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第10話 ティカへ贈る誕生日プレゼント、そして試練

 夜遅く、外に出ていたことがお母さんにバレた今日。

 カノンはお母さんの目の前で正座になり、おしかりを受けていた。


「それでどうして、危険な外に出たの?」


 声のトーンが低い。

 目が笑っていない。


「…………その、え~と。ティカの誕生日プレゼントに杖をプレゼントとしようと思って、その、魔力水晶を探しに」


「魔力水晶?」


 クネアは首を傾げる。


「だって、魔術師の杖を作るには魔力水晶が必要だから。だから、探しに行ってた」


 お母さんが怖すぎて顔があげられず、目を合わせることができない。

 そんな中、クネアはため息を吐いた。


「カノン、それならそうと言ってくれればいいのに」


「え…………」


「魔力水晶でしょ。それぐらいだったら私が見つけてあげたのに」


「…………あ」


 そこでカノンは思った。

 どうして、お母さんに手伝ってもらわなかったのかと。


 勝手にお母さんには内緒にしないと、と思っていたが、別に内緒にする必要がなかった。

 だって、ティカにさえ誕生日プレゼントが杖だとばれなければ問題ないからだ。


(完全に失敗した)


 その様子を見つめるクネアはカノンの頭をよしよしと撫でた。


「でも、きっと自分の手で見つけたかったんだよね。 うんうん、その心意気はよし」


 別にそういう理由ではない、と思うが。 

 もしかすると心のどこかでそんなことを思っていた自分がいた可能性は否定できないし。

 初めての誕生日プレゼントを贈る。だからこそ、自分の力だけでなんとかしたい。

 そんな気持ちが心のどこかにあってもおかしくはない。


「でもだからといって勝手に外に出ていい理由にはならないよ。外は、特に星屑の森の中は危険で凶暴な魔物がたくさんいる。カノンも魔術師としての実力をつけてきているし、ある程度は対処できるかもしれないけれど、星屑の森の中だとまだまだ力不足。だからもう二度と、こんなことしないで。せめて外に出るなら私に一言いうこと、約束できる?」


「うん、約束する」


「よろしい、それでこそ私の子だよ」


 クネアはギュッとカノンを抱きしめ、よしよしと何度も頭を撫でた。


 やっぱり、お母さんには敵わない。

 改めて、そう思った。


「それはそうとよく魔力水晶を見つけられたね。しかも、純度も高そうだし、これを使えばいい杖が作れるよ」


「本当?」


「うん、なんなら私が加工してあげてもいいけど」


「うんうん、大丈夫。ティカに贈る杖は僕が一からすべて、作りたいんだ」


「そう、でももし何かわからないことがあったら聞いてね。私こう見えても杖制作にはそれなりの自信があるから」


 ふんっと胸を張るクネアに。


「わからないことがあったら、頼るようにする」


 カノンは元気よく返事をした。

 

 気がつけば、夜遅く、日本時間でいうと深夜2時ごろになっていた。


「夜も遅いし、そろそろ寝ようか」


「あ、そういえば」


 カノンは何を思い出したかのように、声を上げた。


「お母さんに一つ、聞きたいことがあって」


「なになに?何でも聞いて!お母さん、なんでも答えちゃうからっ!!」


 嬉しそうに目を輝かすクネアにカノンは言った。


「この魔力水晶を見つけるときに鎧を着た魔物に遭遇したんだけど、お母さん何か知ってる?」


 その問いにお母さんは首を傾げ、こめかみに人差し指をぐりぐりと押し当てる。

 それから数分後、あっ、と声を上げた。


「…………多分、ファントムだね。ファントムは実体がないから、何かにとりついて放浪していて、人を見つけたら襲ってくるの。しかも厄介なことに実体がないから倒しても数日には元通り。倒すには光系統の魔術が必須なの」


「そうなんだ…………あ、でも、その魔力水晶、その近くに落ちてたんだよ」


「それは変だね。魔力水晶は魔力の結晶だから、落ちてることなんてないと思うけど」


 お母さんは少し、う~ん、と考えた末に。


「可能性があるととしたら、ファントムが魔力水晶を取り込んだ、ぐらいかな」


「取り込む?」


「すべての魔物は魔力が命なの。大気に含まれる魔力を吸収し、生命を維持する。だから魔力を失えば魔物は生命を維持できなくなり、死んでしまう。逆に言えば吸収する魔力が多ければ多いほど強くなり、寿命も延びるの。そして、魔力水晶は言ってしまえば高密度な魔力の塊。それを取り込むことで魔物は強くなるの。でも魔力水晶は言っての通り高密度な魔力の塊。取り込んだら、肉体が耐えられなくて死んじゃうと思うけど、でもまあ、ファントムは実体がないし、耐えられるのかもね。まあ、私はそんな魔物に遭遇したことがないから、一概には言えないけど」


