第23話 賢者、少しだけ楽になる
「だぁぁぁぁっ!」
「くそっ! 今度はっ!」
「それは想定している、って!」
「やめだ。勝敗はついた……カイリの勝利だ」
うん、これなら悪くないかもしれない。
配下達を育成し始めて早半年、その間に全員が悪くない成長速度で強くなっている。今、ちょうど戦闘職に就きたい人達で模擬戦をしてもらって勝者が出たところだった。優勝したのはカイリという年中組の七歳の幼女で……まぁ、僕を信仰している変な子だ。
「ふふん、やりました。これで我が神の爪程度には強くなれたと証明できましたね」
「ん……あまり調子に乗らない方がいいと思う。ネームレスはカイリなんて数秒で殺せる……私の事も三十秒あれば十分だから」
「えっと……道のりは遠いようですね」
うーん、折角、喜んでいたのだから喜ばせておけばいいものを……だって、この模擬戦で優勝した人には専用の武器を作る約束をしていたからさ。多少は強くなれたと喜ばせてあげてもいいと思うんだ。普段なんて過激な事しか言わないんだから数少ない年相応な姿は見ておきたいよ。
「どこまで強くなったかは今から確認するから気にしなくていい。もとより、これが楽しみで開催した企画だからな」
「回復魔法……ありがとうございます。これで本気で戦えます」
「ああ、本気で来てもらわないと少しも楽しめないだろう」
とはいえ、カイリはかなり強い。
木刀での打ち合いでも準決勝に上がるまでは相手を一撃で再起不能にしていたからな。まぁ、五階層のワイバーンを単独で倒せるのだから当然と言えば当然か。決勝で負けたケールという九歳の少年でさえ、まだ一人で奈落の魔物を討伐できていないし。
「まずは……そうだな、どこまで耐えられるか見ておこう。カイリ、平伏しろ」
「がっ……! ま、まだ……!」
「では、二段階目だ。平伏しろ」
ふむ、二段階目でさすがに落ちたか。
まぁ、少しだけ力を見せたら終わるとは思っていたが予想通りになったな。二段階目でワイバーンとかを跪かせられる威圧だった。つまり、まだ少しだけ耐えられているカイリはワイバーンより少しだけ強い程度、実績からして間違っていなさそうだ。
まぁ、カイリやワイバーンの強さの差が世間から見れば大きかろうが、僕からしたら少しにしかならないんだよなぁ。ミルファとカイリ並に強さに差が無いと大きい差とは言えない。
「さて……今ので何となくだがカイリの実力は分かったな。手加減をして戦ってやろう。だから、思う存分、本気を出してくるんだな」
「う、うァァァッ!」
「悪くない速さだ。だが、大振りでは胴体がガラ空きになるぞ」
さすがに幼子の腹を木刀で叩くわけにもいかないから軽く殴っておいた。とはいえ、かなり抑えて殴ったから……って、想像以上に吹っ飛んじゃったな。もっと抑えた方がカイリのためだったか。
「さ、さすがは我が神……」
「おいおい、この程度で根を上げるのか。もう少しくらいは楽しませてくれると思っていたが」
「それをお望みと、あらばッ!」
うんうん、やはり連撃の方が強いな。
一撃の重さを分からせる攻撃よりは、当たらない事が前提で攻撃を仕掛けられた方が対応に困ってしまう。これならば確かに同速にしていたら当てられる可能性はあるな。現に躱す事に専念していたら攻撃が掠りそうになっているし。
という事で、少しだけ力を出そう。
「……え?」
「そんなに驚かないでくれ。ただ止めただけだ」
「指……で、止める事が普通だと」
えっと……普通ではありませんね。
でもさ、圧倒的強者は絶望感を与えなければいけないでしょ。その観点から言えば首元に迫った刃を指だけで止めるというのは最高の演出だと思わないか。個人的にはそれだけの価値がある行為だと思うからやっているわけだし。
「安心しろ。カイリは強い。だから、こうやって遊んでやったんだ。弱かったら遊ぶだけの価値も無いからな」
「……お褒めに預かり光栄です。我が神よ」
「ああ、これからも忠勤に尽くせ。君なら、確実にSSSランクの高みに到達できるだろう」
「私如きには勿体なき、お言葉でございます」
うーん、とは言うが……本当に時間もかからず強くなっていくだろうな。奈落で一人で戦えるってだけでかなりのアドバンテージだし、今の僕に対して多少なりとも力を出させたら十分過ぎる。少し前までは戦闘の基本すら無かった子だし。
「では、班となって階層攻略を始めろ。確認として何度も言うが戦闘では命を大事にして戦え。強い者は弱い者を守りながら、弱い者は強い者の支援を受けながらレベルを上げるように、以上」
