第1話 転生したら赤子で、森の中
目を開けると、視界に広がるのは大自然だった。
(ここは、どこだ?)
どこを見ても緑、緑、緑、緑。
全部、緑一面が広がっている。
(というか、俺って確か、電車にひかれてそれで、死んだ、よな)
おぼろげな記憶を振り返ると、たしかに俺は電車に引かれて死んだはず。そして後悔しかない人生から解き放たれたはずだ。
だとすると、今、ここにいる俺は誰なんだ。
よぎる疑問が右往左往して。
(もしかして、生まれ変わった?)
人生をやり直したい、その願いが叶ったのではと考えた。
それならこの状況にも納得ができる。
手を伸ばせば、小さい手が視界に映る。
(うん、どう見ても俺の手じゃない。間違いない、俺は生まれ変わったんだ)
後悔しかない人生、振り返り、思い出すほど涙があふれそうになる人生だったが、やり直せるんだ。
一からすべてをやり直せるんだ。
ああ、神様ありがとう。
心の底から神に感謝した俺だが、そこで一つ不可解なことに気が付く。
(いや待てよ。ならどうして俺はこんな大自然の中にいるんだ?)
自分の姿は確認できないがこの手からしておそらく赤子だ。ならば、お母さん、お父さんがいるはずだ。
なのに、ここにいるのは俺一人、どう見たっておかしいだろ。
まさか、自然を愛する家庭で子供をこうして自然に触れさせる教育でもしているのだろうか。
いやいや、そんな家庭があるはずがない。
だとすると、これは一体、どういう状況なんだ。
(まさか、捨てられた?なんてな、そんなわけ…………)
ありえる。
デキ婚で子供ができたけど育てられなくて人気のない森に捨てた、みたいな感じで。
(もしかして、これ詰んだのでは。いや、これ詰んだだろ)
二度目の人生がこれから始まるって時にいきなり、バットエンドとかありえないだろ。
ほら、よくある転生ものだと、転生したら貴族の嫡男で、みたいな。
なのに、俺は森の中って、どうしろと。
体を動かそうにも動かせない。
手だけは何とか動かせるが何かができるというわけではない。
このまま俺は死を持つだけなのかと、しばらく木々で覆われた空を眺めた。
太陽光すら遮る木々は風が通り過ぎるとゆらゆら揺らぎ、一瞬だが空が見えた。
紫色だ。
(空の色って紫だったっけ…………まぁ、風が気持ちいからいいか)
優しい風が気持ちよく感じる俺はしばらく、自然を全身で感じることにした。
日光浴ならぬ自然浴だ。
(…………ってこのままじゃダメだろ!!)
大自然の中で赤ん坊が一人。
食料、水もなく餓死。
動物に食べられて死亡。
突然、木が倒れて圧死。
いろいろ考えられる。
何とかしないといけない。
そう考えるも今の俺には何もできないのだ。
自分が赤ん坊でなければ、まだやれることがあるのに。
赤ん坊は無力だ。
しばらくすると、少しだけ息苦しくなった。
呼吸がしずらく、何かが喉に詰まったような感覚だ。
(ふぅ~息がしずらいな)
呼吸ができなくなったわけじゃない。ただ、どうにも呼吸がしずらいのだ。
(少し慣れてきたぞ)
最初は呼吸がしずらいと思ったが、呼吸をしているうちに適応したのが、息苦しさはなくなった。
これで快適だ。
(ってなに、安心しているんだ、俺は)
現状、俺は死を持つだけの状況だ。
そして、その状況を脱出する方法も、その術もない。
せめて、一人でもいい。人が通りがかってくれれば。
ドスンっ!と大地が鳴り響くほどの音が聞こえた。
(な、なんだっ!?)
ドスンっ!ドスンっ!ドスンっ!ドスンっ!
