第36話 賢者、配下を求める
そう言ったレミィは本当に強かった。
ここで出てくる魔物は空飛ぶレタスであるレタシーや、空飛ぶキャベツであるキャベシー、空飛ぶ人参であるニンシー……と空を飛ぶ属性が付いた各野菜の頭文字二つにシーを付けた魔物しかいない。それでも群生していたらCランクすらも苦戦するというのに、三十分もせずに一月分の野菜が確保できるだけの数を倒してしまった。
「ふふん、これが私の力です」
「あ、ああ……僕の出る幕は無かったな」
「いえ、ネムさんはいるだけで大きな価値があるのです。戦わずとも私がどうにかできる相手なら休んで頂けた方が私としても安心できます」
うーん……それはずっと家にいろ、と。
そんなヤンデレじゃないんだからさ……いや、もしかしてだけどヤンデレ属性持ちなのか。それだと少しだけ厄介というか……優しさから監禁してきそうで怖いんだけど。ミルファとかも「ん、それなら手伝う」とか言いそうだし。
「僕が前に出て戦うのは不服かな」
「はい、ネームレス様に傷が付くなど見過ごす事はできませんから」
「カイリですら僕に傷を付けられないというのに、傷を負ってしまうかもしれないなどと心配するとはな」
「あの子は弱いですよ。本気で戦えば私にすら勝つ事ができません」
ふむふむ、その心意気やよし。
だけど……仮にそれが事実だとして少しだけ慢心が過ぎやしないか。一応は魔法の極めた賢者でもあり、チート能力によって無限に強くなれる状態の僕に傷を付けられるなんて……僕の目に狂いが無い限りは現状、不可能だ。
「では、レミィなら我に傷を付けられると」
「……千回やれば一度くらいは」
「そこに何の確証がある。あまり言いたくは無いが自惚れるなよ。お前達は配下の中では上位に入るが我の足元にすら及ばぬぞ。ドランに傷を付けられれば良いところだ。それとも……本気で戦って見せた方が良いか」
一瞬だけ、レミィに本気で威圧をかけた。
Eランク冒険者くらいの実力なら威圧だけで死んでいた可能性すらある。それを冷や汗一つで腰も抜かさずに耐えている時点で、確かに大きな事を口にするだけの実力はあると認めよう。
だが、言っていい事と悪い事がある。
僕の実力からすればレミィとカイリなんてどんぐりの背比べでしかない。レミィとミルファほどの差があってようやく力の差があると言えるんだ。それに傷を負わせられると豪語しているがミルファでさえも付けられない時の方が多いんだぞ。せめて、ミルファの本気を耐えられるようになってから言ってくれ。
自信はあればあるだけ戦いにおいては良い。
でも、慢心や満足は絶対に駄目だ。どれだけ強くても勝ち方の一つは……そんな甘えた考えでは大きな力の差というのを覆す事はできない。僕はそれを勇者との戦いの中で学んでいる。僕が考えていたのはいつも勝つ戦い方では無く、負け筋を減らす戦い方だったからな。
「い、いえ……確かに自惚れが過ぎました」
「悪いな……大切な配下に威圧をかけるのは好ましくないのだが、それでも我には我のやらねばいけぬ事があるのだ。威圧をかけた事に対して許さずとも良い、だから、その点に関してだけは許してくれないか」
「そんな! ネームレス様が謝る事ではありません! 私のような半端者が要らぬ心配をしたのが一番の原因なのです! ネームレス様が悪い事など何一つありません!」
あ、うん、ごめん……すごいデジャヴだ。
そういえば、どこぞのあの人も配下への叱責でこんな感じの返しをされていたよな。えっと……何をするのが正解なんだ。大丈夫だよとか囁きながら抱きしめるとか、キスをして謝罪の言葉を遮断するとか……いや、どれもできるわけが無い!
「えっと……」
「先程の威圧は本気でかけたものだ。それに耐えられただけでも確かに才能はある。良いか、今はまだ我に傷も付けられぬだけだ。これから鍛錬を積んでいくうちに力の差というものは縮められる。そこだけは我が認めてやろう」
「勿体なき……お言葉です」
こういう時にも撫でって効くんだな。
いや、アレだよ……レミィの好感度がおかしな程に高いから許されているだけで……普通はこんな涙ながらに喜んだりしないはず。というか、本物のレミィですらも泣いていそうだし……はぁ、言い過ぎたかな。
いや、でもさ、監禁はNGです!
するのは良いけど、されるのは本当に嫌。するのだって好き好んでしたいわけでもないし……自分がされて嫌な事は仲間にはしない。これが普通の事だと思う。まぁ、仲間以外には別にするんだけどね。
YESヤンデレ、NO監禁!