「なるほど~、ありがとう、お母さん」


「答えにはなってないけどね。 なんなら、今度は魔術の勉強じゃなくて、その遭遇した魔物の調査をしてみるのもいいかも。魔術師の本質は探求者。気になるのなら調べればいいんだから」


(たしかに、今度調べてみるか)


 魔術師は本来、気になる事象や物事を調べるものが多い。

 魔術を学ぶのだって、知識をつけるのだって結局は手段を得るため。

 やっぱり、お母さんはすごい人だ。


「なに、お母さん?」


「なにも、ただ我が子の成長は早いんだな~ってしみじみと思っただけ」


「もう7歳だからね。 それなりに成長するよ。だってもうすでにで…………」


「で?」


「いや、なんでもないです」


 思わず、弟子の存在を話しそうになってしまったカノンは若干、冷や汗をかいたのであった。


□■□


 残りの期間を手に入れた魔力水晶を魔力水晶玉に加工することに集中することにした。

 夕方まではティカの魔術特訓、夜は魔力水晶を魔力水晶玉に加工ための勉強をした。

 だが、そこで衝撃的事実に気づいた。

 それは魔力水晶を魔力水晶玉に加工するのは職人技だということだった。


(想像の100倍、難しいんだけど)


 魔力水晶を魔力水晶玉に加工するには、魔力水晶に流れる魔力を断ち切らないように慎重に加工し、さらに魔力の流れも自然のままにしなくてはいけない。

 つまり、繊細な作業、ということだ。

 しかも、練習しようにも魔力水晶は一つしかない。

 だからどうしても一発本番になってしまう。

 そこで仕方がなく、俺はお母さんにコツを聞いてみた。


「加工のコツは魔力操作と変わらないよ。魔力水晶に流れる魔力を感じながら、その流れに沿って加工する、ただそれだけ」


「え、それだけ?」


「それだけだよ。カノンは少し物事を深く考えすぎだね。もっと柔軟にとらえないと」


「…………柔軟にか」


 カノンとしては深く考えているつもりはないが、お母さんがいうのだから恐らくそうなのだろう。

 しかし、魔力の流れに沿いながら加工する。

 つまり、魔力水晶に流れる魔力を感じ取りながら、沿って加工するということ。

 そういう意味では魔力操作の感覚とそう変わらない。

 魔力操作も自身に流れる魔力を感じ取り、自在に操作する手法だ。


「やっぱり、お母さんが」


「うんうん、ありがとう。あとは自分で何とかしてみる」


「そ、そう」


 少し残念そうな顔をするお母さん。

 だが、これに関してはどうしても自分でやりたいのだ。


 それから、お母さんのアドバイスを基にまずは魔力水晶に流れる魔力を感じ取ってみた。

 すると、不思議なことに魔力の流れはきれいな球形を描いていた。


(なるほど、お母さんの言っていた意味が分かったぞ)


