第16話 賢者、下心のままに動く
明らかな女の子の声……でも、今はどうでもいい。何をどう言おうと振り上げられた刃を止める事はできないからな。
「フンっ!」
「待って……本当に待って欲しいの……!」
「うるさい! さっさと戦え! 卑怯者が!」
今更、女の子の声で惑わそうとしやがって。
ふざけるなよ、女の子との関わりが薄かった僕を馬鹿にしているのか。許さねぇ、絶対に許さねぇぞ……ところ……あ、いや、本当に関係ないからやめておこう。
「私はただの!」
「人間だろ。魂を見れば分かる」
それが分かっていて攻撃しているからな。
というか、そんなのは最初に見てから何となくは察していたからな。だから、こっちだって対話を試みようとしたというのに……コイツは僕の戦闘意欲に火をつけてしまった。
「なら、どうして!」
「話を聞けと言ったのに聞かなかったのはお前の方だろ。例え理由があろうと話を聞く前にするべき事がある」
どこまで僕の攻撃に耐えられるのか。
それを確認してから話を聞いた方が楽でいいだろう。ましてや、最初の僕は対話を試みようとしたんだよ。あそこから出るのなら良し、出ないのなら強制的に退去させる……で、相手方が出した答えは後者だった。
「しっかりと戦闘を終えた上で、完全にこちら側が有利な状況で話を聞く。仮に訳の分からない話をされて逃げられても困るからな。そうならないためにも殺せるようにはしておきたい」
「戦闘狂……」
「褒めるなよ。褒めても拳しか出ないぞ」
思いっ切り、拳を振って笑顔を見せる。
女の子を殴る趣味は無いが魔物を殴る趣味はあるからな。それに敵とあれば僕の男女平等パンチが火を噴くだろう。……まぁ、敵でないのであれば男女関係無く攻撃はしかけないけど。
「私は……逃げない……むしろ、感謝している」
「ふーん……それは操られていた、みたいな話か」
「……分かっていて殴ろうとしたの。最低」
逃げない、そう言われて攻撃の手を止めた。
今の一言で相手に契約を無理やりさせたからな。逃げればそこで魔力が全て消費される契約、代わりに僕が出したのは相手に攻撃をしない制約だ。契約を結ぶという事は双方が出せる条件を合わせるという事たからな。僕だけが利を得る事はできない。
にしても、可愛い声で最低だなんて悪くないね。
だが、誤解が一つある。最初から操られていると言う考えがあって戦ってはいない事だ。今だって魂を見たら少し前まであった黒いモヤが消えていた。だから、操られていたって考えが出ただけで最初から予測していたわけではない。
黒いモヤが魂を覆っている……まぁ、この症状がある人は操られているか、もしくは心が悪に染っているかのどちらかだ。それを見て僕は後者だと確定させてしまっていた。
いや、だってさ、奈落で魔物を蹂躙できるような存在が操られると普通は思わないだろ。それに見た時は「ドラゴンだ。仲間にできるかも」みたいな幼心が八割を占めていたからな。操られている事を前提にしたとしても戦うのは確定事項だったし。
「酷い言われようだな」
「……ごめん」
「はぁ……降伏するのなら手を出すのはやめる。だから、話をしやすい姿に戻してくれ。龍の見た目が相手ではどうしても戦いたくなってしまう」
まぁ、こちらとしても申し訳なさはある。
話を聞けるのなら良し、また暴れ始めるのなら次こそは実験に踏み込んで……と、また頭がそっちの考えにいきかけたな。感謝しているというのであれば仲間くらいにはできるだろ。
ドラゴンは頷いて体から白い光を出した。
そのまま光の中に浮かぶシルエットが人の形へと収束していって……って、あれ。何か少しだけ嫌な予感がするんだけど……いや、まさかな。見た感じ大きさからして百五十五くらいの身長だけど一箇所だけは……。
「変身……終わった」
「えーと……」
「どうか……した……?」
予想通りというか……素っ裸だ。
それだけならまだいい……見た目が少女のくせに一箇所だけはやたらとデカいんだよ。これは……目のやり場に困ってしまうな。顔からして十二歳程度で……なのに、Eは確実にある。垂れ目で脇辺りまで伸びた赤い髪……うーん、どこからどう見てもただの美少女だ。
ああ、そういえば聞いた事があったな。
龍の血を引く人間は子供を強く、大きく育てるために乳を多く出さなければいけない、と。その影響で幼い時から人よりも大きな胸を抱えながら生きていかなければいけないだったっけか。それは竜人族とかに限った話では無いんだな。ひとまず……。