それが僕のモットーです。もちろん、その逆も……いや、それは案外とアリか。ただ監禁をするにしても持て余すだけだろうしなぁ。やるとしても体感時間を引き延ばして一時間程度の監禁を行う方が簡単でいい。
レミィを一日拘束する事で得られるメリットとデメリットを比べればデメリットが勝るからな。街の中で暗躍してもらうとなれば尚の事、時間はあるけど早く進められて困る事は無い。
「では……もう少しだけ奥に進もうか」
「階層の割れ目は衛兵が守護すると聞きますが」
「なに、気配遮断を行えば簡単に進めるさ。最悪は幻を見せてやればいい」
階層の割れ目……少し独特な言い方だけど六階層より下の事を言っているはずだ。簡単に言えばクリスタルのダンジョンのように魔物のレベルが高くなる階層……その代わりに得られるものも野菜の質が上がるだけだから労力に見合わないんだけど。
そこから先に進むというのは街としても嬉しい事では無いからな。ある程度の成長が見込めるような、見過ごして得られるメリットよりもデメリットの方が大きいからこそ、衛兵を置いて軽いランクの確認を取っている。少し違うかもしれないけどバンジージャンプの前に契約書を書くのと一緒だね。
その人達をどう欺くのか、別に問題は無い。
実際、僕の本気の気配遮断を見抜ける人なんて数少ないと思う。それこそ、かけられていると分かっていてようやくヴァンが察せられるかなって程度。高々、衛兵程度が見抜けるとは到底、思えやしない。見抜けるだけの実力があればこんなところにいないだろうし。
「もしかして僕と二人っきりは嫌だったかい」
「そんなわけがありません! 選ばれた理由に少しばかり不満はありますが! このような仲良き男女の関係を楽しめる今の状況を! 嫌だと思うわけが無いでしょう!」
「うん、知っているよ。ただ意地悪を言っただけだ」
可愛い子には意地悪を言う……本当は八十を軽く超えた爺がするべき事では無いんだけどね。いや、今は二歳にも満たない幼子……どちらにしても言うべき事では無い事は確かだな。
でも、こういう気持ちは味わえなかったんだ。
学生生活は今ほど大して面白くなかったし、異世界に来てからもどうしてか味わう機会が極端に少なかった。女性との関わりがゼロでは無かったのに、何故か奪われ続けたんだ。文句の一つや二つは出てくるよ。
「……さて、簡単に抜けられたな」
「さすがの一言に尽きます。私でも衛兵の立場であれば察知する事も不可能でした」
「まぁ、初歩中の初歩だからね。魔力操作の練度を高めれば誰でも出来るようになる。もちろん、皆にも出来るようになってもらうよ」
「これで……初歩……本当に化け物なのですね」
失敬な、これくらいは本当に誰でもできる。
高が魔力操作を最高まで上げればできるような、気配遮断というスキルに魔力操作によるブーストをかけただけの技でしかない。それこそ、魔法が得意では無かった勇者でもできた事だ。属性に違いはあれど魔法に適正のあるレミィ達に出来ないわけが無いだろう。
「化け物に教えてもらえば誰でも化け物になれる、というのは少し傲慢過ぎるか。この程度で化け物だなんて本物の化け物に失礼が過ぎる」
「……その化け物とは」
「うーん、勇者。後、神族。アイツらは本当に強過ぎるよ。本気でやりあって……それこそ、レミィに渡したような武器を五本は折られる覚悟で戦わないと引き分けに持ち込めない相手だったし」
「それらと引き分けにできるだけ十分、化け物だと思いますが……」
うん、強い方だって自負はもちろん有るよ。
ただ本物の化け物と一緒にされるのはどうかって思うだけ。確かに孤高の賢者とか大それた二つ名を付けられて、勇者との戦いでも半分程度は勝っている僕でも負け筋を最低まで減らして、かつ勇者がミスを多くしてくれたから勝てただけだ。僕も勇者もミス無くとなれば確実に勝ち目は無い。
「まぁ、面白くない話はどうでもいいや。あまり作れない珍しい機会なんだ。折角ならもっと見た目相応の話で盛り上がろう」
「それをお望みとあらば……」
「うん、そういうのはやめようね! 僕が求めているのは忠実な下僕ではなくて一緒にいて面白い人達だよ! カイリやケールは兎も角としてレミィは染まったら絶対にダメだ!」
そうなると本当に逃げ道が無くなってしまう。
いや……元から逃げ道なんて無かったか。四分の一程度は信者に近いような状態になってしまったし、その数もカイリの手によって増やされていくだろう。それでも数少ない良心だけは……。
「今は彼氏と彼女、演技でもそれでいいじゃないか。何のために僕がこういう話し方をしていると思うんだい」
「……それもそうですね。確かに彼氏彼女の関係においては敬語が限界だと思います」
「ああ、まぁ、いつも通りの話し方をしてくれればそれでいいよ。それとも手でも繋ぐか。そうすれば多少は」
「その時には私の心が壊れるだけなので遠慮しておきます。恐らくドラン様に見せる顔が無くなってしまうでしょうから」
なるほど、自分から行くのは良いけど僕から行かれるのは心臓に悪いと。それはそれは良い事を聞けたな。これからはそれを悪用……もとい、利用して上手い具合にレミィのやる気を育てていこうじゃないか。
ううん、本当に良い事を聞いたよ。