
第4階梯~第6階梯魔術師:中級魔術全般が扱えるレベル。
第7階梯~第9階梯魔術師:上級魔術全般が扱えるレベル。
第10階梯~第12階梯魔術師:聖級魔術全般が扱えるレベル。
第13階梯魔術師~:神聖級魔術が扱えるレベルとされている。
しかし、魔術師は称号にこだわっていないものが多い。
なぜかというと、魔術師は強さを求めるというよりも魔術を研究する探求者だからだ。
故に自分がいまどれぐらいの実力なのか、興味がなく、比率でというだいだい半々ぐらいだ。
お母さんはすでに第12階梯魔術師の称号を得ているが、どのようにして称号を得るのか、聞いてみた。
すると、魔術師には大抵師匠がおり、名乗っていいと言われたら、いいらしい。
それでいいのかよ、と思いつつもそういうもの、として納得した。
しかし、剣術は魔術のように初級魔術、中級魔術のようなレベルはなく、それは流派によって異なるらしい。
剣術というのは流派のことを指す。
流派の数は無数にあり、独自に発展した流派が多いとお母さんは言ってた。
その中で代表的な剣術を三つ教えてもらった。
一つ目は聖心流。
主に攻撃を防ぎながら、カウンターを狙う剣術で、騎士たちがよく学ぶ剣術。
守りの姿勢からも戦うというより守る剣術であり、剣士からの人気は少ない。
しかし、守りは鉄壁でありその点では剣士たちに評価されている。
二つ目は朧流。
相手の闘気を読み、感覚で戦う剣術。
鋭い五感が求められ、流派の中でも習得の難易度が高い。
だが現状、最強の剣術とされており、剣士たちからの人気はある。
三つ目は一刀流。
ただ素早く、一振りで敵を殺すことに特化した剣術。
最初に剣術を学ぶ上で分かりやすく、剣士の入門として学んでいる剣士たちは多い。
それゆえに剣士から中途半端な剣術と呼ばれており、極める剣士も少ないとか。
その他にもたくさんの剣術があるが、この三つがよく知られている流派だ。
ついでに言うとお母さんはこの三つの流派をある程度、極めており、剣聖の称号を得ている。
魔術もできて剣術もできるなんてお母さんは本当にすごい人だと思った。
しかし、お母さんが主に使う流派はこの三つに属さない。
お母さんがメインで使う流派は天神流だ。
詳しくは教えてくれなかったが、かなりマイナーな流派で、お母さんも学んでいる剣士は片手で数える程度しかいないと言っていた。
ならもう流派は決まったも当然だろう。
俺は天神流を学ぶことにした。
□■□
剣術を学び始めて1週間が経ったとある日。
二度目の人生で初めて挫折しそうになっていた。
「剣術…………難しい、というか疲れる」
「カノン、情けないよ。ほら、立って」
「お母さんの鬼っ!!」
「えぇ!?」
剣術を俺がいた世界で例えるならスポーツだ。
スポーツといえば体力。
そう、俺は壊滅的なまでに体力がないのだ。
素振りを10回やるだけで息が上がるし、足もがくがくになる。
ここまで体力がないと自分自身が心配になるが、今振り返れば体力がないのは当然だ。
だって、お母さんに拾われて今までまともに外に出たことがないのだから。
どうしよう、やめたい。
やめて、本を読みたい。
魔術の勉強がしたい
そう思ってしまったのだ。
「…………お母さん?」
チラッとお母さんの顔を覗くと、涙目になりながら腰を落としていた。
「か、カノンが怒った…………」
「あ、いや、別に起こったわけじゃないよ」
「カノンが怒った。私に初めて…………ふふっ」
不敵な笑みを浮かべるお母さんに俺は一歩、足を引いた。
お母さんが壊れた。
ほほを赤らめながら”ふふっ”と笑い、下を見つめている。
「ついにカノンが反抗期。ふふふっ、と、とりあえず記録しないと、始めての反抗期記念」
「お、お母さん、僕、ちょっと、お手洗いに行ってくるっ!!」
俺はその場から逃げた。
(何も考えずに逃げたけど、大丈夫だよな)
5歳になった俺だが、今までお母さんに怒られたことがない。
むしろ、甘やかされながら生活している。
こういっちゃなんだが、このままではお母さんなしでは生きていけない体になってしまいそうではある。
とりあえず、俺はトイレで用を足した。
「ふぅ~、スッキリ…………うん?」
トイレから出てすぐだ。
トレイの前に一枚の紙が落ちていた。
拾ってみると、魔術陣が描かれていた。
「これって…………」
魔術陣は複雑な魔術を扱う際に扱う手法。
詳しくはわからないけど、きっとお母さんのものだろう。
「たしか魔力を流せば起動すんだっけ? よし、流してみるか」
俺は魔術陣に触れて魔力を流した。
すると、パッと光って全身を包み込みこんだ。
「うん?ここはどこだ?」
ふと気が付けば周りは木々に覆われていた。
その雰囲気はどこか見覚えがあった。
「あっ、捨てられた場所そっくりなんだ。通りで見覚えが…………ってやばくない!?」
後ろを振り返れば道らしき道もなく、木々に覆われている。
(もしかして、これが転移魔術というやつですか)
転移魔術、それは聖級魔術に属する上級魔術より一段上の魔術。
存在自体は知っていたが、まさか転移魔術の魔術陣だったとは。
(と、とりあえず、現状を整理しよう)
転移魔術で転移した場所は間違いなく星屑の森のどこかだ。
それは空の色を見ればわかる。
空は紫色だ。
そして、俺は危機的状況に置かれている。
ここ星屑の森は漂う魔力を吸い、狂暴化した魔物がうじゃうじゃといる。
普段は家の周りにお母さんの結界魔術が張られているから、特に問題なかったけど、今は家の外。
こんな状況で魔物に出くわしたら。
いくら魔術を覚えた俺でも生きては帰れない。
「よし、とりあえず、木の上に登ろう」
もしかしたら、家から離れていないかもしれない。
そう思って俺は早速、目の前の期に向かって歩きだした。
その時、後ろからガザっと草を踏みしめる音が聞こえた。
踏み込み具合から人でないのはあきらか。
(早速、フラグ回収かな)
そう思いながら後ろを振り返ると、そこには。
狂暴化した魔物の特徴的な赤い瞳を光らせたオークがこちらを上から覗いていたのだった。