第25話 賢者、お願いに応える
「い、いきなりですね……何かありましたか」
「ロレーヌ家からお誘いが来たのよ。リーフォン家も第三子女の誕生日会に来ませんかって。もちろん、アルフは出たくないって言うとは思うんだ。だけど、リーフォン家って名誉貴族だから……」
なるほど、上の地位の命令には背けないか。
こういうやり方で僕に対して攻撃を仕掛けてくるんだな。いや、そうやって誘っているのもネームレスという存在の正体を探るためでもあるはずだから……ここは一つ、褒めておくべきか。
だが……生憎と柏手は打ってやれないな。
僕の根底として目立ちたくないという考えがあって新しい組織だって構成しているんだ。それを邪魔してまで自分の理想のために動くのであれば、こちらとしても考えはある。むしろ、それで行くという方がおかしな話だ。
「僕はまだ一歳半ですよ。どれだけ地位に差があったとしても一定の行動で返せば良いだけの事です。それこそ、アル父様だけでも行けば文句は言われないでしょう」
「確かにそうね。相手が望んでいるとしても幼い子供を無理やり連れて来させるのは職権の濫用でしかないわ。でも、アルフは先祖返りでしょ。それなら他の貴族相手にも牽制になると思うから」
「……それで行く、という話にはなりません。フィアナ母様の期待には応えたいとは思いますが、目立って今の楽しい空間を壊されるのは好ましくないんです」
フィアナは僕を先祖返りだと言った。
これで合点がいった……よく考えてみれば普通は一歳半の子供相手に、旅についてこい等とは子供可愛さに言わないはずだ。そこら辺は僕の甘えから起きた勘違いだな。多少なら成長が早かろうと問題は無いと焦り過ぎた。
だが、これは逆に好機なのかもしれない。
先祖返りだと家族に知られる分にはまだ動ける範囲が広がるから僕の利益になるはずだ。とはいえ、それでララの目論見通りに動くかと聞かれれば答えはノーだな。ロレーヌ家の力にはなりたいと思うが僕の行動を制限される筋合いは無い。
「僕は人族の先祖返りです。前世の記憶を持たない代わりに一定の知識を持っています。でも、どうして分かったのですか」
「先祖返りでも無ければ幼い時に魔力放出を行ったりしないわよ。それに他の人から聞いた子供の成長と比べればアルフは倍くらいの速度だったし……自由に動けない時から言葉は分かっていそうだったからね」
「……確かにそうですね」
そういえば……英雄王も先祖返りだっけ。
あの時ら辺から僕に対しての疑念は募らせていたんだろうな。そう考えると本当に先を急ぎ過ぎてしまっていたんだろう。もしかしたら、この会話だって僕の事をどうするか決めるためにしているのかもしれないし。
「……気味、悪くは無いのですか」
「全然、むしろ、貴方は私やアルの血をしっかりと継いでいるからね。貴方を見ていて飽きないし、お腹を痛めて産んだ子供に気味悪さなんて感じないわよ」
「ははは……そうなんですね」
フィアナはこういう時に嘘は言わない。
もっと言えば誰かを騙してまで自分の利を得ようとはしない人だ。それはこの一年間程度でよく理解している。だからこそ、僕はこの母親を大好きなんだ。今見せている純粋無垢な笑顔もきっと本心からのものなのだろう。
「僕は……アルフです。でも、今から貴族の人達と関わりたいとは思っていません。記憶は無くても知識はあるから……あの人達の嫌な部分をよく知っているんです」
「……先祖返りだとバレたくないのね」
「人によっては名誉貴族のリーフォン家を自身の配下に加えようとします。その時に命令を受けさせられて、やりたくもない事をするのは嫌では済まない程に遠慮したい事なんです」
名誉貴族とは一代までの貴族階級だ。
それも名誉貴族は最下層の役職なのだから配下に加えたいと思う上位の貴族がいてもおかしくない。アルが消えれば先祖返りの子供を兵士として雇える……それって暗殺の危険性とかだって増える事になるよな。
「父がどのような偉業を成し遂げて名誉貴族の座を頂けたのかは分かりません。その名誉を繋げるために僕を活用させたい気持ちも分かります。ですが、近くにある褒美を手に取った場合、その奥に何があるのか知る事はできません」
「……本当に頭がいいのね。でも、近くにある褒美を取る方が最善の可能性もあるのよ」
「それは今の自分にとっての最善の選択とは言えません。後から最善だったと後悔できるのであれば、それは幸せな事ではありませんか。危険が迫る中で後悔をする暇などはありませんから」
ぶっちゃけ、最善を取ろうとする事自体が大きく間違っている。最善ではなく的確な判断が必要となる場面なんだ。目の前にあるチャンスが消えようと僕という切り札が消えるわけではない。
