第30話 賢者、頼み事をする
この街にはダンジョンが三つある。
そのどれもが食料や鉱石を落とすダンジョンで他とは少しテイストの違うものだ。まずハーベストのダンジョン、これは野菜を落とす魔物しか出てこないダンジョンだな。ここの場合はドロップ確率は六十パーセント程で、運によって質が変化する。
次にガーメントのダンジョン。ここは糸などの素材が主に手に入る場所だ。それに合わせて蜘蛛の肉とかも落ちるから……多少ばかり他よりもドロップ確率が低下してしまう。その分だけ素材は少し高めに売れるんだけどね。蜘蛛の肉とかも少量しか落とさない分だけ美味で高価だし。
そして最後、クリスタルのダンジョン。ここは鉱石を落とす魔物、ロック種が生息する場所で下に行くとミスリルを落とす魔物とかも現れてくる。でも、ミスリルを落とすだけの魔物となれば並大抵の冒険者では勝てないから、一定階層を超えてからは兵士によるSランク以上の確認が必要になってくるダンジョンだ。
Sランクというと簡単そうに聞こえるが……普通の人はCランクまでいければ才能があると言われる世界だ。Sランクとなると街に一人や二人いるかどうかになってくるし、そういう人達はクリスタルに行かずとも貴族からの依頼を受ければ豪遊できる。
だから、クーベル王国は鉱石系のダンジョンがありながら持て余しているんだ。金や鉱石以外の資源が大量にあるのならドワーフの国あたりから安価に輸入すればいい。鉄鉱石を落とす魔物でさえ、Bランク以上の力を必要とされる……まぁ、普通は効率が悪いよな。
もちろん、三人を呼んだのは全員に本名でSランク以上の冒険者になってもらうため。まぁ、今は偽名で動いてもらうつもりだけど……三人の実力からして多少の回り道は意味も無いだろうね。今回の頼みは僕が育てた存在の中で最優秀な三人はどこまで動けるのかを知りたいだけだし。
ここまで伝えてみたが……まぁ、誰も困惑した様子は無かった。それもそうか、全員が全員、自分の力にそれなりの自信を持っているんだ。レミィでさえもケールと戦えるだけの力はあるだろうし選ばれるのも不思議では無い。
「という事で、午後はハーベストかガーメントのダンジョンで素材を集めて欲しいんだ。三人のうちの一人を護衛として誰か一名を連れていく気ではいたけど」
「であれば、私でしょう」
「あー……そこら辺は後で決めるかな。この街に来て浅いし皆には他にもして欲しい事がある。先に済ませておくべき事を終わらせてからでいいと思っているんだ」
誰を選ぶかと聞かれれば候補は二人だ。
今、声をあげてくれたケールには申し訳ないけど彼を選ぶ可能性は無い。良くも悪くも常識人なケールはどちらと組んでも確実に良い動きをしてくれる。カイリとレミィが組むとか天地がひっくり返っても有り得ない話だしな。
「これは……?」
「この依頼の間は三人とも偽名を使ってもらう。そのためにバレディに作らせた偽の身分証明書だね」
アンター、フィグ、バンブー……この三つの偽名が記された身分証明書だ。恐らく非合法的なやり方で作っただろうから詳しくは聞いていない。あの人の事だから僕やバレディ自身に足がつかないようにしているだろうけど。
アンターフィグという言葉には使役された者みたいな意味を持っていたからな。それに加えて二名は僕の命令を最重要視するような存在だからアンダードッグという意味も込めてみた。まぁ、負け犬なんて名前に良さは感じないから前者の方が強いけど。
バンブーはアレだ……竹のように真っ直ぐスクスクと育って欲しいと願う親心が働いて……言っていて嘘だってバレバレだな。レミィの唯我独尊っぷりが竹のように曲げない意志があると思って偽名にしたんだよねぇ。実際、それ以上の意味は特に無いし。
「カイリがアンター、ケールがフィグ、レミィはバンブーと名乗ってくれ。僕の事は変わらずネームレス……いや、大事の時以外はネムでいい。五文字の時間差の方が面倒臭いからな」
「分かりました、我がか」
「ネム、ネーム! カイリもケールもネムと呼んで! これは命令だからね!」
二人がどうしてこれ程までに僕に忠誠心を持っているのか、そこが分かっているから別に敬語を抜いてもらっても怒りはしない。レミィは単純に許しても許さなくても敬語なんて使わない時は使わないし。
「ネ、厶……さん……」
「あー……まぁ、すぐにとは言わないよ。でも、その忠誠心の高さが自分の首を絞める可能性がある事も覚えておいてくれ」
僕は僕が完璧な存在だとは思ってもいない。
二人……いや、奈落の中なら割と多くの人が僕の教えに従っているせいで、僕が完璧で何でもできる存在だと思っている。僕だって人間なのだからできる事にも限界があるというのに……こういう時に完全超人のアイツが浮かんでしまうよ。
本気でムカつくな……あそこまではできずとも半超人程度にはならないと苛立ちも治まらないだろう。それならアイツが成し遂げられなかった事を僕が行えればそれでいい。
「さてと……食事はもういいかい。まだしたいのなら一人で冒険者ギルドに向かうつもりだったのだけれど」
