第8話 賢者、成長する
「あー! また抜け出している!」
「たいたいたいたいたいたいぃぃぃ!」
ふっふっふ、油断したな、フィアナよ。
目を離した数分間、それだけあればベッドから抜け出すなど造作もないわ。転生してから五ヶ月、本当の事を言えば既に歩けるようにはなったが走る事はできない。だから、みっともないがハイハイで逃げ回っている。ハイハイisベスト、これが僕のトップスピードだ。
「はっや! え、本当にハイハイの速度!?」
そんなわけが無いだろう。
現在、隠蔽と風魔法を付与しっ放しだ。つまり、持てるだけの力を使ってフィアナから全力で逃げている。夜間の練習のかいもあって筋力や体力も付いたからな。まだまだ逃げられるぜ。
それに今は父親が仕事に出ている。
本気で逃げている僕に追いつける人なんて限られているんだ。フィアナやイリーナでは決して追い付けない速度に……。
「おやおや、またでございますか。アルフ様」
そんな声と共に体がフワッと浮いた。
お腹辺りに手が回されてそのまま体を引き寄せられる。転生してから何度も見た顔だ。とは言っても大概は今みたいな優しそうな顔ではなくて頬が緩みまくっている時の方が多いけど。
執事のヴァン、僕が勝てない相手だ。
フィアナやイリーナが相手なら幾らでも逃げ切る手はあっただろう。でも、未だに隠れて外へ出られないのは全てヴァンに捕まってしまうから。隠蔽とかを使った事もあったが気が付かれる事も無く待ち伏せされていたし。
「あうあ……」
「はっはっは、そんな顔をされても無駄です。元気な事は良い事ですが外へ出てしまい、怪我をなされては申し訳がたちませぬから」
くっ……いつもなら効いているのに!
やはりアレか! フィアナか! 主の前では甘い姿を見せられないというのか! 夜の時の顔を写真に撮ってバラ撒いてやってもいいんだぞ!
ま、まぁ、いいさ……ヴァンに捕まるのは目に見えていた。というか、ハイハイで逃げ出すようになってからはヴァンにしか捕まっていない。当たり前だ、ヴァンは僕から見ても間違いなく王国上位に入る実力者……今の僕が逃げ出せるわけもない。ここはおとなしく……。
「あいあー!」
「おやおや」
ふははは、なるか! なると思うたか!
残念だったな、ヴァンよ……これも筋力オバケな貴様から逃れるための……って、アレ? 全然、力が弱まっていないんだけど?
「私は油断などしませぬよ。アルフ様の事ですからおとなしくしたと見せかけて、逃げようとするなど容易に想像がつきます」
くっ……やはり、ヴァンか。
では、逃げる事も同様に難しいだろう。ならば、何をするべきかと言うと……諦めだ。別に外へ出れたら成功というわけではない。人間、時には諦めて次の機会を伺うのも良い手なのだよ。
僕が外へ出たいのは単純に他の人達に見つからない場所に行きたいからであって、早い段階でフィアナにバレてしまった以上、逃げ切れたところで捕まるのが目に見えている。それにチャンスは幾らでもあるからな。
という事で、ヴァンの胸の中で不貞寝しよう。
この人、抱き方が本当に優しいんだよな。僕を外に出させない事を除けば良い人だし。女性には優しく主にも礼儀正しく……僕を甘やかす人。でも、外へ出さない時点でマイナス千点くらいだからマイナスはマイナスだ。
「アルフ様、外へ出たい気持ちは分かります。ですが、それで御家族を悲しませるのは別でございますよ」
何度も聞いたせいで聞き飽きた。
毎回、僕を捕まえてはベッドに連れ戻して同じ事を伝えてくる。今の僕に言葉の意味が分かると思っているのか……いや、分かるんだけどさ。だけど、それで「はい、分かった」とは僕も言えないんだ。
確かに家族は大切だ。
だけど、転生したのは家族の優しさを知りたいからでは決して無い。さっさと強くなって奈落を攻略し直したいからだ。そして奈落で聞きそびれた話だって頭に入れておきたい。時間があるようで無いから急いでいるんだよ。
そして今の短い幼少期。
ここでどれだけ努力できるかで僕の強さが変わってしまうんだ。せめて、十五歳までには転生前の自分を超えていたい。そこまでいけてようやく奈落踏破の可能性が見えてくるんだ。
最期の駆け足、アレだって自分の命をすり減らして魔法を使ったからこそ、何とか最下層まで辿り着けた。じゃあ、その要素を抜かしたらどうなってしまう。半世紀以上をまたかけるって事になるのか。
それは真っ平御免だね。
あの時に見たスキルは確実に早い段階で手に入れてこそ、真価が問われるものだ。もっと言えば強さの限界を見た僕を越えられるようにするだけの力がアレにはある。
確かに最難関ダンジョンを攻略した人には相応しいスキルだよ。でも、それを手に入れるまでにかかる時間が無限にも近い。最強クラスだった僕でも半世紀かかるとなれば殆どの人は上層ですらクリア出来ないだろう。
だが、今回は少しばかり話も変わる。
あの時はどこに何があるか分からないから半世紀もかかったんだ。ドローンや人形だって攻略が難しくなったから作った魔法でもある。それらが全て今の段階で使えて、尚且つ奈落の構造や各階層の情報すらも頭に入っていたらどうだろうか。
最難関が難関くらいには格落ちする。
それでも少しの油断すらできない世界なのには間違いも無いが……僕クラスになればそれだけの差がどれだけ大きいか。王国を相手にするか、勇者を相手にするかってレベルで違いがあるからな。
さてと、今はヴァンの目も届いている事だし、適当に人形を操作して魔物討伐でもするか。それに動けないとなれば新しく作ったマウス達に魔力を多く譲渡できるし悪くは無い。
できない事よりもできる事を、村の情報だったり森の情報は持っていて損が無いからね。フィアナとイリーナ、そしてヴァンの監視とかいう厳重警戒状態だけど僕の体自体が魔力を操作していないなら注意とかも無いはずだ。
気を付ける事は二つだけ。
一つは三人の言動、もう一つは魔力譲渡のし過ぎで気絶しない事だ。もちろん、魔力を使い切る事自体に問題は無い。だけど、いきなりの気絶は確実に三人の不安を煽る。
ヴァンやフィアナの監視がある手前、魔力を操作して隠蔽なんてかけられないからね。隠蔽で欺けはするが魔力の操作は許されない……それにヴァンの場合、隠蔽すらも見破っている可能性があるんだよなぁ……。
いや、それは無いか。隠蔽がバレていたら人形を見られていたはず。そこら辺で何も話を聞いていない時点で看破は無い。単純に僕の考えを読んで先の一手を取っている……何とも強者らしい思考回路だよ。
そんな中で勢い良く扉が開かれた。
「ただいま」
「あ、あら、アル。今日は早かったのね」
「ああ、アルフの顔が見たかったからさ。……それとフィアナとヴァンに折り入って話があったから帰ってきたんだ」
アルはいつもとは違う真面目な顔をして語った。