第2話 賢者、後悔する
「本当に問題無いのですね!」
「え、ええ……なぜか分かりませんが魔力を使い切っていただけです。魔力が回復され次第、青白さも良くなっていきますよ」
ふむ、一生の不覚パート2だ。
まさか、魔力を使い切っただけでここまで母親に心配されるとは思ってもいなかった。日本にいた時の両親なんて仕事優先で無視していたぞ。肌が青白くなったから程度で医者に行くなんて……。
ま、まぁ、それも愛されている証拠か。
ただ……この程度の事で毎度、病院に連れてこられても困るぞ。僕には僕の乳酸菌があって、アレをしたいだの、これをしたいだのの欲望に沿って生きているんだ。愛情を持って育ててくれている事には感謝している。でも……。
「フィアナ様、あまり言いたくはありませんが気になさり過ぎですよ。これが何度も続くようであれば病気の心配もしなければいけませんが、幼少期に魔力を放出してしまう事などよくある事です」
「それが生まれて二日だとしてもですか」
「かの英雄王も生まれた初日で魔力に目覚めたとあるではありませんか。そこまではいかなくとも幼くして魔力放出を行った子供は間違いなく魔法の適性があります。だから、気にし過ぎるのは良くないのです」
医者のおじさん、ナイス助言!
そうだそうだ、気にされ過ぎたら思春期真っ只中の時にどうするって言うんだ。エロ本の隠し場所も暴いて白日の元にでも晒すというのか、おっぱいとか言うだけで卑猥だとか言うのか……それはそれで怒られるのもありかもしれない。でも、今だけは許してくれ!
それにしても英雄王……あー、初代国王の事かな。
魂とだけ話した事があったけど確かにそれだけの強さはあったもんなぁ。それに豪放磊落というかさ、クーベル王国の王家とは比べ物にならない程に良い人でもあった。なぜにアレからゴミが生まれたというのか。
クーベル王国の王家とか良い思い出が無い。
何にしても勇者第一で僕が助言をする度に嫌な顔をするんだ。前衛で情報も上手くまとめられない勇者と後衛で指令を出す僕のどちらの方が正確な情報が出せると思っているのだか。まぁ、ああいう阿呆集団は関わらないのが吉だ。それに今は……。
「おぎゃあ……?」
「ほ、ほら、アルフ様も心配しているようです。そのようなお顔をなさるのはやめましょう」
「でも……いえ、そうね」
ふむ、心地良い撫でであるな。
もっとだ、我は撫でを所望する。フィアナ嬢の撫でこそ、我が数十年と探し続けたものであり……って、こういうところがあるから女の子に嫌われていたんだろうなぁ。なんか、今更になって悲しくなってきたよ。本当に赤ちゃんで良かったわ。
「もう少しだけ様子を見ます。これが続くようであれば再度、ここに来る事にします」
「ええ、そうしてください」
「お世話になりました」
フィアナは僕を優しく抱いて病院を出た。
少しだけ足取りが重たかったけど……やはり、僕の軽率な行動がフィアナを苦しめたのかもしれない。とはいえ、フィアナと奈落攻略を天秤にかけたら後者に傾くからやめる気は無いけど。
何もしない時間、僕は有効活用したいんだ。
早く魔力が多くなれば魔法を覚える訓練に入れる。魔法を覚える訓練に入れば動かずに経験値を手に入れる方法が作れる。そして幼くして訓練を積めればステータスボードを貰う前に色々とできるからな。
って事で、後数日は魔力の放出だ。
そこから隠蔽の練習に入って……常時、魔力を出せるようにしておこう。それが手に入れば病院送りになっても「隠蔽のスキルが発動していたのでしょう」って言って貰える。そうすれば多少なりともフィアナも安心するはずだ。
迷惑をかける事は分かっている。
でも、ここで止まってしまえば前と同じ、いや、前よりも酷い結果になりかねないんだ。僕はもう同じ苦しみを味わいたくない。そして自分の周りにいる人達にも似たような思いはさせたくないんだ。だって、あれは人の尊厳すら踏みにじるような最悪な経験だから。
それに今の僕は赤ちゃんなんだ。
何も出来ない赤ちゃんが母親に迷惑をかけるのは当たり前だろう。おしめも替えてもらわなければいけないし、移動するにしてもフィアナがいないといけない。その面倒事の一つに魔力を勝手に使うって言うのがあるだけ。文句を言われても仕方が無いだろう。だって、しょうがないだろ。赤ちゃんなんだから。
ただし、少し間隔は空けるべきだろう。
毎日毎日となればフィアナの不安をより仰ぐだろうし、僕の体としても持たなくなってしまう危険性すらある。こういう事はメリットが大きい分だけ失敗した時のデメリットも大きいんだ。今日やるとしても半分くらい放出が良いところかな。
「あうあー!」
「……そうね、悩んでいても仕方が無いよね!」
「うあー?」
フィアナって呼んだつもりだけど上手く口が回ってくれなかった。ましてや、悩みとか簡単な言葉でさえも口にできないし……赤ちゃんというのはここまで無力なのか。本当なら零れ出した涙だって拭いてあげたいと言うのに……。
「生まれて数日だし、初めての子育てで分からない事も多かったんだ。だけど、アルフの声を聞いたら安心しちゃった」
「あうー!」
「うん、ママは大丈夫よ。って言っても理解できないか」
いえいえ、分かっていますよ。
それにフィアナの気持ちだって分かってはいるつもりだ。それが僕にとって良いかどうかは別として……当たり前だけど人によってどうしたいかは違うんだ。僕を思う気持ちも分かるよ。だけど、その通りにできるとは口が裂けても言えない。家族とはいえ、他人でもあるからね。
それにしても、この軽い揺れ……悪くない。
初めての子育てか、確かに不安になる事も多いよなぁ。ただの赤ちゃんならまだしも僕みたいなイレギュラー相手なら普通が通じないだろうし。いや、むしろ、普通も分からないから苦しんでいたのかな。
となれば……自重はすべきか。
せめて、自分で動き回れるようになればフィアナに隠れて行動もできるはずだ。必ずしも使い切らなければ魔力が増えないわけでもないし、ここは一つフィアナのために……。