「ネムさん、普通に考えて食べ切れる量では無いです。口に出せないだけで二人とも満腹だと思います」
「うん、知っているよ。そういう事を口にして欲しくて聞いたんだけど……まぁ、レミィ以外は教えてもくれないかぁ」
二人は僕の顔色を伺ってしまう癖がある。
別にいいんだよ……でもさ、三人の才能からして後々はアルフの護衛としても動かせる気でいたんだ。その時に「我が神」なんて言われみろ。フィアナやイリーナが何も思わないわけがない。
「いいか、これは我が命じる令の一つだ。聞けないのであれば他に任せると肝に銘じておけ。それ程までに呼び名の一つが依頼の成否に関わる」
「……その威圧感は本気なのですね」
「レミィ、僕が本気で威圧すると思うかい。レミィのような怠け癖は認められないけど、二人のような堅苦しさも将来のために許せないだけだよ」
まぁ、そのどちらも塞げば個性が消える。
特にレミィ、確実に怠け癖を消せばカイリとのステータスに差が現れるのが目に見えているから否定する気はない。カイリはカイリの、ケールにはケールの、レミィにはレミィの良さがあるから何も修正しようとはしないんだ。
「いいかな、僕は三人に忠実な配下であり、友人であって欲しいんだよ。それだけの才が三人にはあると思っているんだ。だから、どうか、ネムと呼んではくれないかな」
「勿体なき」
「それが駄目なんだよ。僕が望んでいる二人の姿は絶対的な主と敬いながら場合によって友人として振る舞う……そんな使い分けのできる配下だ。カイリやケールには難しいかな」
うーん、分かりやすく苦い顔をされた。
この子達には加減というものが分からないのか。神とか言われて崇められているけどさ。こんなに何も出来ない神がどこにいるんだよ。アレか、高校生辺りが軽々しく口にする「これマジ神なんだけど」みたいなレベルか。
「僕は別に万能じゃない。人よりも少しだけできる事が多いだけなんだ。何でも出来たら皆を配下に加える理由も無いからな」
万能な奴が王国を滅ぼせないのはおかしな話だろうに。腕を再生させたりとか、死にかけの人を癒す事はできるよ。でも、それ以上の死者を完全に蘇生させる事は僕でもできなかった。できるように努力しても成し得なかったから僕は僕を神だとも天才だとも思っていない。
「という事で、決めた。今回はレミィを僕の傍仕えとして連れて行く。ケールと組ませても怠けそうだし、カイリやケールを選べば無意味な争いを招きそうだからな」
「そ、それは!」
「二人が僕をネムと呼べない内は二人での行動は無いかな。それに神なんて呼ばれ方をされるのは悪いけど嬉しくは無いからね」
名前に神と付く存在を倒せはするよ。
でも、神にも種類があるし、倒せる神だって相性が良いからどうにかできるだけだ。特に毒魔法が効かない相手になれば勝率は一気に減ってしまうし。それだけ僕の強さは魔法に依存してしまっている。
もっと言えば神は人が考えるような最善の存在ではない。一言で表せば合理性を追求した機械。神の思惑通りに進ませるためなら人という最低ランクの下等生物を馬鹿みたいに殺すからな。悪魔は報酬の代わりに対価を求めるが神は対価しか求める事は無い。
それに……いや、これ以上はいいか。
「僕を神と慕うのならレミィ並の適当さも持ち合わせて欲しいな。僕が言うのもアレだけど盲信だけでは確実に足元を掬われる時が来るよ」
「必ずしもネムさんが正解を提供してくれるわけじゃないですからねー。自分で考える脳が無くなれば確実に寿命が縮んでしまいますし」
「珍しく良い事を言うね」
「め、珍しいは余計だと思いますけど!」
うん、怠け癖……いや、協調性と言った方が正しいのかな。それが驚く程に欠けているだけであってレミィは奴隷の中では一、二を争うくらいに頭が良いからね。カイリやケールも頭は良いけど五から十番目くらい、それに頭が固いとなればちょっとだけ……。
「まぁ、おいおいでいいけど、そこら辺ができないようなら、多少は二人の行動に制限はかけるかな。せめて、ネムさんって滞りなく言えないと立場が透けかねないし」
「我が神の名前を軽々しく呼ぶなんて……」
「はぁ……って事で、この話は終わり。埒が明かない話を続ける意味は無いだろう。今日中にやらないといけない事は多くあるんだ。無駄に時間を使うのは誰の得にもならないからさ」
別に名前なんて個体を区別するだけのものだ。
そりゃあ、変なアダ名とかで呼び始めたら止めさせはするけどさ。さん付けなら別に敬いの心はあるだろうに。普通に考えて神様扱いされる方が本当に敬いの心があるのか疑いたくなってしまう。
「それじゃあ、残りは回収して……冒険者ギルドに行こうか。あくまでも僕達四人は今だけ主従ではなく友人としての関係があるように偽る。その意思くらいは汲んで欲しいな」
まぁ……本音を言えば呼び方くらいなら多少はどうにかできるからいいんだけどね。幻惑魔法とかで偽の状態を見せるとか、別に方法はある。ただ直して欲しい悪癖なのは間違いないから二人には教えないけど。