第10話 賢者、交渉をする
うーん、僕って呪われているのか。
そう思えてしまうほどには今日はアンラッキーな事が多い。だって、そうだろ。僕は面倒事を避けて裏道を歩いていたんだ。もっと言えば軽い隠蔽だってかけて、ぶつかりでもしなければバレないくらい影が薄かったというのに……。
「おい! 無視しているんじゃねぇよ!」
「気前良さそうじゃねえか! 兄ちゃんよ!」
本日、三度目の絡まれでさぁ。
え、この人達って短時間でポップする魔物か何かですか。コイツらって殺しても罪にはならないのかな。……いやいや、この人達も人間なんだ。こういう時は……『くにへ、かえるんだな。おまえにも、かぞくがいるだろ。』って言うのが正しいか?
「無視してるんじゃねぇよ!」
はぁ……とはいきませんよね。
であれば、さっさとフルボッコにしてしまおう。殺したらどうせ面倒な事になる。遺体は欲しいところではあるが……別に無くても困りはしないからいいや。という事で……吹き飛べ。
「必殺・金的斬」
「へ……ぎ、ぎゃぁぁぁっ!」
うん、皆、女になっちゃえー。
きっと、不細工なオカマにも春は来るよ。うんうん、僕は優しいね。こういう人達に新しい性癖を開拓させてあげているんだからさ。……感謝された事は無いし進みますか。
今は無い事に違和感を覚えるかもしれない。だけど、切り落としてすぐに回復させているから死ぬ事も無いよ。今の一瞬だけ痛みに悶えるだけさ。その後は普段通り生活していれば勝手に慣れていくだろう。
それで……おお、確か、ここだったな。
見た感じは古ぼけた宿屋、でも、この中は少しだけ特殊な店だ。もちろん、エッチな店とかでは決してない。特殊と言ってもSMプレイができるとか、ペッティングだけでも良いとか、そういうのでは決してなくて……というか、僕はララほどエッチな思考回路は持ち合わせていないからな。うん。
単純にここは裏商館と呼ばれる場所だ。
商人ギルドに属している人達が出す店を普通の商館というのなら、ここは言わば免許の無い人達が経営する商館だな。免許が必要無い分だけ表には売れない物も売る事ができる。合法か非合法かの違いくらいしかない。とはいえ、ここのトップは王国でも名高い豪商ではあるのだが……。
ここに来たのは当たり前だが金儲けのためだ。
まずもって何かしらの計画を達成させるためには確実に金がいる。それこそ、僕が今、したいと思っている事は金が多くいるからな。そこら辺を踏まえると売るための何かと、売れる場所が無いと困ってしまう。
そこで、こういう非合法な店を使うんだ。
もちろん、ツテがない分だけ二束三文で買い叩かれるのがオチだが……売れないよりはマシだ。もっと言えば金が集まり次第、こういう店が現れないように動けばいいだけだし。恩は恩で返すつもりだが仇には仇を返す、ただそれだけ。
一応、隠蔽をかけ直して顔も見えないようにしてっと。……これでようやく準備完了だ。願わくば面倒事に巻き込まれない事を祈るのだが、そこは神様次第だろう。良い店員に当たれば簡単に話が進んで悪い店員なら決裂するだけの事。
「……いらっしゃいませ」
黒スーツに細長い体躯、身長は一メートルと八十センチってところか。強さは兼ね備えていないが店員としての優美さはある。目は釣り上がっていてキツネのようだが顔立ち自体はキレイだ。……とはいえ、目の奥で僕を見下しているのが見え見えだから好めはしないけど。
それに何人か護衛が隠れているのも分かっている。恐らく下手な事を言えばけしかけて潰すつもりなのだろう。どれも最低で冒険者ランクのAはある強者だ。……まぁ、僕からしたら雑魚ではあるけどね。何人集まろうとワイバーンを一体倒せるかどうかの戦力しかないし。
そこら辺を突っついても良いことなんてないなら無視するのが最善か。戦闘態勢だけは解かないでホテルのロビーのような空間を前に進む。受付までで左右五つずつの柱があったが、その影に二人ずつ伏兵がいたな。つまり、即座に動けるのは十人ほど。
「素材を買い取って頂きたい。もちろん、簡単に表に出せないような代物だ」
「……了解しました。それでは奥の部屋に」
受付の男が横にある扉を開けて中に入るように促してくる。拒否する理由も無いので中に入ったが……なるほど、隠れて背後につく存在が二人いる。僕が入ってから扉を全開に開けたままで僕の前に出たのは悟らせないためかな。だとしても、少しだけ幼稚に思えるやり方だけど。