鳴り響く足音は徐々に近づいている。
背筋が凍るほど嫌な予感がした。
そして、それは姿を現した。
見ただけでも3メートルほどの全長を持ち、真っ赤な皮膚からは蒸気を発している。その姿は見たこともない醜い姿をしていた。
(あ~これは死んだわ)
魔物だ。動物でも何でもない、魔物だ。
魔物は首を左右に振って何かを探すそぶりを見せ、ギロッとこちらに視線を向けた。
確実に目が合った。
こちらを覗く瞳。その目は笑っている。まるで獲物を見つけ、喜んでいるような、そんな雰囲気を魔物から感じた。
少しずつこっちに近づいてくる魔物。
(あ~、これで第二の人生も終わりか。早かったな……)
きっと人生で二度も死ぬ経験をする人間はいないだろう。
自慢できるレベルだ。
(でも、さすがに二度死ぬのは怖いよっ!誰か、助かてくれっ!!)
心の中で叫んだ。
すると、魔物の動きが止まった。
(し、死んでない?)
魔物は俺がいる方向とは別方向を向いている。
いったい何を見ているのだろうか。
俺も頑張って顔を魔物が向いている方向へと傾けた。
(な、なにも見えん)
自分が寝かせられているカゴの壁が少し高くて、ギリギリ見えない。
何とかして見ようと力いっぱい頑張るもやっぱり無理だ。
「…………異変を察知してみれば、ただのトールキング」
透き通った女の声が聞こえた。
その声が聞こえるほうへと魔物は向いているようだ。
「うがぁぁぁぁぁぁっ!!!」
魔物は奇声を発しながら声が聞こえるほうへと走り出した。
「獄炎」
ただその一言を発すると、魔物は真っ黒な炎に包まれ、苦しみながら蒸発した。
(な、なに今の!?)
しっかりと見えなかったが、たしかに獄炎って言った瞬間、魔物に黒い炎が引火して燃えた。
(もしかして魔法?異世界でよくある魔法ってやつなのか!!)
初めて見た光景に心が躍る俺だが、すぐに正気に戻る。
(いやいや、今はそれどころじゃない)
ここで彼女が俺に気づかなければ状況は逆戻りだ。
なんとしてでも俺に気づいてもらわないと。
しかし、どうやって気づいてもらう?ここにいると伝える方法なんてないし。
(…………いやあるぞ。一つだけ、赤ちゃんにしかないできないことが)
「おぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!おぎゃっ!おぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!」
赤ちゃんの鳴き声だ。これなら気づいてもらえるはずだ。
「声?」
こちらに近づいてくる足音に合わせて、さらに力いっぱい叫んだ。
そして、ついに彼女は俺が寝ているカゴを覗き込んだ。
真っ白で艶やかな髪に、一切光を通さない緑色の瞳。その姿は絵画におさまるお人形のようだった。
「どうして、こんなところに人族の赤ちゃんが」
左右を首を振り、周りに人がいないか確認するそぶりを見せた後、視線を元に戻した。
「…………見なかったことにしようかな」
(いやいや、赤ちゃんを見て、”見なかったことにしようかな”ってそれ、人としてどうなんですか!?)
明らかに面倒くさそうな表情を浮かべている美人なお姉さん。
このままでは立ち去ってしまう。
何とかして、拾ってもらわねば。
(そうだ。赤ちゃんと言えば可愛さだ。ここは全力のかわいいスマイルで)
「うん?」
俺は全力で可愛い赤ちゃんスマイルを浮かべた。
(どうだ?これで拾いたく)
「…………」
(目が死んでる!?これ、ダメな奴だ!これ完全にダメな奴だ~!!)
完全に勝機を失った俺は絶望した。
もう駄目だと。ここで死ぬしかないのだと。
アーメン。
「この子、高い魔力耐性を持っているみたい。…………育てれば、それなりの魔術師にはなるかも」
美人なお姉さんの言葉に俺は耳を傾けた。
(今、なんて言った?よく聞こえなかったんだが)
美人なお姉さんはしばらく顎に手を当てて考えた後、赤ちゃんが寝転んでいる籠を何の動作もせずに浮かせた。
「うん、持ち帰ろう」
手を使わずカゴを持ち上げ、美人なお姉さんは歩き始めた。
(よくわからないけど、助かったのか?)
いまいち、状況がつかめないが明らかな進展があったのは確かだ。
だとすれば、助かったとみていいだろう。
だって、魔物に殺される心配は多分もうないのだから。
こうして、俺は白髪の美人なお姉さんにカゴごとお持ち帰りされたのだった。