ふぅ、これで戦闘班への指導は終わりだ。
次に……調理班か。まぁ、最近は調理の大体を任せている手前、もう見る必要もない気がするんだけど……いや、行かないと拗ねられるから行かない手はないんだけどさ。それでも割と放任気味だから僕が行く理由はねぇ……。
「……はぁ、覚悟を決めるか」
着いてしまった以上は仕方が無い。
調理班が出来てから新しく作った調理場、その扉を開けて足を踏み入れる。良い匂い……なのは別にいいんだ。これが理由で行くのが億劫になっていたわけではないからな。僕が行きたくないと思っていた理由は……。
「ネームレス様! 来てくださったのですね!」
「あ、ああ、頼まれていたからな。それよりもアーシャは大丈夫なのか。我に時間を割いている余裕があるとは思えないが……」
「ネームレス様が来てくださると信じて早めに済ませておいたのです。ささ、どうぞ……」
アーシャ……九歳の親に売られた子供だ。
バレディの店へと行く前に見かけた少女で……料理に関しては僕直属の愛弟子だったりする。戦闘経験を放って料理に時間をかけていたせいで既にスキルも五まで到達しているし……いや、そこに関してはいいんだ。しっかりと戦闘の練習とかもしているからさ。
それに今は戦闘訓練の時間だから出払っているけど僕の弟子の弟子もいるからな。その子達に料理を教えているのは他でも無いアーシャだ。時間配分が上手くて、料理が上手くて、人となりも良いとなると本当に欠点が無いように思えるが一つだけあるんだよなぁ……。
アーシャの悪いところ……それは……。
「ア、アーシャよ……多くは無いか」
「十二種類の料理を作っただけです。それにスープなども別にありますので……せいぜい十八種類です。大した事がありませんよ」
「そ、そうか……腕によりをかけたな……」
この子、料理を多く作る癖がある。
いや、多く作るだけならまだいい。配下の中には多く食事を摂る人もいるからな。それこそ、カイリやケールは強い分だけエネルギー消費が激しいのか、多くの食事を必要とするんだ。でもさ、味見係の僕にフードファイトレベルの量を出すのはどうかと思う。
食べて欲しい、美味しいって言ってもらいたい、その気持ちは大いに結構だ。現に僕は美少女の作る料理が食べられて大変、満足ではある。でも、限度ってものがあるだろ。味見で中皿一杯分はさすがに多いと思いませんか。
「ん……どれも美味しかったよ」
「まだ……残っておりますが……」
「そ、それは……ここに来る前に少しばかり胃に物を入れてしまってな。全てを食べ切る事は」
「やはり……私の料理は美味しくないのでしょうか。確かにネームレス様ほどの食事は未だに作る事ができておりませんが……」
ぐっ……そこまで言われて食べないわけにもいかないんだよなぁ。いや、本当に美味しいんだよ。当初の目的であった美少女の料理という第一段階がクリアされてさ、次は美少女からのアーンに移りたいわけだけど……さすがに成人男性であってもこの量は無理だよ。もっと言えば僕はまだ赤さんですし。
はぁ……最後の手段か……。
食べる振りをして空間魔法で移動させる。形を崩さないようにスプーンで滑らせながら口に入る瞬間、さすがにそこまでは見ていないから頬張る振りをして別空間へと移す。この方法は割と良いんだよな。これでアーシャにバレた事は無いし。
「はぁ……美味しかったよ。さすがは我が直々に調理を叩き込んだ愛弟子だ。日に日に実力を伸ばしているな」
「お、お褒めに預かり光栄です!」
「これは我の調理の仕事が無くなるのも時間の問題かな。いつかはアーシャが我の事だけを思い、我のためだけに作った料理を食したいものだ」
これは単純に日頃から思っていた事だ。
いつも言っているんだけど……変わらず「私がネームレス様のためだけに」とか「それは一生、私が食事を提供する」とか「事実上の婚約」だとかトリップして面白いんだよな。最終的には頭を振って考えを払ってから……。
「はい! ネームレス様から全ての調理を任された時には必ず!」
そう言って優しい笑顔を見せてくれる。
この笑顔のために死ぬ危険性するある味見係をやっているんだ。いや、本音を言えば抱き締めたりしたいよ。でもさ、そんな事をすればミルファから怪訝そうな目で見られるし……したとしても嫌がらないと分かっていてもできないんだ。
はぁ、本当に血涙が流れそうだよ……。
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