第4話 賢者、未知の強敵と遭遇する
狙い通り一体のオーガを半分にできた。
残り六体、ここから見た感じ近いのは……右後方の二体か。そこへ飛べば二対一を行いながら四体から距離を取れる。先程の速度からして振るタイミングは分かるはずだ。
「疾ッ!」
一瞬だけ風魔法の勢いを強める。
そのまま二体の間をすり抜けて後方に回ってから思いっ切り横振りをした。付与は既に行っているから剣で切れる範囲も広くなっている。……とはいえ、火力不足か。まだ少しだけ生きていそうだから油断はできない。
いや、警戒なんて不必要か。
この程度に警戒をしていたら奈落なんて夢のまた夢でしかない。それに次の一手は既に浮かんでいるんだ。さっさと行って敵を殺し切るだけ。
「さっさと死ねよ」
五つのナイフを投げ付けて片方のオーガの首元に全て突き刺す。その間にもう片方への距離を詰めて首元に突きを放つ。ボロボロの剣で防御態勢を取っているが既に遅い……いや、仮にしっかりと準備を整えられたとしても無意味だ。
「それすらも叩き切るのみ」
これで残りは四体だ。
今の三体は集団の中で中間クラスの強さ、残り二体が低レベルで他が五十まで到達している。軽い付与だけで圧倒できたのは今の三体が弱いだけで二体だけは舐めてかかるのは愚策だ。
「来いよ。じゃないと……殺すぞ」
手をクイクイと曲げて挑発をする。
そうだ、そっちから来い……だから、わざと威圧だってかけてやったんだ。命の危機となれば向かってこざるを得まい。逃げても殺される、そんな恐怖があれば詰めてくれるだろう……それにそっちから来てくれれば簡単に殺せるからな。
残り数メートル……もう少しだけ待て。
四体全てが範囲に入った時……目を閉じろ。残りは感覚に全て任せる。一つの深呼吸、いつもなら気にならない音が心臓にまで染み渡るような感覚だ。
「———堂々廻」
……ふむ、久しぶりに使ったがオーガ相手には不必要だったか。この攻撃は一撃に耐えてこそ、真価を発揮するというのに……全てが一刀のもとに伏してしまった。まぁ、使えるという事が分かっただけ良しとするか。
さてと……次の標的を———
「ふーん、躱すなんてすごいね!」
「お褒めの言葉、ありがとう」
「うん、だから、殺してあげる」
チッ……何だこの女の子は……。
でも、この子は明確にギンの首元を狙ってきた。それに今も二つの短剣を構えて隙を伺ってきているからな。……さっきの速度、ギンの本気かそれ以上は間違いなくあった。
「話をする事は?」
「えー、話してもつまらないでしょ。それならさぁ……これで語った方が楽しいし」
「……戦闘狂がッ!」
詰めてきたのなら戦うしかない。
もとより話したところで時間稼ぎにすらならない事は分かっていた。でも、この子は話をしようとしたらできなくは無いだろうな。無言で攻撃を加えずに会話をしようとする様子は見れたし。
一気に下級魔法での身体強化を強める。
魔力供給量を増やせば増やすだけ強化時間は長引かせられるんだ。少なくとも本気でかからないとギンが壊されるのは時間の問題だろう。……回復魔法での常時自己治癒も行っておくか。
万単位のMPですら少しだけ不安だな。
今ので五千も魔力を使用した。いや、それで相手の速度よりも少しだけ速い状態に持ち込めたから悪くは無い。……ここら辺がギンの限界か、まだ本気状態では無いとはいえ、それでも既に魔力回路に異変が起こりかねない域に達している。
「すごいすごい! これに合わせられるなんて!」
「こちらとしては我に合わせられる君の方がおかしいと思うがな」
「帝国十二騎士団団長の一人だからね! これくらい出来ないと勇者となんて戦えないよ!」
ふむ、帝国十二騎士団団長か……。
なるほど、合点がいった。確かにそれだけの大物が相手ならギンでは役不足なのも仕方が無い。それにそこまでの強さがあっても……僕には届かないな。もっと言えば勇者にも……。
「瞬殺だ」
「何が?」
「本物の勇者が相手なら一瞬で良い。不意打ちの時点で灯火すらも残らずに掻き消えていた」
化け物と強者では差が歴然過ぎる。
せめて、せめてだ……今の僕の速度を超えなければ対応すらも不可能だ。全ての力を利用してようやくアイツの攻撃を防げたのに、目の前の騎士様ではまだまだ足りない。
「見せてみろ。我が勇者に届くか測ってやろう」
「……上から目線でムカつくけど少しだけ興味を持っちゃったよ。そこまで言うって事は本物の勇者の強さを知っているって事でしょ」
「そう捉えてくれて構わない」
「なら……本気で行かせてもらうよ!」
くっ……さすがに速いか……。
予想の範囲外、僕の五割の力でさえ騎士の本気には叶いそうもない。速いし、重いし、そして剣の腕も確かなもの……あの時の盗賊の頭とは比べ物にならない強さだ。挑発なんてせずに戦えば多少は倒す手段もあったか。
いやいや、それを僕が喜ぶとでも?
有り得ないよな……強い敵とは本気でやり合いたいんだ。例えギンの体を経由しているとは言っても戦えないわけではない。この体は僕が細かく作った僕専用の人形なんだよ。
魔力回路がぶっ壊れる……最高じゃないか。
壊れたら直してしまえばいい。ギンの体の欠点だって見付けられたんだ。それらを解消して僕の力に対応できる人形にしてしまえばいい。ましてや、騎士に負けるという事はギンが壊れるのと同義だからな。
「へー、人間じゃないんだ」
「ああ、この体は仮初の姿だからな」
「ふーん……折角、殺したと思ったのにつまらないの」
首が飛んだ。でも、すぐに闇魔法で治る。
大丈夫、今ので距離を取ってくれたからな。少しだけ時間を作れた。いや、時間なんて無かったとしても対処法なんて幾らでもある。
僕を誰だと思っている。
賢者だ、全ての魔法を修め、奈落を攻略した存在なのだよ。それがこの程度の相手に負けてしまってどうするんだ。強くなるんだろう、何にも負けない程の力を手に入れるのだろう。ならば、ギンの体で騎士を倒すのみ。
「薬物増強」
「へぇ、それが隠し球かー。……いいね、もっと楽しめそうだよ」
「ああ……君は確かに強い。だから、我も遊びの時間は終わりだ」
付与、付与、付与……相手の弱点を探れ。
剣では間違いなく劣る。だったら、魔法も組み合わせるしかない。筋魔反転を使っても良いが回復面で劣り始めてしまっては間違いなく負ける。僕が望むのは力の差がある上での勝利のみ。
強い、魔力回路を壊してでも強化した体でも劣ってしまうのか。いや、それだけ目の前の騎士が強いという事、仮に僕本体で戦ってどうにかできる相手かも少しだけ不安になってきた。
いや、その時はヴァンがいる。アルもいるから手負いにまで持ち込めれば対応は難しくないはず。それに魔力が減ろうと二人の援護くらいならば難しくない。……安心してギンを戦わせよう。