第2話 魔術の基礎、無詠唱魔術の仕組み
美人なお姉さんに拾われて、3か月がすぎた。
どうやら、美人なお姉さんは星屑の森と呼ばれる、ここで生活をしているようだ。
森の中だというのに、それにそぐわない立派な家。棚にはありえない数の本が積まれている。
そして、基本的に美人なお姉さんはずっと本を読んでいる。
「…………カノン?」
カノン、それが俺の名前だ。
なかなかいい名前ではあるが、これは俺が寝転がっていた籠の中にあった紙に書かれていた名前だ。
それを見つけた美人なお姉さんがそのままその名前を俺に名付けたのだ。
「私が読んでいる本が気になるの?」
気にならないわけがない。なにせ、異世界の本なのだから。それに、今後のためにも異世界の知識はできる限り知っておくべき。
もう二度と失敗しないためにも。
俺は美人なお姉さんの問いかけに頷いた。
「もしかして、この子賢い!?」
ときどき思うのだが、美人なお姉さんは少し変だ。
まあ、たしかにおそらくまだ1歳でもない赤ちゃんが問いに対して答えれば、驚きもするが、それでも。
「やっぱり、拾って正解だった」
ほぼ無表情なのに、ドヤ顔していることだけはわかる。
「カノン、私が読み聞かせてあげる」
美人なお姉さんは俺を軽々と持ち上げ、膝に置いた。
おお、お姉さんの膝だぞ。座り心地最高だな。しっかり堪能しないと。
こうして、美人なお姉さんは本の内容を読み上げた。
でも何を言っているのか、全然わからず、結局眠くなって寝てしまったのだった。
□■□
1年が過ぎ、俺は1歳になった。
とはいえ、特に変わったことはない。
強いてあげるなら、美人なお姉さんの名前が分かったことぐらいだ。
クネア・フォーミア、それが彼女の名前。
そして、これから俺はカノン・フォーミアと名乗ることになる。
まだ少し慣れないけど、家族って感じして俺はとても幸せだ。
□■□
「うちの子はやっぱり天才。あぁ、早く魔術を教えたいよ」
お母さんはよく俺を見て独り言を呟く。まるでバカ親のようだが、そんなお母さんも見慣れてしまった。
そんなことよりお勉強だ。少しでも多く本を読んで知識をつけないと。
俺は本を一冊持ち運んで、お母さんがいない部屋に移動した。
(早速、読みますか)
俺が今、読んでいるのは適当に選んだ本だ。
(やっぱり、所々、読めないな)
それもそのはず、そもそも言語が日本語じゃないからだ。
でも、お母さんが読み聞かせてくれたおかげである程度はわかるようになった。
(若いっていいな。なんでもすごくに覚えられるし、最高だな~)
若さを実感しながら、読んでいた本は「だれでも理解できる魔術基礎」と呼ばれる魔術の基礎が綴られた書物だ。
タイトルはなんか日本チックだが、中身を見れば新鮮ですごく面白い。
それに魔術って単語を聞くだけでもワクワクする。だって日本じゃ本の世界だけの話からだ。
(ふんふん、なるほど…………)
魔術はどうやらそれぞれレベルがあるらしい。
■魔術のレベルは以下の通りだ
初級魔術:基本的な魔術。魔術師なら最初に覚えるような魔術。
中級魔術:基本的な魔術を少し応用した魔術。詠唱が少し長くなり、やられることも多くなる。
上級魔術:中級魔術に性質変化や混合魔術などを組み合わせた複雑な魔術。
聖級魔術:上級魔術を超えた魔術。
神聖級魔術:とにかくすごい魔術。
すごくわかりやすい、さすがタイトル通りの本だ。説明がざっくりしている。
でもこれで理解した。
つまり、魔術を覚えるにはまず初級魔術を覚えろということだ。なにせ、すべての魔術の基礎は初級魔術に連なるからだ。
さらに本にはこう書かれている。
■基本な魔術は3節の詠唱が基本である。
例えば、初級魔術、ファイヤーボールは
【火の精霊よ・わが呼びかけに応え・敵を打て】
初級魔術、ウォーターボールなら
【水の精霊よ・わが呼びかけに応え・敵を打て】
など
3節の詠唱が基本です。
なるほど、つまり魔術には必ず詠唱を挟まないといけないと。
でもお母さんは詠唱していなかったような気がする。
よく料理するときも何も言わずに人差し指に火を点火していたし。
■魔術を使うには一定量の魔力が必要である。
魔力量は生まれながらりに決まっており、増やすには薬草などで増やす以外に方法はない。
やっぱり、魔力という概念が存在するようだ。
それもそうか、魔術といえば魔力。それは日本では当たり前の概念だ。
とはいえ、魔力量が生まれながら決まっているとなると、相当、運に左右されるな。
この本に書かれている通りなら、魔力量が一定量ないとそもそも魔術が使えないということになる。
もしかして、魔術の世界って結構、厳しいのでは?
