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第11話 賢者、商人の中の化け物を知る

「おや、お名前をご存知でしたとは……これはとても喜ばしい限りです」


 そう言う割には笑顔がぎこちないな。

 もっと言えば額から流れている汗までは隠せていない。この人は僕の強さとかを理解した上で接してきているんだ。それが自分の部下のためなのかは分からない。だが……話が通じる人が現れたのなら都合が良いな。


「ええ、貴方の事は重々、承知ですよ。影の世界では『裏の国王』と名高い豪商ですから」

「はっはっは、その名は私には過ぎたるものですよ。私など一人のしがない商人に変わりありません」

「ご謙遜を」


 言葉だけなら何とでも言える話だ。

 でも、その人がしてきた事はどうにもできない。事実、今の僕を見てしっかりと対応ができている時点で普通の神経では無いな。回収したから遺体は転がっていないとはいえ、殺されている姿くらいは見えているはずだ。


「それで、どれほど待てば良いでしょう」

「意地悪な事は言わないでください。私はあの者を殺して欲しくは無いのですよ」

「それは部下としての情でしょうか」


 チラッと見たら男が嬉しそうに笑顔を見せていた。でも、その笑顔もすぐに凍えたように固まっていく。……当たり前だ、バレディウスは首を横に振ったからな。思っていた事とは違ったのだろう。


「その者を殺さずとも苦痛を与えられるからです。私としても貴方のような存在にケチをつけ、敵に回すような愚か者は必要としていません」

「だが、殺した方が楽に済むだろう」

「あの愚か者の顔をご覧ください。どれだけ頭が回らなかろうと造形の美しさのみを求める者も多くいるのです」


 つまり、コイツは奴隷になるという事か。

 それを男も分かっているからか、目から正気が消えて顔も青白くなり始めている。でも、漏らさずに何とか座っていられる時点で修羅場はくぐってきたのだろう。まぁ、それも意味が無くなるけどな。


「あの者を貴方様に渡しましょう。どのような扱いをしていただいて構いません。それで無礼を許していただけませんか」

「……その表情からしてまだ続くな」

「……ええ、その通りでございます」


 ニコリと笑顔を浮かべた。

 中年くらいの少し深めのシワが多くある顔だ。痩せているというのに、優しさを感じられる顔立ちだというのに口にする言葉に優しさは無い。そこまで見抜かれるの事すらも承知の上で話をしていたとなれば……本当の商人というのは怖いな。


「実は私のお得意様に顔立ちが美しく常識がある男を望む貴婦人がいらっしゃるのです。あまり表立っては言えませんが、少しばかり男性を甚振るのが好みのようで良い奴隷がおらず困っておりました」

「……それはちょうどいいな。実は私の手の中に必要の無い美しい顔立ちの男がいるのだが……常識は無いものの貴婦人を楽しませる術は持ち合わせているだろう」

「では、その者を買い取らせていただきたい。そうですね……貴婦人はかなりの上客ですので収入として大金貨百枚では売れるでしょう。なので、大金貨五十枚でどうでしょうか」


 その言葉に静かに首を縦に振った。

 わざわざ、ここまで準備した上で話をしてくるとは本当に怖い奴だ。だが、敵に回らないのであれば心強い存在でもある。大金貨五十枚もあれば数ヶ月は自由に動けるだろう。ならば……。


「そこに置いた素材は不用品を買い取っていただいた礼としてバレディウス殿に譲りましょう。私としても回収するのが面倒ですからね。邪魔なら捨てておいていただけると助かります」

「……お心遣い感謝致します。おい、あの素材を解体部屋に運べ。それと大金貨五十枚の準備だ。三分以内に終わらせろ」


 この人とは仲の良い関係を築いていたい。

 確実にコイツは使える。戦闘面での強さは間違いなく無いが戦闘以外の番外戦術では次に出る者もいない。そう断言できるほどには明確に、商人の中での化け物だ。商人という役職の中でのSSSランク以上の最強の化け物。


「あやつを連れていけ。あやつは大きな失敗を犯した。このような存在を私を通さずに話をし、挙句の果てには殺してでも奪おうとするなどシツケがなっておらん」

「ま、待って」

「売る前にしっかりと罪を理解させろ。私の教えを守れない人間に必要性など無い。お前は私の父方の従兄弟だからと多少は目を瞑り、可愛がってきていたが……今回ばかりは看過できん」


