第34話 賢者、デートをする
※下ネタあり。
「ダンジョンだというのに街の中心にあるのですね」
「ここのダンジョンは少し変わっているんだよ。三つある全てがダンジョンコアを洞窟に埋め込まれた事で作られたものだからな。だから、ダンジョンは近過ぎず遠過ぎずの場所にあるんだ」
「なるほど……もしかしてネムさんが一枚噛んでいたりしますか」
「うーん、噛んでいるというよりも当事者だね。小さなコアを鍛えるのだって僕くらいしかできなかったわけだし」
いや、そこに関しては王国に感謝しないとな。
勇者の一派という事でどれだけ金のかかる実験でも投資してくれたし。それを活かして自分がしたい事をしたまでの事だ。転移させられてムカついた事も多かったけど良かった事もゼロとは言い切れないからなぁ。
「教えて欲しい、と言ったら教えてくれますか」
「別に構わないよ。ただ素材とかを集める必要があるから自力で動いてもらう事になるけど」
「はい……ネムさんのためなら幾らでも働いてみせますよ」
そのやる気はどこから湧いてくるのだか。
というか、そこまでやる気を出せるのならいつも出して欲しいんだけどな。まぁ、やる気の無さもレミィの可愛らしさだから完全に否定はしないけど。それに普段はやる気を出さない分だけ力を出した時のレミィは段違いで心強くなる。
と、それは良いとして……。
「ところでどうしてくっつくんだ」
「これも一種の偽装のためですよ。離れて歩いても他の人に絡まれる可能性があります。それを回避するための行動ですね」
「ああ……分かったよ」
恐らく何を言おうと離れる事は無いだろう。
それならば仮初の姿の奥にあるレミィの年相応の微かな柔らかさを楽しむだけだ。うん、別にそれを楽しむために許したわけではない。きっと言ってもやめないだろうし、確かに変な奴らに絡まれるよりはマシだと思っただけだ、うん。
「お、そこの彼女。そんな辛気臭い男とは別れて俺達と遊ばない」
「そうだぜ。俺達の方が楽しませられる。ってか、奢っちゃうよ。今から酒場にでも行かね」
こういう人はどこにでもいるみたいだ。
えっと……偽装の意味がありませんでしたね。店を出て数分とかからずでしたよ。ううん、レミィの機嫌がドン底まで悪くなったし……さて、どうしましょうかね。ぶん殴る、はさすがにNGとして殺すのも駄目だよなぁ。一応、遺体は使えるから欲しいんだけどさ。
「申し訳ありませんが急いでおりますので」
「お前に聞いていねぇんだよ」
「そうだ。なぁ、行こうぜ。良い店を知っているんだ」
あ、レミィの腕を掴んじゃったな。
あーあ、しーらね。レミィって極度の男嫌いだからな。僕やケールのような多少は気を許している相手ならまだしも、よく知らない印象最悪な男から掴まれてしまったら……。
「私に触るな」
「……へ?」
「私に触れて良いのはネームレス様のみ。貴様のような飲んだくれた有象無象に興味など無い。死ぬか死ね」
おおっと……本気でキレ始めたな。
しっかりと本来の得物の仕込み杖を出してしまったから殺しにいくつもりだ。まぁ、こんな奴が死んだところで何も問題は無いが……ここは人通りの多い街道、さすがに周囲の人が許してはくれないだろう。
でも、ギルドの時のように切りはしなくて助かってはいるよ。いや、切っても尻拭いはしてあげるけどさ。それでも我慢ができる範囲が広いのと狭いのとでは大きく変わってくる。
「っと、止まろうな」
「ネームレス様……」
「その気持ちは嬉しいけど公の場で人を殺すのは許していないぞ。いいか、こういう時はな」
軽く頭を撫でて制止の声をかけておく。
ううん、そういう少女がするべきでは無い、殺気に満ちた目を見せてくるのはどうかと思うよ。普段ならまだしも仮初の姿は綺麗なお姉様、僕の心の息子に影響を与えるから本当にやめて欲しい。……でも、こんな、いたいけな子に声をかけたんだ。
「失せろ。本当に殺すぞ」
「ひっ……ひぃぃぃ!」
