第20話 賢者、送り狼に……ならない
「……分かってはいたけど暗いわね」
「我が来た時にはもっと暗かった。後数時間もあれば日の出になるだろう」
「そう……今日は休めるかしら」
それは確かにそうかもしれないな。
僕の場合は赤ちゃんだから寝ていたところで何も文句は言われないだろうけど、少し歳を取れば状況も変わってきそうだ。もっと言うと状況を聞かれる羽目になるだろうし、貴族としての責務も問われる事になる。
「休まずとも済むように回復はさせておく。それと幾つか証拠となる物も渡すから説明に時間をかけなくて済むだろう」
「……そうしてくれると助かるわ」
「寂しくさせる代わりだな」
うん、やっぱり、そういうのには弱いのね。
俯いてから小声で「うん、それで許す」とか言っていたし。アレかな、伝えたいけど恥ずかしいから小声になってしまったとか、そんな感じかな。だとしたら、かなり可愛いとは思うけど。
「では早く帰るとしよう」
「わっ……えっと……飛んでいるの……?」
「風魔法の応用だ。魔法さえ使えれば誰でも出来るようになる」
飛翔、原理としては簡単な魔法だ。
自分の四方から風を一方向に吹き出して外界の空気の影響を無くす。その状態から上に登りたければ下に、前に進みたければ背中側から強い風を飛ばして動くって感じだ。
「ふーん、そこも規格外なのね」
「魔法は想像力と直結する。どのような事をしたいかと、どうしなければその事象を起こせないかを考えて作り出すんだ。それができるかどうかで本物の魔法使いになれるかが変わってくる」
魔法というのは数学に近いのかもしれない。
起こしたい事象が数学の問題だとして、使える魔法が覚えた数式とかか。その数式次第では問題を解く事だって可能だし、起こしたい事象が上手くいかないという事は問題の難易度が高く、どこかでケアレスミスとかがあるという事。
「私でもできるかな」
「……断定はできない。我が教えれば確実にできるようになるだろうが難しいからな」
「できない、ではないのね。それなら別にいいわ。できないという事は私がただの出来損ないだったってだけだし」
ララは自虐的に笑って見せた。
なんというか、今の一言でララの扱いとかが少しだけ分かってしまったな。やっぱり、ララの性格は他の貴族からしたら嬉しくないものか。それに女の子となれば幼いながらに家を固めるための道具として扱われていてもおかしくない。
「……ララが魔法を扱えるようになれば悩みも少しだけ解消できるよ。それだけは確実に言える」
「そう、なのかな」
「ああ、その時には僕が君を欲しがるからな。嫌がられようと連れ去って、僕の計画を手伝ってもらうよ」
あまりこういう事は言いたくは無い。
だって、この言葉がどれだけ重く、そして幼いララの心を引っ掻き回すか分かっているから。ましてや、僕はこういう約束を好んでいない。なんて事は無い、よくあるトラウマがあるだけだ。
それでも……災難続きの彼女が少しでも前を向ける何かになるのなら言わせてもらう。アレだけ僕に対して好意を向けていたんだから言われて嫌な気持ちにはならないだろ。
軽く抱き締めて静かに泣くララの気が済むまで待った。……うん、気丈に振る舞ってはいたけど内心では辛かったんだろうな。賢者とはいえ、魔法の扱いに長けているだけで人の気持ちなんて察せられないし。
「これは頑張って助けを待っていたララへの御褒美だ。僕が嘘をつかないという事を教えないといけないからな」
「……わぁ、綺麗……」
「即興で考えたにしては良い褒美であろう」
先程までとは違ってララに光魔法と闇魔法を付与させたからな。それもあって光を強く感じられるようになったはずだ。……風魔法で無理やり雲を飛ばしたのだって楽では無かったんだぞ。
「我はこの星空が好きでな。魔法を覚えたのだって綺麗な星空を好きな時に見れるようにしたかったからだったのだよ」
「そう……素敵な理由ね」
「他の人からは笑われたがな。……それでも見たくて見たくてたまらなかったんだ」
そして見せたい世界でもあった。
賢者も一人の男でしかない、つまり、できる事に限りがあったんだ。だから、急いで魔法を覚えたというのに……守り切れなかったな。
「この星空だけは俗世がどれだけ汚れようと変わらぬままだからな。我はこの世界が大好きなんだ。誰の物にもならない世界が」
「ネムさんの物にはしないのね」
「はは、出来たら苦労しないな。出来ないから美しいままなのだよ。……もしかしたら、ララも同じなのかもしれないな」
彼女が救われる方法は何も分からない。