 魔力の流れに沿いながら加工する。

 そうすれば、自然と球形になり、無駄な部分がなくなるのだ。


「やれるかもしれない」


 念入りに慎重に俺は加工を始めた。

 最初はミスったりもしたが、魔力水晶をだめにするほどではなく、気を取り直して加工を続けた。

 それから3日が過ぎた。


「で、できたぁぁぁぁっ!!!はぁ…………」


 ばたっと、椅子ごと倒れこみ。


「いてて」


 頭をぶつけた。

 だが、仕方がないのだ。

 魔力水晶を見つけてから3日間、魔力水晶と熱い夜を過ごし、ついに魔力水晶玉の加工に成功した。

 と言っても最初の失敗が原因で本来の魔力水晶玉より少し拙くなってしまったが、それでも魔術師が杖として使う分には十分な仕上がりだ。


「くぅ~、ここまでの達成感があるとマジで気持ちいな。あとは持ち手を作り、魔力水晶玉をはめるだけだな」


 魔力水晶玉に加工したことで、魔力水晶玉は魔力水晶だった時よりも一回り小さくなった。

 最初は俺がプレゼントでもらった杖みたいな見た目にしようかと思ったが想像よりも小さいため、見た目が微妙になりそうだ。

 なので、杖は小さいものにしようと思う。


「ここからは持ち手の作成だな」


 順調に作成が進み、同時にティカの誕生日も近づきつつある。

 そこでよぎるのは誕生日当日に行われる試練。

 不安がないといえば噓になるが、ティカなら大丈夫だろうと思うようにしている。


「…………うん?」


 下の階から扉の開く音がした。

 下の階にはお母さんがいるが、こんな夜に出かけることはほとんどない。

 俺はそっと下の階に降りた。

 すると、そこにはお母さんのほかにもう一人、フード被った誰かがいた。


(お客さんだろうか…………いやでも、ここは星屑の森だぞ。お客さんなんて来るはずが)


 そっと耳を研ぎ澄まし、盗み聞きをすると、こんな会話が聞こえてきた。


「何の用ですか」


「手短に話そう。もうすぐ試練が行われることは知っているな」


「たしか村長の孫娘、ティカちゃんに行われる試練でしたか」


「そうだ。その試練の間、一切、試練に関わらないことをここで誓ってほしい」


「なぜ?っと聞いても?」


「この試練はティカ一人で乗り越えなくてはならない。それがたとえどんな事態に陥ろうともだ。その時、ルールを無視して助けるものがいるかもしれない。その要因は今のうちに消しておきたいのだ」


 誰かは知らないが、要約すると試練の間、邪魔するな、介入するなということだろう。


(これ、俺が聞いていいやつのかな)


 ちょっと不安になるも会話は続く。


「わかりました」


「賢明な判断だ。星屑の森の魔女よ、では契約だ。試練が終わるその時まで、一切、試練に関わらないことを誓うか?」


 フードを被った者がクネアに向けて右手をかざした。


「誓いましょう」


 すると、右手から眩い光が放たれた。

 だが何かが起こることはなかった。


「こんなことをしなくても私、約束は守るんだけどな」


「ふん、では、私はこれで失礼する」


 そう言い残して、扉を開けて去っていった。


(一体、誰だったんだろうか)


 相手はおそらく、ネムット村の誰か。そして星屑の森に入れる人物。

 だが俺が知る限りではそんな人はいない。

 なら、ネムット村の人ではなく、別のだれか、だろうか。


「…………一体、何を考えているのやら。それはそうと、カノン、盗み聞きは感心しないよ」


 どうやら、バレバレのようだ。

 カノンはさっとお母さんの前に姿を現した。


「やっぱり、バレてた?」


「まだまだ気配が消し切れてなかったからね。それはそうと、今の話だけど、特に気にしないで。カノンには関係ないから」


「うん、わかった」


 お母さんはいつもより暗い雰囲気を漂わせていたが、カノンは何も言わなかった。

 そうして、時間が過ぎていき、ティカの誕生日前日、ついにティカにプレゼントとする杖が完成した。


□■□


 ティカの誕生日前日の朝。

 カノンは杖の最終調整を行っていた。

 長さは片手で持てるように、28センチぐらいに調整し、先端に魔力水晶玉を取り付ける。

 あとは魔力水晶玉に魔力を流し、正常に機能するか確認する。

 ついでに言うとこの杖は2つの特性を持ち合わせている。


 一つ目は雷系統の魔術の火力、3倍。

 二つ目は魔力補助、大気の魔力を吸収し、貯蔵・供給する。


 その二つの特性を持ったこの杖はまさに一級品。

 お母さんにも見せたら、よくできているとほめられた。


「初めてにしては最高の出来だな」


 完成した杖をしばらく見つめた。

 すると、ふと思った。


「…………やっぱり、名前を付けたほうがいいかな」


 せっかく、作ったんだ、名前がないのも味気ない。

 でも、いったいどんな名前を付ければいいのだろうか。


「かっこよくて、響きがよくて、それでいてティカにぴったりな名前か…………う~ん」


 頭の中をこねくり回して考えるがピッタリな名前が思いつかない。


「まぁ、名前はいいか。めんどくさいし、それにきっとティカがいい名前を付けてくれる。うん、そうと決まれば、早速、驚かせますかね」



 いつものように、二人しか知らない場所へと向かう。

 しかし、なぜだろうか。

 ほんの少しだけ手が震えた。


(なに、緊張しているんだよ。ただ誕生日プレゼントを渡すだけだろうが)


 手が震える。

 手汗が止まらない。

 これは初めての感覚だ。


 前に進む。


 足が重い。

 この先にティカがいると思うと、心臓が強く締め付けられる。


(ふぅ…………大丈夫)


