第3話 クネア・フォーミア
ふと空を見上げると一面が紫色だった。
「お母さん、どうして空は紫色なの?」
「気になるの?」
「うんっ!」
だって俺が知る空は青く輝く空だから。
それともこの世界では朝昼夕方は紫色が当たり前なのだろうか。
気になってしょうがない。
「ここは星屑の森と言って、大気に多くの魔力が含まれていて、その影響で、空が歪んで紫色に変化しているんだよ。だから、この森を抜ければ、晴天の青空が広がっているはずだよ」
「へぇ~」
なるほど、空が紫色になっているのは大気中に含まれている魔力が多いからなのか。
初めて知った。
「…………外の世界が気になる?」
「そうだね。気にならないといえば噓になるかな」
「そう、なら今度、一緒に外に出てみようか」
「えぇ!?いいの!!」
「そうだな~カノンが10歳になったら、星屑の森の近くにある村に行ってみようか」
「10歳って!?7年後じゃんっ!遅いよっ!!」
7年後はあまりにも先過ぎるだろ。
だったら、そんな期待させることは言わないでほしい。夜眠れなくなったらどうしてくれる。
「7年後なんてあっという間だよ。今はまだ、時間の流れがゆっくり感じるだけでね」
「…………そうかな」
「そうだよ」
お母さんの表情がここ最近、さらに柔らかくなった。
もはや、3年前のお母さんはもういない。
なんていえばいかな~、立派なお母さんぽくなったっていう表現が正しいかもしれない。
硬い表情がやわらかくなって、言葉遣いも少しずつ豊かになっていく。
本当にお母さんは何者なのだろうか。
そんな疑問が横を通り過ぎたのだった。
□■□
クネア視点。
クネア・フォーミアが何者なのか、それ一言で表すのであれば、魔女だ。
星屑の森でただ一人暮らす魔女。
何年ここに暮らしているのか、それはもうわからない。
でもそれなりの年数は生きている。
そんな私は星屑の森で異変を感じ取った。
それは今まで感じたことがない違和感で、間違いなく星屑の森に影響を及ぼす異物が紛れ込んだと確信した。
すぐに私はその場所へと向かったが、その正体は星屑の森の影響を受け、変態したトールキングだった。
「…………異変を察知してみれば、ただのトールキングですか」
期待外れと言わんばかりの冷たく、落胆した声とともに私は人差し指をトールキングに向けた。
「獄炎」
無詠唱上級魔術、獄炎をトールキングに向けて放ち、一瞬にして塵と化した。
その時だった。赤ちゃんの泣き声が星屑の森全体に鳴り響いた。
なに?
私は鳴き声が聞こえるほうへと歩き出し、そして一人の赤ちゃんを見つけた。
「どうして、こんなところに人族の赤ちゃんが」
おかしい。ここは大気に含まれている魔力が多く、人族にとっては毒のはず。
もっても数分、それ以上ここにいれば確実に死ぬはずなのに、その子は平然と生きていた。
「みなかったことにしようかな」
とっさに出た言葉だった。
正直、めんどくさい、と思ってしまった。
というのも、昔こんな言葉を口酸っぱく聞いた記憶がある。捨てられた赤子がいれば、助けてあげなさいと。どこかの誰かが、そう言っていたような気がする。
でも、私は子育てなんかしたことないし、何より私なんかが子供を愛せるのかもわからない。
そう思っていた時、赤ちゃんが何かをアピールするように満遍な笑顔を浮かべた。
なにこのかわいい生き物。
赤ちゃんってこんなにかわいい生き物だっけ?もっとこうわがままで醜い生き物だったような。
あ、違う。これはガラマサラマンダーの赤ちゃんだった。
というかこの子…………。
クネアは途中で気づいた。
「この子、高い魔力耐性を持っているみたい。…………育てれば、それなりにはなるかも」
魔力耐性が高いということは内に貯蔵できる魔力量が多く、複雑な魔術を行使できる可能性があるということ。
それに加えて、魔力の影響を受けにくいため、こういった星屑の森のように大気に多くの魔力が含まれている場所でも平然としていられる。
育てれば名を残すぐらいの魔術師になる素質はある。
しばらく、考えた末に。
よし、決めた。
「うん、持ち帰ろう」
子育ての経験はない。でも高い魔力耐性をもつ人族もなかなかいない。
なら、育ててみよう。
最悪、最低限の教育と外で生きていく術を教えて、星屑の森の外に置いていけばいいし。
そんな軽い気持ちでクネアは一人の赤ちゃんを拾ったのだった。
□■□
私が主にやることは本を読んで、お腹が空いたら、外に出て食料をとってきて料理して食べる。
そんな毎日だったけど、赤ちゃんを拾ってからすべてがガラリと変わった。
何が変わったかというと、まず一つは記念日をメモする習慣がついたこと。
赤ちゃんの成長はたった1日経つだけで、大きな変化がある。
その一つ一つが私の心を大きく揺さぶり、喜びを与えてくれる。不思議な気持ちだ。
「もしかして、これが母親の気持ち?」
母親、憧れたことは小さいころにあるけどそれはもう遥か昔のこと。今はそんな感情はないはず。
でも、たしかに私はカノンの一つ一つの動きに感動している。
勝手に本を持ち出して必死に読んでる姿なんて神のような愛らしさがある。
そんな風に1年間、カノンを育てていたら。
「うちの子、可愛すぎる」
親バカになっていた。
必死についてくる姿も愛くるしい、必死に本を読んで魔術の勉強をしている勤勉さ。うちの子は天才でそれでいて世界一かわいい。欠点なんて一つもない。
うちの子、大人になったらモテる、絶対に。
頭の中でカノンを褒めていると、気がつけば夕方になっていた。
「はぁ!?私としたことが、早く夕食の準備しないと」
家事などは一通りできる。
よく周りから言われたのだ。家事ができないと嫁にいけないって。
役に立たないと思っていたけど、今は感謝している。
カノンに立派な姿を見せられるからね。
そうして、日に日にカノンに対する愛情が強くなっていった。
カノンは賢くて、よく魔術の本を読んでいる。最近、お漏らしすることが多いけど、それはそれで可愛すぎる。
とはいえ、そろそろ本格的にカノン育成計画を考えないといけない時期になってくる。
一人で生きていけるように教育しなければ、困るのは愛おしいカノンだ。
でも、どこから始めたらいいんだろう。
算術から?それとも生きる術?魔術を教えるのもいいかもしれない。
あ~カノンに教えたいことがたくさんあって悩ましいよ。
夕食を作りながら、カノンをどう育てていこうかと考えていた時。
ふと、苦い思い出を思い出した。
それは昔、一人でとある国に向かっていた時だった。
金額の相場をよく知らなかった私は適当に食べ物や食料を買った結果、旅の後半で何も買えなくなり、1週間、水生活になったことがある。
思い出すだけでも、あの時は本当に死んでもおかしくなったと思う。
唯一の救いは私が魔術師だったこと。魔力さえあれば水は無限に生み出せるからだ。
そんな経験を思い出した私は即決した。
「まずは算術から教えよう。あんな思いをカノンにはさせられないし」
算術ができれば、お金の管理が簡単にできるし、今後、困ることもないはず。
まずは算術から教えて、それから本格的に魔術を教えよう。うん、これで決まり。
そうこう考えているうちに、いつの間にか夜になっていた。
「お、お母さん」
「どうしたの?」
「ご飯まだ」
「え…………」
夕食の準備をしてから手が動いてなかった。
「今から用意するから、カノンは本でも読んでて」
「はーいっ」
ごめんね、カノン。情けないお母さんで。
心の中で泣くクネアだった。