第18話 賢者、敵に冷める
咄嗟に剣でガードの体制を取ったが少しだけ遅かった。綺麗に上半身を切られて偽物の血が吹き出している。良かった、この体が闇魔法で作られた偽物の体で本当に良かった。そうでなければ今の一撃で大ダメージを貰っていたところだ。
盗賊から奪ったポーションを飲んで回復させる素振りを見せる。これは別にやらなくてもいい。だけど、勝手に治っていったら回復系のスキルがある事を露見させるのと一緒だ。敵にはギリギリまで与える情報を少なくした方が良い。
体が偽物なら尚の事だ。
もしも、ここで一本のポーションを渋って勘繰られてしまったら本当に負けかねない。盗賊の頭が偽物の体を狙ってきている間はどうにでもできるんだ。今は冷静に敵の攻撃に対応していくのみ。
……と、ピンチの僕なら考えるだろう。
どこまで行っても余裕を持って、そして冷静に立ち回りたい……それが出来てこそ、僕が演じているキャラに一つだけ近付けるんだ。お生憎と今の僕でもあそこまでの異常な強さは発揮できないからねぇ。
「どうした? 怖気付いたか?」
「いやいや、もう少し遊べそうだなと喜んでいただけだよ。こうでなければ面白くない」
「どこまでもふざけた野郎だ」
おー、今までで一番、速い一撃だ。
でもさ……表情を見た感じ、これが限界そうだね。だって、冷や汗ダラダラで少したりとも余裕は無さそうだ。いや、いいんだ。これだけの速度で戦える人間なんて本当に限られている。それこそ、相手が僕でなければ最初の段階で勝っている時点で強いと思うよ。
さすがは伯爵家から御令嬢を連れ去っただけの力はある。これだけの力ならば確かに兵士や冒険者を護衛に付けていたところで負けるのも仕方が無いだろう。それに馬子の見張り二人も弱くは無かったからな。
だが、これでは駄目だ。
「まだ守りを壊せないのかな。早く君の本気とやらを見てみたいのだが」
「クソがっ!」
「速くても単調になったら無意味だよ。今の君になら」
何度も行ってきた突き、きっとこれが一番自信のある一撃だったのだろう。だが、それに頼り切るのもよろしくない。なぜなら、今みたいに突きを一点読みされて……。
「こうやって勝つ事すらもできる」
「俺の……剣を……!?」
そこまで驚く事か、ただ弾いただけだろ。
いや、それが普通では無いのか。うーん、でも、アホ勇者に比べれば確実に遅いし、技術力も無いんだよなぁ。なんだったらさっきの速度の方が確実に対処法が見付けられなかった。
きっと、怒りのせいで自分の剣の癖がより明確になっているって分からないんだろう。あまり言いたくないが凡人はこういうところでミスをしてしまうらしい。あのアホはアホでも挑発如きではどうにもできなかったぞ。
「終わりだな。後は斬り殺すだけだ」
「……はっ! おめおめと斬られるわけがないだろ!」
出入口付近に走り始めたが……。
ああ、なるほど、そういう事か。やっぱり、動かすべきでは無かったよなぁ。いや、多少はそれも頭の中にあった。だけど、本当にそういう事をするとは思ってもいなかったよ。
「逃がせ! じゃないとコイツの首が飛ぶぞ!」
「……別に飛ばされても構わないんだがな」
「な! いいのか! 本当に!」
当たり前だ、馬子が死のうがどうでもいい。
だって、本来の目的はリーフォン家に危害が加えられたから報復に来ただけ。もっと言うと伯爵家からのイザコザが起こりそうだったから回収に来たんだ。遺体さえあれば適当にアンデッドにでもして仲の悪い貴族の領土に……。
とはいえ、諦めた顔で僕の方を見られるのも気分が良くないな。なんだろう、捕まってゴメンとでも思っているのか。いやいや、そこはせめて年齢相応に助けて欲しいと言えばいいのに……貴族の娘がそう言えるわけも無いか。恥を偲ぶくらいなら死んだ方がマシ、そう考えていてもおかしくない。
あれれ、ここで助けなかったら面倒事がもっと増えそうな気がしてきたぞ。……それに最期までしてやられたままで終わるのは僕としても許せない。もっと言えば……子供を人質に取るような人間の言う通りになるのなんて以ての外だ。
「———つまらないな。本当につまらない」
「な、何が……!?」
そこまで驚く事でも無いだろう。
空間魔法で僕の腕の中に馬子を転移させただけ。この程度で驚かれてしまったら僕の本気を見せても良い反応が見れないじゃないか。最期の最期まで僕を楽しませられずに死ぬんだな。……盗賊の最期としては当たり前の事か。
「そこは助けてくれと言うものだ。それとも我に助けを乞うのは死んでも嫌だったか。じゃじゃ馬子よ」
「……助けられるくらいなら」
「死んだ方がマシなら後で我が殺してやろう。だから、あのような下賎な輩が望むような結果を与えてくれるな。貴族の誇りがあるのなら殺される相手くらい選べ」
とはいえ、だからこそ、面白い。
この馬子は本当に僕の興味を上手く擽ってくる。ここに来たのなんて戦闘を楽しむためとしか考えていなかったが……存外、悪くない経験だった。だが、その経験の中に目の前のゴミがいるのだけは些か不満だ。
「少しだけ待っていろ。すぐに終わらせてやる」
「あまり待たせないでね」
「寂しくなる、だったな。安心しろ、一分とかからない」
元はと言えば剣だけで戦いたいと思ったから時間がかかっただけ。本音を言えば幾らでも殺す方法なんてあった。剣で殺す方法も別に無くはない。ただそれをしなかったのは剣術スキルを獲得してレベルを上げるには、戦闘時間を長引かせた方が良いと思ったからだ。
「死を願え、下賎な盗賊よ」
「お前……何なんだよッ!」
「……興醒めだ。折角、貴様との戦いを楽しんでいたというのに今の言動で全てが無意味と化した。やはり、盗賊如きに面白みを求めた我が間違っていたか」
まぁ、いいさ。確実に成長はできた。
それに面白い女の子とも知り合えたんだ。それだけで満足してやろう。……だから、さっさと殺してやらないとな。
「薬物増強」
「ひっ……!」
「どうした? なぜ逃げようとする? 我の前で少女を殺すのでは無かったのか?」
毒魔法の応用でステータスを上昇させた。
僕が一番分かっている。毒魔法のレベル十でかけた強化が普通の強化とは比べ物にならないって。だって、今ですらも足の速さで頭を圧倒しているし、振り下ろした剣すらも相手は対応できずにいる。
「つまらん。非常につまらん」
「た、たすけ……」
「お前は何人の人を殺した。明日を生きたいと願う人々をどれだけ殺してきた。何人の幸せを踏み躙って、お前の幸せが成り立ってきた。そんな奴の言葉が我に届くと思ったか」
毒魔法の力で回復させながら切り刻む。
斬っても回復してしまうから簡単には死ねない、だからと言って逃げられるだけの力すらも残っていない。馬子に言ってしまったからな。一分とかからないって……だから、その間に目にも止まらぬ速度で痛め付けて殺すだけだ。
「我は孤高の賢者、お前に絶対的な絶望と逃れられぬ死を与えてやろう。次は我が踏み躙って楽しませてもらおうか。だから、くれぐれも簡単に死んでくれるなよ」
「い……や……」
「最期の灯火が消えるまでは我を楽しませよ。下賎な盗賊の頭よ」