 そう思いながら、前を向くと、開けた場所に出た。

 いつものように大きくそびえたつ木が最初に目に入り、その下にはティカが優雅に足を伸ばしながら、待っていた。


「やっときたね、師匠」


 こちらに気がつくとトントンっと歩み寄ってくる。

 そしてニヤリと笑いながら言った。


「それで、私に何か渡すものがあるんじゃない?」


 その清々しいまでの正直さに思わず。


「ぷっ、あはははははははっ!!」


 笑ってしまった。


「な、なんで笑うのっ!!」


「い、いやぁ、まさかいきなりプレゼントをねだられるとはおもわなくてさ」


 腹の底から笑うカノンにティカはなぜか、顔を真っ赤にして頬を膨らませる。


「うぅ~やっぱり、キモイ」


「うぅ!? ひさしぶりに聞いた気がする」


 気づけば、緊張感も心臓が締め付けられる感覚もなく、心も軽くなっていた。

 

「それで?」


 何かを待つようにティカこちらを見つめる。


(プレゼントを渡せって顔してるな~)


 俺は指輪から箱を取り出した。


「ティカ、少し早いけど、誕生日おめでとう。これは師匠からの誕生日プレゼントです。受け取ってください」


 ティカはゆっくりと箱を受け取り、紐をほどいて開けた。


「あぁ~、師匠っ!!」


「僕の自信作だ。大事に使ってくれよ」


 喜んでくれると嬉しいな、と思いながらチラッとティカの顔を覗いた。


「はぁ~うぅ、うぅ」


「え、ちょっ、ティカさん?」


 急に涙目になるティカにあわあわするカノン。


(も、もしかして、失敗したのか? 泣くほどうれしくなかったのか?)


 そんな不安が脳裏を駆け巡った。


「き、気に入らなかったか?」


「うんうん、嬉しい。超うれしい」


「そ、そうか」


「ぐすんっ…………これって杖?」


「あ、うん。ほら魔術師のみんなは杖を持ってるだろ。だから…………ごほんっ!」


 気を取り直し、カノンはティカと目を合わせた。


「これを機に正式に第3階梯魔術師の称号を与えます」


 その言葉にティカは目を見開いた。


 魔術師の称号は基本的に師匠が与えるものだ。

 そして、今の師匠はこの俺、つまり、俺が与えなくてはならない。

 もうティカは初級魔術を無詠唱で扱えるし、第3階梯魔術師を名乗っていいレベルであることは誰もが納得するだろう。


 俺から彼女へプレゼントするのは二つ。

 一つは杖。

 もう一つは正式に魔術師として認め、第3階梯魔術師の称号を与えること。


「ティカ、明日の試練、頑張れよ。 応援してるから」


「し、師匠…………なんか、年寄り臭いよ」


「おいおい、まだ7歳のかよわい子供なんですけど!?」


「自分でかよわいっていうのはどうかと思うよ?」


 それはごもっともだと思う。


 ティカは受け取った杖を大事そうに握りしめ。


「…………カノン、大事にするね」


 笑顔でティカは言った。

 それに思わずカノンは視線をそらした。


「ちょっと、どうして顔をそらすの?」


「いや、その…………なんでもない」


 真っ直ぐで、何事にも真剣に向き合って。

 口が悪くて、口を開けば、キモイ、ばっか言ってくる。

 そんな彼女から不意に笑顔を向けられたら。

 照れるに決まっている。


「ふぅ~ん、まいいや。それより、師匠、この杖で早速、魔術、試していいっ!!」


「あ、ああ、もうその杖はティカのものだし、好きにしろ」


「やったぁ!それじゃあ、早速…………」


 ティカは楽しそうに杖を振りかざした。

 すると、魔力水晶玉が光り輝き、先端から雷系統の初級魔術、雷弾(サンダーバレット)を放つ。

 