それに僕だからこそ分かるが、ララは確実にネームレスを求めている。その時点で関係性が消える事は無いだろう。ララは頭だけは確実に良い存在だからな。恐らくは……ミルファと同じ先祖返りか何かか。
「アルフの言う……幸せって何なの」
「一度、言いましたが今の空間が壊れない事ですよ。フィアナ母様がいて、ヴァンがいて、イリーナがいる。アル父様はどうだろうといいですが、いて悲しい事はありませんね」
「……そう、やっぱり、私の子供ね」
数秒間の沈黙、そこで何を考えた。
今の僕への不信感か、それとも僕の言葉の中にある小さな嘘か……駄目だ、少しも分からないな。どちらにせよ、これで嫌われるのならば致し方の無い事だろう。申し訳ないけど相手が悪かったと思うしかない。
だって、先祖返りの知識があるから僕の状態に関しても理解しているんだ。先祖返りなのかもしれないと思って調べた可能性だってあるが……調べられる環境がある人なんて限られている。そこら辺で侮っていた僕の完全な落ち度なんだ。
「申し訳ありませんが……何と言われようと僕はロレーヌ領に行く気はありません。もっと言えばリーフォン家を大貴族にする考えすらありません」
「それは……どうして?」
「……皆が大好きだからです。僕の知識が間違っていないという前提が正しければ……あの世界は狂っていますから」
いや、正しい事なんて分かっている。
僕は……ロレーヌ家と関わってきた。その中で見て学んでしまったんだ。貴族世界というのは華やかしく見せかけただけの壊れた世界だって。あの世界で儲けを得られるのは悪どい事に手を出すか、王族や公爵家のような上位にいる存在だけが儲けられるんだ。
クーベル王国では貴族の位によって払う税金が高くなっていく。払っていない位とすれば王家の血を持つ公爵家程度、それ以外は重税に圧せられながら生きていかなければいけない。街の税を高くすれば反乱が起き、身を切っていけば金銭苦に襲われる。
だから、多くの貴族はより高い位を持つ貴族に頭を垂れるんだ。相手の貴族が欲しがる物を渡して見返りを得ていく。例えば公の場では自分が出せる最高の衣装よりワングレード落とした物にするというマナーがある。仮に欲しがられて渡されても困らないようにするための考え方だな。
それとワングレード落とさなければ上の貴族から目を付けられる可能性だってあるんだ。美しいだけで煙たがられる家系だっていた。フィアナだって同じ目に遭わないとは限らない。
もっと言えば……場合によっては家族すらもゴマすりの道具として扱うからね。相手が自分の奥さんに興味を持てば抱かせ、娘を欲しがれば年の差など関係なく嫁がせる……そんな生活に何の未来を見い出せるんだ。そんな生活、想像するだけで吐き気がしてくる。
「ごめんなさい……だから、僕はリーフォン家のために動く気はありません。ただ、リーフォン家としての意地程度は見せるつもりです。だから、だから……」
「……別にいいのよ。嫌なら嫌で無理にさせる気なんて少しも無いわ」
軽く抱き締められてしまった。
はぁ……本当は適当に生きて裏から支援するつもりだったんだけどな。そこら辺も少しだけ頑張るしか無くなってしまった。いや、優等生程度なら演じたところで大きな問題にはならないはずだ。冒険者でSSランクにでもなれば義理は返せるだろう。それにそんな存在が身内にいるとなれば、他貴族も下手に手を出せなくなるはずだ。
「アルフ、一つだけお願いがあるの」
「……なんですか」
「イリーナを守ってあげて。誕生日会に参加するとなればヴァンも連れて行く必要があるから、この家を守れる人がいなくなってしまうの。小さなアルフに無理をさせるのはおかしいと分かっているわ。だけど」
だけど、他にどうにかできる人がいない。
そう言いたいのだろうけど不安とかもあるのだろう。黙り込んでしまった。……それもそうか、人とは違うとはいえ、頼んでいる相手は一歳半の幼子。そんな子に頼んでもよいのかと悩むのはおかしな事では無い。
「大丈夫ですよ」
「本当に……?」
「はい。僕はアルとフィアナの子ですから。二人の血はしっかりと受け継いでいますよ」
精神面なんて魂が左右するのだから似ているとは嘘でも言えない。だが、この体の才能は二人の才能の一部を引き継いでいるんだ。僕という一種のチートが混ざっているとはいえ、元がゴミならできる事も少なくなってしまう。
僕はこの体を良品だと思っている。
扱い方しだいで最高にも最低にも持っていけるような転生体としては大当たりの部類……そこだけは少しも否定する気は無い。まぁ、敵が来る事なんて無いだろうけどな。だって、周囲の盗賊なら滅ぼした後だし。
だから……約束通り守り切りますよ。
イリーナも、フィアナ達も全て———