通されたのは最奥の部屋、あまり言いたくは無いが試しだとしても気分が悪いな。僕を測るために最奥にしたとしても男の目がムカつくというか、本気でぶん殴ってやりたくなるくらい僕を下に見てきている。
はぁ……気は乗らないが中に入らないと話は進まないかぁ。本気で距離を取りたい気持ちでいっぱいだけど……入ろう。さすがに室内は六畳くらいの広さしかない。僕を監視している二人も入口付近で待機するはずだ。
中に入って近くにあった椅子に座った。
雰囲気、刑事ドラマの取り調べ室みたいだ。薄暗い中に白色の蛍光灯があって真ん中に一つのランプが置かれている。質問したいくらいだ。この後でカツ丼は出してくれますかって。
もしくは机をバンって叩いたら壁が全て倒れるとかかな。八時になったら全員集合するのか……このネタは異世界人には通用しないよね。うんうん、でも、せめてカツ丼くらいは出して欲しいな。
「単刀直入にお話します。これを大金貨一枚で買い取って頂きたい」
「ほう……これはこれは……」
机の上に出したのはワイバーンの翼だ。
大きさだけで三メートル、机よりも大きく部屋の行き来も難しい程。本来なら口頭で交渉した方が楽ではあったが、口でどうこう言って疑われて信じられなかったら意味が無い。というか、コイツは確実に出せと強要してくるだろう。
だから、話が拗れる前に出した。
それに目を細めたという事は価値を理解していると捉えていいからな。本物だと分かれば喉から手が出る程には欲しいはずだ。ワイバーンを討伐できる冒険者なんて数が少ないし、依頼として頼めば儲けなんて高が知れている。
そして僕が提示した金額である大金貨一枚は、それらを踏まえたとしたら破格の値段のはずだ。もしも加工して販売するとすれば翼一つで大金貨十五枚は稼げるだろう。儲けとして大金貨十枚は見込めるはず。
「……大金貨一枚では高いですね。精々、小金貨になるかどうかです」
「であれば、ここで売る必要はありませんね」
ふっ、分かりやすく口元を歪めたな。
そんな理屈が通じるかって話だ。嫌なら売らないのは当然の権利、まさか、足元を見られまくっているのに売るとでも思っていたのか。こちらとしては冒険者登録とかが面倒だから持ってきたに過ぎないというのに。
「本物という確証はありません」
「本物という事は……つまりはワイバーンの翼である事は理解しているという事ですよね」
「……何のことでしょうか」
しらばっくれても遅いんだよ。
価値が分かっているからどうにかして低く買い取ろうとする。言ったら悪いがただのクソ野郎だ。そんな奴と関わるのは僕としても好ましくない。であれば、どうするか……決まっているだろ。
「この素材の価値を理解できないものに売る気などありません。最初に出した大金貨一枚は最低限度、それより下を求めるのなら私から買わずに依頼を出せばいい」
「……ふん、それを許すとでも」
「君如きの許可など要らないな」
入口を開けて男が二人、入ってくる。
うん、元からこれが目的だったのだろう。であれば、手を抜く必要は無いよな。……だって、コイツらは僕を殺してでも奪おうとしてくるようなゴミ共だ。命令とはいえ、言う事を聞くのなら容赦はしない。
「恨むのなら……馬鹿な主を恨め」
風刃、コイツらには魔法名すら必要無い。
ふん、怯えか。僕の強さを知ってようやく敵に回した存在を理解したのかよ。馬鹿が……ワイバーンの素材を持ってくる時点で僕の強さは測れただろうに。それすらもできない事が……お前を殺すんだ。
「どうした。頼りのツナが死んで困ったか」
「お、お前など他の仲間が!」
「あの程度なら一瞬で消せる。呼べよ、目の前で殺しきってやる」
十人弱のそれなりの強さの遺体。
価値は低くないからな。くれると言うのならいくらでも貰わせてもらう。それが迷惑料という奴だろう。そして、このゴミの遺体は……まぁ、奈落にでも食わせてやるか。
「来ないようだな。なら、死ね」
「い、嫌だッ!」
「少々、お待ちを」
……背後から声がした。
ふむふむ、確かに奇妙な気配は感じていたが……なるほど、この男が発していたのか。見た感じ強くも無ければ、隠蔽などの隠匿スキルの気配もない。手に持つ魔道具とかで無理やり気配を消していた、とかが可能性として高そうだ。
それだけの高価な物を使える人……思い当たるのは一人しかいない。
「……バレディウス・ペネトレーター」
この裏商館……いや、商人ギルドの中で一番に位が高い存在。その人以外に思い当たる節は無い。