プロローグ
毎日投稿ではありませんがよろしくお願いいたします。
人生に疲れ果てた彼は帰りの途中、自動販売機で缶コーヒーを買った。
一口飲めば、コーヒー独特な風味が舌全体に広がり、鼻からコーヒーの香りが抜けていった。
「…………」
気づけば、駅についていた。
ここから約45分、電車に揺られながら自宅に向かう。
もちろん、独身だから帰りを待つ人はいない。
「俺、なんのために働いてるんだよ」
今振り返れば、人生36年、後悔しかないことに気づく。
高校に入学したころ、遅い初恋をした。
しかし、奥手だった俺は結局、告白できなかった。
もし、告白していたら、なんて甘い夢をたまに見る。
その後、大学に入学した。
そこで仲良くなったサークルメンバーは親友と呼べる存在だったが、俺が勧誘した一人の女の子によっ てすべてを失った。
原因はまあ、男女関係だ。詳しくは語らないでおいておく。
おかげで人間関係はめちゃくちゃになり、サークルメンバーとは絶縁になってしまった。
もし、俺があの女を勧誘しなければと何度思ったことか。
そんな事件のせいで俺はうつ状態になり、就職先を適当に決めてしまった。
その結果がこれだ。
何の目的もなく、上司にこき使われて、毎日、働いて帰って寝る生活。
もううんざりだ、こんな人生。
ああ…………もし、人生をやり直せるなら、今度こそはうまく。
「危ないっ!」
後ろから若い女の子の声がした。
振り返ると視界には雲一つない夜空が広がっていた。
きれいな夜空だ。
でもさっきの声は何だったんだ?
「いてっ」
突然、お尻に痛みが走った。
何の痛みかわからず、なんとなく上を見上げれば、制服を着た女の子がこちらに手を差し伸べている。
どうして、そんな必死に手を差し伸べているのかわからない俺だが、じゃりじゃりした触り心地に違和感を感じた。
俺は駅のホームにいたはずだ。なのに、どうして床がじゃりじゃりしているのか。
大きな騒音が鳴り響く。
その方向へと顔を向けるとやっと自分が置かれている状況に気づいた。
路線の真ん中、電車が通る道に俺はしりもちをついて倒れている。
そう、俺は駅のホームの黄色い線から飛び出したのだ。
早く上らないと、そう思って立ち上がろうとする。
だが、途中で止めた。
「早くっ!!」
必死に手を差し伸べる女子高生だが、そんな彼女は視界に入らず、こう思った。
いや、もういっそのこと、この機会に楽になればいいんじゃないか?
後悔しかない人生を生き続けても苦しいだけ。だったらいっそのこと、この機会に楽になれば、それは俺にとって幸せなことなんじゃないかと考えた。
「おじさん、早く!電車がっ!!」
大きな騒音と二つの光がこちらに少しずつ近づいてきている。
止まる気配はない。
必死に手を伸ばす女子高生。しかし、途中で後ろの男たちに手を引っ張られる。
そんな彼女に向って俺は笑った。
ありがとう、俺のために必死になってくれて。
俺は目元から涙を流した。久しぶりに涙を流したのだ。
ああ、でもちょっとだけ死ぬのは怖いかもな。
いや全然怖くないや、だってこんなにも心が軽いんだから。
楽になれる、そんな安心感がだけ心を満たし死ぬのが怖いという感情がないことに、さほど驚きはしない。
これも人生に疲れ果てたサラリーマンの末路なのかもしれない。
大きな騒音とともに全身が光に照らされた。
電車がものすごいスピードでこちらに向かってきて、全身に接触した。
その瞬間、脳裏にぼやけた何かを見た。
きっと走馬灯だろう。
そうして、そのまま電車に全身を打ち付け、即死したのだった。