やっべ、本気で威圧してしまった。
まぁ、いっか。あの程度の人間なら大して強くも無いだろうし、それに今回の件に懲りて女の子に声をかけなくなる可能性だってある。そう、僕は将来的に襲われる可能性のあった女の子達を救ったんだ。言わば勇者なんだよ、褒め讃えよ。
「さすがです……ネームレス様」
「人前で様呼びはやめてくれ。ネムでいいからな。それに簡単だっただろ。ああいうのは威圧するのが一番、手っ取り早いんだ」
「私如きにそのような心優しき言動……普段のような厳かな姿とは変わって、また愛らしさを感じさせるような姿に心の奥底から喜びの感情が溢れだしてしまいそうです。いえ、既に溢れ出してしまっている今の現状において適切な」
あ……駄目だ、これは……。
カイリやケールみたいなモードになった。失敗して変なボタンでも押しちゃったかな。やる気スイッチならぬ、信者スイッチみたいなのをね。あまりやりたくは無いけど……許されるよな。
「えっと……」
「行こう。時間をかけ過ぎるとカイリ達に怒られるよ」
「は、はいぃぃぃ……えへへ」
うん、こっちの方がやっぱりいい。
手を繋いで引っ張っただけ……それだけで本来のレミィの手の柔らかさを感じながら目的地へ急ぐ事ができる。役得プラス役得の最高な選択だ。それに何も言わずに手を繋ぎっぱなしでもいられるからな。はぁ……最高だ。
それに……これで笑顔になるならそれでいい。
カイリはこれで止まってくれないからなぁ。嬉しそうにしながら敵を屠りに行くのが目に見えているからさ。だから、少しだけ扱いやすくは思えてしまうけど、それ以上に僕の息子が反応してしまうから目の毒だ。
「やはり、衛兵がいるか」
「街の収入源となるダンジョンですからね。敵対国の人間に使われるのは嬉しくないでしょうし」
「ああ、そうだな。やっぱり、冒険者登録をしておいて正解だったね。無ければ門前払いされていた可能性すらあった」
まだクーベル王国に所属していた時代。
その時にダンジョンには必ず衛兵が付いていた印象があったからギルドで登録を済ませておいたが……わざわざ金をかけた甲斐があったというものだ。
登録の際に必要な偽の身分証作成……一つにつき金貨二枚、それがミルファや僕、それと今回の三人で計五個作っておいた。素直に安くない出費である。いや、バレディ以外ならより法外な出費になっていたか。そこは素直に感謝しよう。
「当然です。ネムさんが失敗する事はありませんから」
「はぁ……盲信は自身の価値を低くする行為だ。信頼してくれるのはありがたいけど、全てを信じるのは自身の考えを捨てる事と同義だと知れ。最大の敵は無能な味方だからな」
「……その通りですね。私とした事がカイリと同じような事を口にしてしまいました」
「別に気にする必要は無いさ。様々な考えがあってこそ、組織は前へと進んでいく。もちろん、その中に敵がいるのであれば排除させてもらうが」
仮に無能がいたとしてそれらを切り捨てるつもりは無いな。無能とはいえ、やる気があるのなら他の使い道があるわけだし……それに盲信がイコール無能になるとも思っていない。言い切ったのは単純にレミィの良さが殺されたくないからだ。
カイリの場合は……確かに盲信こそすれど、そこに自分の考えが無いわけではない。それにカイリの成長に直結しているのは僕への盲信からだ。僕の役に立ちたいという気持ちが強いから努力を怠らないわけで……そこを矯正するのはマイナスに進む可能性だってあるしな。
それに……無能をどのように扱うかも管理者として必要な要素だ。ただの閑職に飛ばす……簡単だけどその人本来の個性は活かしきれていない。どれだけの才能があって個性があるか、そこを見極めて動かすのは主である僕だ。それが出来ない時点で管理者として上に立つべき人では無いだろう。
「我の役に立ちたいと思うのならレミィは自分の考えを貫いてくれ。良いと思う事は良い、悪いと思う事は悪いと我に伝えてくれれば良い。それがレミィに与えられた我からの指令だ」
