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第5話 賢者、愛を知る

「嘘でしょ! もう首が座ったの!?」

「本当なんです! 自分で体を起こしてって……」

「あうあー?」


 ふっ、すまないな。イリーナよ。

 我は既に上半身を下ろしている。君の見せたがっていた景色はもう無いんだ。君には嘘吐きのレッテルを背負う事になるだろうが……許してくれ。僕もここまでの騒動になるとは……。


「……イリーナ」

「すみません……見間違いかも」

「いいえ、貴方が嘘をつくとは思えないわ。それにアルフの成長速度は異常だもの。勝手に体を起こせるようになっていてもおかしくは無い。それに」

「あ、あうー!」


 くっ、両手を掴んで無理に起こさせるだと。

 なるほど……考えたな、フィアナよ。確かにこうすれば首が座っているかどうかの確認だって難しくは無い。だが、僕も一人の男。このような事で目立つ真似はしたくないのだよ。


「フィアナ様! アルフ様の首が!」

「……大丈夫よ。途中から首が後ろにのけ反ったから。最初からじゃないという事は重力に任せて首を後ろに下ろしただけ。心配する必要は少しも無いわ」


 なん、だ、と……まさか、バレるとは。

 いやはや、産まれたての時みたいなオドオドしているフィアナはもういないのか。ならば、ここは可愛らしさで二人を騙して……。


「……見たかったわ。イリーナと一緒にアルフが体を起こすところを」

「そう、ですね……」

「あうぅ……?」


 僕の可愛らしさが通用しないだと……。

 そんなにか……そんなに僕の成長を見届けたかったのか。いや、確かに皆、僕の事を愛してくれているのは分かるよ。夜な夜な仕事終わりの父親がキスしに来るし、執事だって仕事の合間に僕のベッドの横まで来てニヤケ顔を晒しているのも知っている。でもさ……でもさ、そこまで悲しむ事なのかい!?






 はぁ……仕方ないか。


「え……」

「あー! あー!」

「本当だ……本当に……」


 ふふん、もっと褒めてくれたまえ。

 僕はね、大切な人のために生きたいんだよ。それは変な意味では無い。単純に転生して体が新しくなろうが家族は家族だ。目立ちたくなくとも親の求めにはある程度、応じる必要がある。……僕の周りにいる人達が悪い人では無いからな。


 嫌では無いんだよ、褒められる事自体はさ。


「やっぱり、アルフは天才ね」

「あうあー!」

「ふふ、それは認めているの? 前からアルフは言葉が分かっていそうだったものね」


 ふ、分かっているのですよ、母上。

 僕は元の日本の時から親に恵まれなかった。でも、今回はフィアナもいればイリーナもいる。父親だって執事だって良い人なのだから少しばかりの手助けをできるのならいくらでもするさ。僕はよく理解している。本当に性格が終わっている人の目がどういうものなのか。


「そうだ! 首が座ったのならお祝いがてら外に出ましょう! 早くアルフに外を見せたかったんだ!」

「あうあー!」

「ふふ、喜んでいるの?」

「先程のアルフ様は外へ出たがっておりました。恐らく、それで喜んでいられるのでしょう」


 正解だよ、イリーナ。

 僕はね、ずっと外を見たかったんだ。約一月、いや、転生前も含めればもっとかな。僕はずっと外へ出る事すら否定されてきたんだ。それを無視して外へ出れるとなれば誰だって喜んで外へ出るさ。


「じゃあ、外へ出ましょうか」

「あうー!」

「ふふ、本当に外へ出たかったのね」


 はい! その通りでございます! お母様!

 イリーナとも、フィアナとも仲良くしたいです。そこは本当に本心でしかありません。本音を言えば家族全員とも……でも、それは本当にできるか分からないんだ。他の人達みたいに父親と執事は欺けやしない。目がそう語っているんだ。


 父親は……間違いなく最上級レベルの存在だ。

 元の僕や勇者ほどでは無い。でも、クーベル国の中では必ず上位に入る存在なのは僕が認める。それこそ……元賢者って言われたっけ。その名を賭けるだけの価値がある。そして執事の目はそれを超えるんだ。


 あの人は……元の僕でようやく勝てる相手。

 よく分かったよ、なぜ……なぜ、あれだけの逸材がクーベル王国に味方する。勇者の愚行を知っていながらなぜ……いや、違うな。僕は初めて信じたいと思ったんだ。家族を……身内を……。


「ううあー?」

「何でも無いよ。アルフ」

「ううー!」


 僕はこの世界で死ぬ気は少しも無い。

 でも、少しだけ……我儘を言えるのであれば幸せに生きたいんだ。前の世界では果たせなかった本当の幸せ、きっと、クーベル国では叶えられない話なのだろう。僕はそう思っている。だけど、もしも僕が何か皆のために動けるのなら……。


 それも悪くない……は、傲慢なのかな。

 でも、嬉しかったんだ。執事に持ち上げられて喜ばれた時も、父親に泣いて喜ばれた事も、そしてフィアナに病院に連れて行かれたことも全てさ。……本当に親の期待に応えるのって難しいんだなぁ。


「外へ行こう! 今日は天気がいいわ!」

「ううー!」

「ふふ、今日も返事は良いわね!」


 おおう……やはり、フィアナの抱っこは良い。

 これのおかげで頑張ったと言っても過言ではないねぇ。野郎共にために生きてきたわけではないからな。……ま、まぁ、多少は父親や執事のために頑張ってもいいですけど!


 ただ……今日の事でよく分かったよ。

 もう少しだけ普通の成長について学んでいこう。いや、普通よりも二倍くらい早い速度が好ましいかな。こんなに短い期間で色々な事ができているのにいきなり成長が遅れたら、それこそ余計に心配させてしまう。


 奈落攻略のプランに狂いは無い。

 僕がどれだけ皆を欺けるか、その部分で上手くやっていければどうとでもなるんだ。もちろん、不安点は多くあるけどね。父親や執事を騙せるかとか、少しも気を抜かずに生きていけるとかさ。


 だけど、仮にバレても昔みたいにすぐに追われる立場になるわけではないんだ。多少は気楽に生きられるだろう。そう、信じているよ。 

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