第18話 賢者、未来を考える
「……なる」
「即答だな。良かったのか」
「生まれた時から……私を助けようとしてくれた人はいなかったから……今更、裏切られたところで何も感じない」
それは……なんというか、可哀想だな。
助けられないのは仕方が無い。それこそ、ガンのステージⅣとなった人を簡単に助けられるのかって話だ。どれだけ金をかけたところで一パーセントにも満たない可能性にしかならない人を助けるなんて神の技でしかない。
でも、助けようとする事は誰だってできる。
なんでもいい、諦めないような言葉をかけたっていいんだ。それすらもしない人しか周りにいない時点で精神的に追い詰められていただろう。誰も助けてくれず、自分で自分を追い詰めていくしかない最悪な状況。
「お母さんに……死ねって言われた。首だって締められた……でも、死ねなかった」
ああ……そういう家庭もあるんだろうな。
お前は悪魔の子だとかさ、自分の理解の及ばない存在を人は恐怖する。よく限界は無いだとかいう馬鹿がいるが限界はあるんだ。満タンまで水が溜まったコップに物を落としてしまったら漏れ出してしまうように、全ての物には限界がある。
きっと彼女の親はそうだったのだろう。
そして……僕の親もそうだったんだ。だから、弱い僕を虐げて自分が生きるための力を無理やり手に入れていた。誰かが一言かけてあげれば救えた、そんな甘い言葉は誰も救えやしない。あんな事を口にできる人は偽善未満のゴミ野郎だ。
「お父さんに……胸を触られた。三歳の時にはもう大きかったから……こんな体で……生まれた事を恨んだ」
三歳……その歳でセクハラされていたのか。
仮にも娘を……そういう目で視姦し尽くした挙句に手を出すとは……そういう点では僕の親はまだ良かったのかもしれない。……ううん、そういう考えを持つのは良くないか。程度がどうであれ、子供に危害を加えるような親は全員、死ぬべき存在なのは変わりない。
「それも……四歳の時に終わった。暴走して全てを燃やし尽くして……いつの間にか、奈落の中にいた。ここなら……誰も殺さなくて済むから」
「……良かったな。ここに来て」
「うん……だから、一緒にいたい……貴方以外と一緒にいたくない」
それは……本当に良かったと思う。
もしも、誰かがミルファを助けようとしていたら本当に心が壊れていただろう。自分を助けてくれた人を暴走して殺すなんて考えたくもない。不幸中の幸いというか……どこまでいっても彼女は不幸なままだったんだな。
はぁ……なんだろう、すごい申し訳なくなってきてしまった。助けた返しとして僕の仲間になるだったらミルファの不安感を拭えるかと思ったが、それ以上に苦しみながら生き残るために部屋への侵入を許してもらおうとした彼女の気持ちを馬鹿にしてしまったからな。
僕の部屋だから……でも、話ができるようになった段階で聞く事だって出来たはずだ。なのに、僕はミルファに対して変態みたいな考えを向けていたり、仲間にする事ばかりを考えていた。
「私、頑張るから! だから! 私を愛して欲しいの! 貴方の目に映れるように頑張る! 利用して裏切られたとしてもいい! だから!」
なんで……そこまで言えるんだろうな。
僕なんか大した事がない最低な人間でしかない。でも、一生懸命に僕に対して自分の気持ちを伝えてくる姿に……こうやって、抱き締めてしまったのは仕方が無いはずだ。健気に生きようとする彼女を少しだけでもいいから助ける、それだけなら許されるだろう。
「……いいの」
「僕は好きな事だけをしていたいんだよ。戦う前と事情を知ってからでは話は別だ。でも、いいんだな。僕だって男だから君の父親のように胸を触る可能性だってあるんだよ」
「うん……触ってくれた方が愛されていると思えるから……それに嫌いだった私も……貴方が愛せる要素になるのなら少しだけ好きになれるの」
なんと……この豊満なアレを触って良いと。
ふむ、責任は取ろう。彼女は確実に僕の嫁にする。だから、嫌な事があったら頼んで触らせてもらおうか。後で「大丈夫? おっぱい揉む?」くらいは教えておこう。……と、その前に……。