そんな疑問がよぎった。
とりえず、まずは初級魔術を試してみよう。そうすれば、自分の魔力量がわかるはずだ。
(ってまだうまく発音できないんだよな。仕方がない、さっそく無詠唱で試してみよう)
無詠唱で魔術を発動させるにはやっぱり、心の中で詠唱するのが定番だろう。
俺は両手を広げて、頭の中で初級魔術、ウォーターボールを唱えた。
「…………」
特に何も起こらなかった。
なぜだ?やり方が違ったのか?それとも詠唱を間違いえた?とりあえず、もう一度、やってみよう。
今度はもっとはっきりと、心の中で唱えた。
(水の精霊よ・わが呼びかけに答え・敵を打てっ!!)
「…………あぅ」
やっぱり、ダメだった。
となると、考えられるの一つだけ。ただ心の中で唱えるだけ魔術は使えない。つまり、無詠唱の認識が間違っているということになる。
ただ、唱えるだけじゃダメとなると、いったいどうすればお母さんがやってみたいに無詠唱で魔術を発動させればいいんだ?
(…………わからん)
しばらく、考えていると、ぶるぶるとぞわぞわした感覚に襲われた。
おしっこだ。
(やばい、トイレに行きたい)
そう思った瞬間、ばしゃっ!と水が突然、右手から出た。
「あぇ?」
何もないところから、突然、水が出た。
なんで、急に水が?
まさか、今のが魔術?
俺はただトイレに行きたい、そう思っただけで手から水が出た。別に詠唱をしたわけでもないのに。
思い出してみよう。さっき俺は間違いなく、トイレに行きたいと思った。
その時、一瞬だが手が熱くなったのを感じた。
おそらく、あの感覚は魔力が手に集まったからだ。
そして、次の瞬間、水が手から出た。
魔力の流れ、そして、水を連想させるトレイのイメージ。
もしかして、魔術の無詠唱は魔力の流れとイメージが関係しているんじゃないか?
きっとさっき失敗したのはそもそもイメージがしっかりしていなかったから。だから、心の中で唱えるだけじゃ、駄目だったんだ。
しかし、イメージか、難しいな。ウォーターボールというのだから、円球の水玉がイメージできる。
(よしっ!もう一度、やってみよう!!)
今度はしっかりと、円球の水玉をイメージして。
「んっ!!」
ぽしゃっ!と今度は円球の水玉が飛び出したが、それはすぐに落下した。
なんか、速度がない。
たしかに円球の水玉を出すことはできたが、なんか初級魔術、ウォーターボールのイメージと違う。
もっと勢いよく飛び出すイメージがあったのだが、これは一体、何が原因なんだろうか。
「あぅ?」
突然、体がふらついた。
なんだ、この車酔いのような感覚。まさか、魔力の使い過ぎか?たった二回、魔術を使っただけで?
感覚的にもう一回ぐらいは行けそうだが、やめておこう。多分だけど、もう一回使ったら、気絶する。
俺は明日、試すことにした。
「なんで床が濡れてるの?…………カノン」
お母さんが様子を見に来たのだ。
「もしかして、初のお漏らし!?」
驚きのあまりに口を隠すお母さんは嫌な顔をせずに人差し指を振るだけで濡れていた床が一瞬にして乾いた。
やっぱり、お母さんはすごい。
「初お漏らし記念日と、うん、これでよし」
一体、何が”これでよし”なんだ。というか初お漏らし記念日って恥ずかしいからやめてくれ。
「カノン、一緒に水浴びしようか」
お母さんは俺を抱えて、本をしまって外に出た。
今日は早めの水浴びにようだ。
□■□
お母さんの体は正直、きゅん、きゅん、きゅんっとスレンダーだ。
モデルのように細くて、肌も真っ白。
きっと街中を歩いたら、二度見するぐらいには美人だ。
(というか、お母さんいったい何歳なんだろう)
平然と無詠唱で魔術を使い、家事洗濯、赤茶のお世話もできる。
なのに見た目は20歳前後。
この世界はあれなのか、年をとっても見た目変わらないのか?