ああ、言って希望を持たせたのだって、帰ってからも光を持って生きられるようにしたかっただけだ。彼女にそれなりの情を抱いてしまった以上は見殺しになんてしたくもないからな。
それに後のハーレム候補の一人かもしれないのなら助けるに決まっているだろ。これだけ目鼻立ちが整っているとなれば間違いなく将来は美人さんだ。そして僕に強烈な好意を持っているとなればムフフな関係だって……。
「残念、私は既にネムさんの物なのです。ララ・ヒュポクレティなのです」
「……覚えられないと言った割には細かく言えているじゃないか」
「うーん……それだけが取り柄だから、かな」
さっきの冗談をもう信じているんだな。
はは……なるほど、そうなれば助けてあげないといけなさそうだ。ここまで来たら取りこぼすなんて事はしたくないし……でも、少しだけ悲しく思えてしまった。だって、彼女が好きなのはネームレス・ヒュポクレティであって僕では無い。
「頭が良いんだな」
「……そういうスキルがあるから頭が良く見えているだけよ。物覚えが良くなるスキル……普通は貴方とは違って気味悪がるものだけど」
「本来の幼児のようにワガママを言われるよりは数倍マシなだけだ」
あくまでもネームレスらしく。
そっちの方がきっとララの望み通りの返答ができそうな気がするし。人に好意を持つような人間ではなく使えるかどうかで生かすかどうかを決めるような非情な存在……まぁ、それ以上は悩んでも無駄か。
「貴方って素直じゃないのね」
「我程の素直な人間はいないと思うがな」
「……別にそれでいいわ。何となく貴方の考えが分かってきたから。恥ずかしくなかったら動き出したりなんてしないだろうし」
うーん、こういうところは性格が悪いな。
まぁ、そうでもなければ話していたところで楽しいとは思わない。こういう悪いところも含めてララという少女……いや、幼女は面白いんだ。
「お互い苦労しているのね」
「女児に心配される程、悲しい生活は送っていないな」
「心配はしていないわ。ただ苦しんでいるように見えただけ」
はぁ……お見通しってわけですか。
まぁ、それならそれでいいさ。どこまで察しているにせよ、僕の全てを知られない限りは割とどうでもいい。あ、それとフィアナやイリーナが馬鹿にされなければっていうのも付け加えておこう。
そこから十数分間、割と本気の速度で飛んで目的地付近まで到着した。予想通りというか、ララも元ロレーヌの街を見たところで特に何も言わなかったから正解なのだろう。少しだけ離れた森付近に降りて隠れておく。
「ここまで来れば兵士が助けてくれるはずだ」
「よく場所が分かったわね」
「少しだけ関わりがあったのだよ。ロレーヌ家とはな」
あまり思い出したくもない過去だけど。
だが、その過去が後にどう活躍するのか分かったものでは無い。嫌がりながらクーベル王国のマップを覚えたのだって上手く活用できたし。……今のうちに光魔法と水魔法を合わせて回復魔法をかけておいて、そして数枚の書類を手渡しておく。
おし、これで仕事は終わりだ。
後は帰るだけでゆっくりと寝られ……。
「ねぇ」
「なんだ」
「あの時の言葉、嘘じゃないから」
はは、それはネムさんの物って部分かな。
だったら……多少はリップサービスしてやるか。
「そうか、ありがとな」
「っ! それだけよ! それだけ! じゃあね!」
おいおい、リップサービスする前に恥ずかしがって消えていったぞ。……まぁ、行く方向に間違いは無かったから心配はしていないけど。
さてと……帰りますか。
今ならイリーナが起きる前に帰られるはずだ。起きていた時には……適当な隠れ場所でも作っておいて遊んでいた事にしよう。うん、それがいい。
◇◇◇
「お嬢様! ご無事だったのですね!」
「ええ……どうにか、ね」
「それはそれは……旦那様も心配しておられましたよ。今朝方には私兵を投入しようと準備を」
「そんな話はどうでもいいわ。興味が無いもの」
入口にいた執事の手を払ってララは一人、屋敷へと入っていった。その後を続いて執事は様々な事を口にするが届いている様子は無い。ララの目に映っているのは貴族としての自分では無いのだ。
「ねぇ、ゼノン」
「どうかしましたか、お嬢様」
「地図を持ってきて。出来る限り範囲は広い方が良いわ。それと……」
適当な命令をしてララは執事であるゼノンを遠ざけて一人部屋へと入った。そのまま体をベットの中に沈めて枕へと顔を埋める。口角を上げて小さな笑い声を漏らしたかと思うと顔を上げた。
「ふふ……次に会うのが楽しみね。ネームレス・ヒュポクレティ様」
ララはそう言って右耳の髪をかき分けた。