「……私より小さい」
「嫌だったかな。それとも落胆したか。まぁ、どちらでもいいが」
「ううん……可愛くてもっと好きになった。大きくなったら違う意味で好きになりそう」
アルフの姿を見せても好きでいてくれるか。
だったら……ああ、やっぱり、大丈夫そうだな。多少は裏切られないか心配ではあるけど……その時は精神を操作してでも僕のもとにいてもらう。一度でも僕に対して愛して欲しいと言ったんだ。それくらいは覚悟してもらわないとな。だって、そうだろ……。
「僕は……ミルファの全てを愛する。だから、ミルファは僕の全てを愛してくれ。善なる行動も、悪に染まった行動も……全て僕だと抱き締めて欲しいんだ」
僕はずっと仲間が欲しかったんだ。
苦しかったから……大切な人を二人も失ったのに自分一人で抱え込むしか無かった。微かな希望すらも裏切られて無視されてきたんだ。だから、僕はクーベル王国が大嫌いなんだよ。恨んでさえもいる。
あの国さえ、何もしてこなければ……その時には大切な二人は僕が賢者として生き、死ぬまで傍で笑っていてくれたんだ。僕は……あの国を壊したい。裏切り者だらけの住民達を壊し尽くしたい。それが二人に捧げられる僕なりの花束だから……。
「断言しよう……僕は悪魔となる。人を食らう化け物とさえ、喜んでなるだろう。それでも尚、ミルファは僕を愛してくれるかい」
「当たり前だよ」
「なら……僕が望めばミルファも人を食らってくれるか。喜んで人を喰らい続けてくれるのか」
「それを……貴方が本気で望むのなら」
今この場に二人の悪魔が生まれた。
バレディの懸念した通りだったな。神か悪魔か化け物か……その中で僕が該当するのは悪魔だった。あの時の返答は悪魔が正解だったか。そこまで見抜いていたとなると……やはり、バレディは違う路線で化け物だったな。
「ありがとう……それとごめんね。何回も攻撃を仕掛けちゃって」
「信用出来ない……そう、思うのは普通だよ。私も暴れてしまっていたから……お互い様」
「そう思うのは普通か……でも、そう考えられるのは普通では無いとだけ伝えておくよ」
普通だったら……僕は裏切られていない
だから……そう考えているミルファはアイツらよりも信用できるんだ。僕は戦うのが大好きなんだよ。だって、戦っている間は他の事を考えなくても済むからさ。何も思い出さなくて済む最高の時間だから、強くなれば同じ轍を踏まなくて済むから戦うんだ。
「名前」
「うん?」
「まだ……名前……知らない。私は全部……見せたからミルファだってバレている。でも……」
つまるところ、名前を教えろ、と。
確かに……名乗ってはいなかったな。別にネームレスの方を伝えてもいいが……この子は言わば僕の本当の仲間だ。その子にネームレスネームレスと呼ばれるのはあまり好ましくない。いつか、誰が名無しだとブチ切れてしまいそうだ。
「アルフ・リーフォン……またの名をネームレス・ヒュポクレティと言う。この姿の時はアルフと呼んで欲しい」
「アルフ……様……」
「様だと少し心の距離が遠いな。アルフは駄目か」
「……恥ずかしい」
ああ、その顔……本当に可愛いな。
こういう年頃の顔ばかりを見せてくれたら嫌な事を忘れていられるんだけど……そう考えてしまうのは少しばかり傲慢か。この子がどういう振る舞いをするかなんて僕が決める事では無い。例え僕が命の恩人だとしても許されてはいけないんだ。
「はぁ、なら、そこら辺は慣れていこう。これから僕達は一生を共にする。なのに、呼び捨てしてもらえないのは僕が嬉しくないからな」
「えっと……頑張るよ……」
「まぁ、無理をしてまでは頑張らなくていいよ。でも、ミルファにはそのうち、僕の実家に来てもらう気でいたからさ。様付けだと疑われてしまうんだ」
「分かった……アルフ」
おい……家に来る意味は分かっているのかよ。
アレか、この子もララみたいに変な知識だけは多くあるタイプなのか。いや、いいんだよ……別にミルファが相手ならフィアナに見せても問題は無いからさ。むしろ、フィアナとイリーナから見てミルファはどういう評価なのかも気になるし。
でも……今は難点が多過ぎる。