「重々承知しています。我ら全員に個々の指令がある事を理解した上で、自由に生きておりますから」
「そうだ。だから、怠けたいなら別に怠けても構わない。レミィの場合は……まぁ、疲れる事が好きじゃないと分かっているからな」
レミィが苦笑して軽く頭を下げる。
一部の配下から彼らの過去について聞いているからな。とはいえ、三十六人の中の三分の一である十二人からしか聞けていないが……その中でもカイリやレミィに関しては少しだけ同情できる部分もあるから無理強いはしたくないんだ。
サボるのも過去が原因なら……まぁ、過去を忘れられるまでは多少は許してもいい。というか、レミィのサボりは上手いから育成計画の基準を満たしながら、訓練をサボったりしているだけ。魔力訓練に関しては一日たりともサボっていない事は知っているからな。
ってか……練習量なら誰よりも多い事は技術を仕込んだ僕が一番に知っているし。釘を刺すのは怠け過ぎないようにさせるため、僕の与えた課題を越えてくれるのなら休むのも一つの課題だ。
「今日は期待しているよ。そのために新しい得物だって与えたんだ。きっと、レミィの努力が顕著になる機会をそれが与えてくれる」
「はい……この神刀を頂いただけの働きはしてみせます。それにネムさんの傍付きという重要な任務も頂けた事です。今日で結果を出して帰ってから怠けますね」
「ああ、それでいいよ。根を詰めて倒れられるよりは断然、良いからな。ただし、多少は戦闘訓練に参加してくれよ。さすがにカイリを抑えるのにも限界があるからな」
「その時には私がカイリを叩き潰すので心配は必要ありませんよ。あの程度ならどうとでもなりますから」
はぁ……そこまで自信があるのなら……。
まぁ、いいけどさ。自信が無いよりは有る方が確実にいい。戦闘において自信があれば大胆な行動がしやすくなるからな。その大胆な行動こそが力の差を縮める要素の一つになる。
「慢心はするなよ。カイリは三十六人の中で一、二を争う程に才能があるからな。今はそう思えていたとしても追い越されてしまう可能性は少なくない」
「私も才能があるので……まさか、ネームレス様が私を信じていないなんて事はありませんよね。そうでなければロレーヌ領に置く三人の中に私を入れる必要がありません」
「はぁ……間違いは無いな。才能があり、我を裏切らない存在を置いておきたかった。もっと言えば現在の冒険者達の情報も欲しいとなれば……頭の回る人も必要だろう」
その点で言えばケールとレミィだ。
力で言えばカイリがいればいい。だから、上手い具合に三人は補いあえている……裏切る可能性があるけど才能がある人は何人もいるんだけどな。それでもカイリやケールに勝てるわけではないから二人の成長次第では一緒に動いてもらうつもりでいる。
「と、長話が続いたな。すまない」
「いえ、私はネムさんと一緒にいられるだけで嬉しいので。何でしたら二人には内緒で宿に戻って今夜のお伴にでも」
「ミルファすらも伴にした事がないのにできるわけが無いだろう」
ミルファは……すごく嫉妬深いからな。
それに僕と一緒にいられる事に対して大きな価値を覚えているんだ。恐らくだけど僕がミルファの全てを愛すると言ったからだろう。それが本当である確証が無いから余裕を持てないというのは確実にある。
今回だって「ん、カイリ達がいけて私がいけないのはおかしい。私も一緒に行かせて欲しい」って最後まで言っていたからな。別に連れて来るのはいいけどさ。その間に配下達の育成を誰がするんだって問題が出てしまう。
それに僕に対して懐疑的な配下が反抗しないとは限らない。そうなれば止められる圧倒的な抑止力も必要になってくる。……その両者を成し遂げられるのはミルファくらいしかいないんだ。僕だってミルファの大きなπ、いや、二つだからππを枕にして寝たいですよ、ええ。