そう思ってしまうほどにお母さんの見た目は若いのだ。
「どうしたの、カノン。私の顔に何かついている?」
いや、特に何もついていない。
ただお母さんの正体を探りたくて、じっと見つめていただけだ。
「ふん、赤子の気持ちが分かればいいんだけど、そんな魔術はないし…………子育てって難しい」
お母さんもそれなりに悩んでいるようだ。
たしかに赤ちゃんの気持ちがわかれば、子育ても楽だろう。
とくに0歳から1歳、と言葉をしゃべらない時期となると、なおさらだ。
(ここはひとつ、頑張ってしゃべってみるか)
まだ舌がうまく使えず、結局、黙ったほうが楽だと今まで口を開かなかったが、いずれ言葉を話せるようにしないといけないし、丁度いい。
それに言葉が通じるようになればお母さんも少しは楽になれるはずだ。
「あぅ…………あぁ、お…………」
「?」
何かしゃべろうとする俺にお母さんは首を傾げた。
やっぱり、難しい。でも俺はあきらめない。
何度もしゃべろうと頑張って末についに。
「あぅ…………お、お母つあん」
よし、言えた!ぎこちなくてしっかりと言えなかったけど、ちゃんと言葉になった!
心の中でガッツポーズをとる俺だが、その傍らでお母さんはガタンっとしりもちをついた。
「わ、私のことをお、お母さんって…………記録しないと」
お母さんはガチの目になって記録した。
「初めて言葉をしゃべった記念、初めてお母さんと呼んだ記念、と」
喜んでくれてなによりだ。
俺は満足げに腕を組んだ。
「しかし、お母さんか。まさか、私がお母さんと呼ばれる日が来るなんて、あいつらが聞いたら笑っているんだろうな」
寂しげな顔を浮かべるお母さんはゆっくりと俺を持ち上げた。
「これが親心…………ふん、私もこの1年で変わってしまったみたい。カノン、私が立派なに育てるからね」
笑った。いつも無表情なお母さんが初めて笑った。
まるで本当のお母さん化のように微笑みかけ、優しく俺を抱きしめた。
その温もりは眠くなるほど暖かく、安心感を与えてくれた。
(やばい、すごく眠いかも…………)
俺はそのままお母さんの胸の中で眠りについたのだった。
翌日、風邪を引いた。
(そういえば、水浴びしていた途中だったな、ぐしゅん)
水浴び途中で眠ってしまった結果、体調を崩し、風邪をひいた。そこまで酷くはないが、お母さんは大慌てだ。
たくさん水を汲んでタオルにしみこませおでこに当てたり。
大量のご飯を作って食べさせたり。
ましては長い棒状のものをお尻に…………。
これ以上は言わないでおくけど、とにかくパニック状態だった。
(危ない危ない。あと少しで俺のあそこに大きな傷が残るところだった。ふぅ~)
俺の貞操はお得意の赤ちゃんの泣き声で何とか阻止できた。
とはいえ、風邪のせいか肌寒い。
早く寝て、直さないとな。
そんな状態の中でお母さんは俺を抱きしめ、一緒にベットに入った。
肌寒い体を温めるように俺を大切に抱きしめ、お母さんはゆっくりと視線を赤ちゃんのほうへと移した。
「カノン…………」
俺の名前を呼びながら目を閉じた。
そんなお母さんを見るのは初めてで、早く直して元気な姿を見せないとって思った。
本当に不器用なお母さんだ。
そんなことを思っていると急に眠気に襲われて、そのまま寝てしまったのだった。
□■□
カノン・フォーミアは3歳になった。
ある程度、言葉が話せるようになり、お母さんとも楽しく過ごしているし。
隙あらば、本を持ち出して魔術の練習をしたりもしている。
まさに俺が求めた、順風満帆な人生を送っている。
そんな中、魔術の勉強をしている途中で俺はあることに気づいた。
それは魔力総量の変化についてだ。
「この2年間でものすごい勢いで魔力が増えてるな~順調♪順調♪」
気絶しない程度に魔術を使う毎日。お母さんからはお漏らしと誤解され、恥ずかしい思いもしたけど、そのおかげで自由に魔術を使えるぐらいには魔力が増えた。
例えるなら、ウォーターボールを1000回ぐらい使ってもピンピンするぐらには魔力が増えたのだ。
どうして、そこまで魔力が増えたのか、それはおそらく毎日、魔術を使ったことに起因する。
それは魔力が尽きるギリギリまで魔術を使う日課を続けて1か月後ぐらいのことだった。
日に日に魔力量が増え、魔術が使える回数が増えていったんだ。
てことはだ、魔術を使えば使うほど、結論として魔力総量が増えていることになる。
この事実が発覚した時。
えっ、俺ってもしかしてすごい発見したんじゃないか?
いくら本を読んでもそれを試した記述がないため、この方法で魔力を増やしている人はいないと俺は考えた。
これで俺も最強っ!