「これでも着ておけ。寒いだろ」
「……さっきとは違って優しい。これが下心」
「恋の下には心がある。つまり、君に恋をしたから下心を持って接しているんだよ」
冗談ではあるが下心は満載だからな。
そりゃあ、まだ一歳児とはいえ、中身はいい歳こいたジジイだ。生殖行動だとか、交尾だとかの知識は誰よりも持っている自信がある。もっと言えば賢者だからな。知識の量ではそこいらの人間には負けないぞ。
本来であれば上着を投げて渡すのもしたくはなかったが……まぁ、二つの曲線美に気を取られて色々なものを失ってしまうよりはマシだろう。女性の胸だけを見るのは嫌われる事なのは明白だからな。
「意外……でも、やめた方がいい」
「さっきの話の続きか」
「そう……私、呪われている。だから……先祖の血に操られてしまう……」
先祖の血、呪……ああ、なるほど。
この子も先祖返りを起こした人間か。あの帝国騎士の女の子のように龍の血を薄いながらに持っていたが故に力を持った少女。何とも最高じゃないか、それを救ったら確実に仲間にできるよな。こんなレアな子を捨てるなんて手は無いぞ。
「なぜ、僕の部屋の中にいたのか教えろ。答えられないと言うのなら奈落から消えろ。そうすれば命だけは奪わないでおく。……今の僕が言えるのはそれだけだ」
「……ここを出ていくのはいい。でも……あの部屋に入れないのは困る。あそこにある……首輪だけが私の命を助けてくれたから……」
「首輪……ああ、生命のチョーカーか」
恐らく少女の言う首輪はHPとMPを同じ数値にするという魔道具だ。これだけなら使い道も少ないけど魔力操作を持っていれば数値の割合を変化させられるんだ。それに魔力を通さなければ防御面を強化してくれる装備品にもなる。
となれば……どちらかが欠けて呪が発生しているのか。その呪も……察するに龍になってしまうとかが妥当かな。うーん、呪自体は僕の力で解決させられるけど……呪をどうにかしたとして症状が無くなるかは分からないんだよなぁ。
「あれは君を治すための道具では無い。むしろ、使い方を誤れば生命力を消費するような危険な魔道具だぞ」
「でも……あれがあると苦しまなかった」
「じゃあ、何で今、つけていない。分かっているんだろ。あれでは治す事はできないって」
少女は俯いて黙ってしまった。
ああ……本当にどうすればいいんだろうな。こういう時に女性との関係が薄かった人生を恨むよ。でも、そうも言っていられない。……苦しんでいるという事は助ければ仲間にできるチャンスでもあるんだ。
それにアレは僕からすれば不良品。
開発段階で作られただけの試作品を命を救う道具だなんて言われてみろ。気分が悪いどころの話では無い。あんなものに価値を見出されても僕の方が困るんだよ。だから……。
「最後の忠告だ。……どうして欲しい」
「……教えたら……助けてくれるの」
泣きそうな顔をされてしまった。
こういう時にどういう対応をすれば……いや、そんな事を考えていても上手くいくわけではない。どうすれば少女を安心させられるかだけを考えろ。美少女巨乳のドラゴン娘とか……誰が考えても欲しいだろ。
「あの魔道具を作ったのは僕……いや、僕が転生する前の孤高の賢者だ。その賢者の名にかけて君を救うと約束しよう。それが何年かかるとしても、だ」
治せる確証は……悪いけど無い。
知っている病気ならいざ知らず、少女の症状すら分からない中で無責任な事は言いたくなかった。でも、治してあげるであれば何とかする方法だってあるだろう。現に生命のチョーカーで症状の緩和が可能ならどうにかできるだろう。
「なら……助けて欲しい……もう、苦しみたくは無い……です」
「……了解した」
はぁ……なんというか、この顔苦手だな。
いや、可愛い子が助けてくれって言うのなら助けようとするのは当たり前だよ。もちろん、下心アリアリでだけどさ。それでも……なんか、泣き顔を見るのが好きじゃないんだよ。
「それで症状についてだが……いや、説明させるより見た方が早いか」
少女の手を取り笑顔を見せておく。
別に安心させようとか、そういう意図は無い。単純に柔らかい女の子の手をフニフニと触りたかっただけだ。この役得な状況下で少女の良さを味合わないのは確実に後悔するからな。
「折角の機会だからあそこにある魔道具について説明しておこう。もしかしたら、長い付き合いになるかもしれないからな」
「ここは……」
「奈落第十階層に作った僕の部屋、その中の僕以外の侵入を不許可とした最奥の金庫だよ」