「うわぁ~すっごいっ!!」


「ちゃんと杖は機能しているみたいだな」


「すごいよっ!師匠っ!これなら、賢者になれる日も近いね」


「いやいや、まだまだだろ」


 雷系統の初級魔術、雷弾(サンダーバレット)は今までにない速度で真上に放たれ、飛散した。

 その火力、速度は今までの比ではなく、明らかに杖の特性が上乗せされているのが見てわかる。


「そうだ。ティカにこの杖の特性について説明をし…………」


「今度はどんな魔術を試そうかな、ふふっ」


「聞いてないな。まぁ、ティカに説明したところで意味ないだろうし、まぁいいか」


 カノンは楽しく魔術をふるうティカの背中を見守ったのであった。


□■□


 試練当日。

 村の人たちは試練場所である森林地帯の前に集まっており、その中心には鉄剣を装備したティカが立っていた。


「ティカ、頑張るんだぞ」

「君ならできるっ!!」

「ティカちゃん、頑張ってっ!!」


 みんな、ティカを送るために集まった村人たち。

 その中にはティカの父、アットレイ・クライスもいた。


「ティカ、父上が課した試練は覚えているな」


「はい、森林地帯に生息しているジャイアントオークの討伐」


「そうだ。ジャイアントオークは皮膚が固く、図体も大きいがその分、足が遅い。急所は頭部、もしくは左胸あたり、そこを狙えないのなら、目を先につぶすんだ。視界を奪え、敵は混乱する。そのすきを狙って…………」


「お、お父さん、話が長い」


「んっ!?おっと、すまん。ついな、とにかく、冷静さを欠かなければ、ティカの敵じゃないはずだ。だから…………」


 アットレイは心配そうにティカを見つめた後、ギュッと抱きしめる。


「お、お父さん?」


「ティカ、頑張るんだぞ」


 今までのお父さんとは少し違う雰囲気に戸惑うも、自然とティカもお父さんを抱きしめた。


「お父さん、私、頑張るよ」


 アットレイが送りの言葉を贈った後、村人たちは一斉に同じ方向を向いた。

 そこには現村長、ブラド・クライスがいた。

 ブラドはゆっくりと歩き、孫娘ティカの前に立った。


 ティカは唾を吞む。

 その圧倒的な威圧感に耐えながら歯を食いしばった。


「ティカ、クライス家に弱いものは必要ない。 この言葉を心に刻んでおけ」


「はいっ!おじいさま」


「よい、顔だ。ならば進め!そして、クライス家の名に恥じぬ成果を私の前に示すのだっ!!」


 ティカは背を向けて森林地帯に視線を移した。

 この先を進めば、ジャイアントオークを討伐するまで故郷であるネムット村に帰ってくることは許されない。


 この日のために、剣術の練習をした。

 賢者ルドラ様にあこがれてから、魔術の練習をして、師匠から杖をプレゼントしてもらった。


 でも一つだけ不満がある。

 それはカノンが見送ってくれないこと。

 弟子が試練に挑むっていうのに一言もないどころか、姿すら見せないなんて、師匠としてどうかと思う。

 これは、試練が終わったら罰を与えないと。

 私の気が済まない。


(そろそろ、行かないと)


 ティカはゆっくりと前に歩き出す。


「サッと試練をクリアして師匠を驚かせてやるんだから」


 そうして、ティカは森林地帯へと足を踏み入れた。


□■□


 ティカが森林地帯へ向かっていく姿を少し遠目で見つめていたものが二人いた。


「まさか、クネアの子供がここにいるとはね」


「奇遇ですね、カルネおばあちゃん」


 どうして二人がここにいるのか、そこに理由はなく、ただ単純に。

 二人は偶然にも居合わせただけ。


(まさか、カルネおばあちゃんがいるなんてな)


 みんながティカを送っている様子を見ていると、カルネが口を開く。


「声をかけなくてよかったのかい?カノン、友達なんだろ?」


「本当は声をかけて、一言ぐらいって思ったけど、あの中に入るのはちょっと。カルネおばあちゃんこそ、声をかけなくてよかったんですか?」


「あたしゃあ、別に、言うことなんてないよ」


 カルネおばあちゃんは相変わらず、ティカに冷たい。

 でもその冷たさは優しさから来ているような気がする。


(素直じゃないってこういうことを言うんだろうな。…………ティカ、頑張れよ)


 こうして、ティカは試練に挑んだのであった。

ティカ・クライスはクライス家の長女。

賢者ルドラにあこがれ、カノンに弟子入りする。

彼女の才能は目に張るものがあり、1か月で初級魔術を無詠唱で完璧に使えるようになった。

だがまだ称号は受け取っておらず、正式な魔術師ではないが。

誕生日前日、誕生日プレゼントと一緒に、師匠であるカノンから第3階梯魔術師の称号を受け取り、正式に魔術師となった。

※称号は基本的に師匠から授かるものであり、称号がなければ魔術師と名乗ってはいけない。

 暗黙のルールがある。

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