なんてな、現実はそう甘くない。
なにせ、俺のお母さんは平然とした顔で無詠唱上級魔術を扱うのだから。
「でもやっぱり、学べば学ぶほどお母さんって何者だよ」
魔術の基礎はある程度、理解できた。
だからこそ、魔術の奥深さに驚き、同時にお母さんが使う魔術がどれだけ洗練されているかわかる。
「とりあえず、今日はもう少し魔術の基礎を掘り下げるか、ふぅ」
俺が一番最初に覚えた魔術、ファイヤーボールの詠唱は。
【火の精霊よ・わが呼びかけに答え・敵を打て】
で、これを唱えれば、火球が勢いよく飛び出す。ウォーターボールも同様だ。
だが、そこで一つ、思いついたことがある。
速度を変化させることはできないかと。
考えた末に、思いついた方法は一つ。
それはイメージだ。
無詠唱ならば、ロケットぐらいの速度をイメージしながらファイヤーボールを起動させれば、その速度で放たれるのではないかと、俺はそう考えた。
だがイメージするのはなかなか難しい。なにせ、ロケットぐらいの速度って実際に見たことがないからだ。
でも、物は試しだ。
「やってみる価値はあるな。あ、でもさすがにファイヤーボールで家を焦がしたらやばいし、ウォーターボールで試そう、うん」
自分の部屋で手を広げて、強く念じながらイメージした。
いつものように水球をイメージしながら、速度のみを少し早いイメージをして。
「ウォーターボールっ!!」
放たれたウォーターボールは少し早かった。
「なんか、違うな」
思っていたのと違う。たしかにほんの少しだけ早くなったが、これでは無詠唱でウォーターボールを使う意味がない。
俺は何か間違えているのかもしれない。
イメージだけでは大した変化を得られないのなら、どうすればいいんだ。
「…………わからん」
魔術が奥深いことを痛感した1日。
だがそれが面白い。前世では、やりがいのない仕事をする毎日だったが、今は好きなことに打ち込めている。
これこそ、まさに俺が求めた順風満帆な生活。
「まだまだ頑張るぞ、おーっ!」
俺は部屋で一人、こぶしを掲げるのだった。
□■□
数か月後、俺はうれしさあまりに叫びそうになるものの、なんとか抑え込んだ。
「解明したぞ、無詠唱の仕組みを」
ついさっき、俺は初級魔術ウォーターボールの速度、密度、消費する魔力の調整に成功した。
これを喜ばずにはいられない。
「くくくっ、魔術を学ぶって楽しいなっ!あはははっ!!」
魔術はイメージ。俺は最初そう考えていた。
結論は違った。
魔術は工程だったんだ。
それは何かを作業する際に工程を決めるのと同じ。
難しいかもしれないが、簡単に言えば、初級魔術ウォーターボールを起動させるために必要な工程は何かを考えるんだ。
まず必要なのは水だ。そのあと水球をイメージしたあと、今度は速度と密度を設定して、それに必要な魔力量を計算するんだ。
この工程を踏むことで初めて初級魔術ウォーターボールとなる。
これを理解すれば後は簡単。速度の設定を変えれば、勝手に消費する魔力量が変化する。それは密度も同様だ。
この工程を省いたのが詠唱であり、無詠唱はこの工程を自分で行わないといけないのが少しネックだが、慣れれば無詠唱のほうが早く魔術を起動できる。
「これなら初級魔術を中級魔術並みの威力になるし、魔力消費も初級魔術だから、大したことはない。もしかして、無詠唱魔術、最強なのでは?」
だって無詠唱魔術を使えるようになれば、たいていの魔術を一段階上の魔術に昇華させられるし、起動も詠唱がない分、早いから絶対につけるようになるべきだ。
でも本を読んだ感じ、無詠唱の記述はなかった。
もしかすると、無詠唱魔術はマイナーなのかもしれない。
しばらく、喜びに浸っていると、ガチャっと扉が開く音がした。
「あ、お母さんが帰ってきた」
俺はすぐに部屋を出て、お母さんを出迎えた。
「お帰りなさい、お母さん!」
「ただいま、カノン。大人しくしてた?」
「当たり前だよ」
本当は魔術の練習をしてたんだけど。
とはいえ、これで無詠唱の仕組みは理解できた。
あとは息をするように無詠唱で魔術を使えるようになることだ。
なにせ、今だと、一つ一つ、丁寧に工程を踏まないと無詠唱で魔術を起動させられないからだ。
まずを底を目標に頑張っていくとしよう。
後悔しないように。
こうして俺は順風満帆な毎日を過ごしながら、魔術の特訓に励んだのだった。