 あーあ、ざまぁみろ。

 人の事を終始、蔑んでいた癖に終わりは呆気ないなぁ。今更、そんな視線を向けても僕は助けませんよっと。最初からワイバーンの翼を破格の値段で買い取っていれば話は済んでいたのにね。無能はどこまで行っても無能、新しい職場で頑張ってくれたまえ。


「……それで、あの愚か者に話していた内容を私にも教えていただけないでしょうか。私であれば貴方様のお話を親身に聞く事ができましょう」

「それはありがたい。話を聞いていただけるのであれば語りたかった内容があるのです」

「で、あれば……このような部屋では狭いですね。私の執務室に来て頂きたい。茶を飲みながら内容について詳しく話し合いましょう」


 冷や汗は止まらない……悪くないな。

 緊張感は常に持っていて欲しい。そうであれば僕は優位な状態で話ができる。ただでさえ、立場としてはバレディウスに勝てないのに、優位性でも勝てないのであれば本当に勝ち目は無い。口論であれば以ての外だろう。


 僕の目に狂いがなければ……マウスから得ていた情報は全て真実か。幾らかは伝説であったり、手柄を横取りしていたと思っていたのだが……誰よりも見る目があるのであれば間違いなく真実だったと思える。


 バレディウスの背後を追いながら周囲の警戒もしておく。罠の可能性も多少は考えたが……どれも欠片すら無いな。本当に僕と話をするためについてこさせたのか。護衛すらもつけないとは信用しているのか、それとも殺される覚悟ができているのか。


「こちらです」

「……感謝します」

「いえいえ、これくらいは当然の事です」


 バレディウスがソファを指さしてくれたからそこに座る。そのままバレディウスは近くにいた男に命令を飛ばして対面に座った。わざわざ自身の席に座らないのは僕の話をしっかりと聞くためだろう。


 一分とかからずに男が部屋に入ってきた。

 目の前にお茶とお菓子を出されたから……バレディウスにも見えるように光魔法をかけておく。初歩的な解毒の魔法だが光魔法を扱える人間なんて限られているよな。だからこそ、額から流れる汗が一つだけ増えたんだ。


 そして一つの小袋も出された。

 触らずとも分かる。これは空間魔法を付与した魔道具だ。それもかなりの範囲……これだけで大金貨二十枚はくだらないだろう。そんな物を軽々しく渡してくるとは……本当に化け物か。それとも僕にそこまでの価値があると踏んだか。


「……本当にお強いようですね」

「本気で戦えばSSSランクであろうと勝てるでしょう。……そんな面倒な事は避けたいですが」

「はっはっは、お強いながらの悩みというものでしょうか。私にも似たようなものがございます。他の豪商との話ほど面倒な事はありませぬから」


 それは……うん、面倒臭そうだな。

 こっちは殺してしまいそうだから面倒ってだけで戦うのは嫌いじゃない。でも、商人の場合は話が上手いから出世しているだけだ。探り合いとかを踏まえた話が好きだから商人になったわけではないのだろう。


「お互い苦労しているようですね」

「ええ、名が売れて良い事と悪い事がありますから」

「はは、違いありません。私が表に出ないのも似た理由ですよ」


 実際は全然、違うけどな。

 本来の僕はまだ一歳になりたての、ソファに座ったら足がつかない小僧だ。だけど、成長していたとしても同じように姿形を偽って影の世界を生きていただろう。まず間違いなく本名で冒険者ランクをあげようとはしなかった。


「ほう……てっきり、名立たる冒険者かと思っておりました」

「それであればワイバーンの翼などを売りには来ないだろう」

「はっはっは、確かにその通りでしたね。不躾な質問、失礼いたしました」


 ……冷や汗が机に落ちた。

 分かっているぞ……探りを入れるために聞いてきたってな。それで僕の機嫌が損なわれてしまっては話すらも無意味になる。この人からしたら簡単に自身を殺せてしまう人を相手にしているんだ。謝るしか無いだろうな。


「許しますよ。そのような話をするために来たわけではありませんから。むしろ、貴方にも利がある話をしたくて来たまでです」

「……詳しくお聞かせください」

「簡単です。……市場価格の半分の値段で私の持ってくる素材を回収して欲しい、ただそれだけですよ」

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