第16話 賢者、面倒な女と出会う
ふむ、見た感じ五歳になるかどうか。
少し薄汚れてはいるが髪とかは整っているし、幼少ながらに気品も漂っている。とはいえ、未だに僕を睨んでくる目はどうかと思うが……はぁ、猿轡を外したら煩くするんだろうなぁ。静域だけかけ直しておいてっと。
「……これで話せるだろ」
「外すのが遅いのよ! お父様に言い付けるわよ!」
「……何を持って言い付けるのかは知らないが酷い言われようだな。やはり、殺しておく方が楽かもしれない」
ここまで言われて助ける理由も無いしなぁ。
敵対すると言うのであれば殺さない理由も無いだろう。申し訳ないが面倒事に巻き込まれるくらいなら殺して第二の作戦に切り替えるべきだ。……はぁ、ここまで幼くなかったらさっさと殺していたんだけどな。
「え……貴方ってお父様の兵士では無いの……?」
「違う、盗賊から拠点の位置を聞けたから襲撃しに来ただけの、ただの放浪者だ」
「そ、そうだったの……」
勘違い、でも、謝罪は無しと。
とはいえ、居心地の悪さは感じているみたいだ。明らかに僕から目を逸らすような様子が見られるし……はぁ、この世界の貴族というものは見栄だけで生きているのか。だとしたら、相当、つまらない人生だと思うが。
「お金なら出すわ。だから、私を元の場所に帰しなさい」
「はぁ、何でそんな面倒な事を」
「何でって……お金が目的でここに来たのではないの?」
お金が目的……いや、まぁ、それもあるか。
何でもそうだけど何か行動をしようとした時には確実に金がいる。今のところは奈落攻略という目標はあるが……ぶっちゃけた話、他の人に比べれば金の準備はそこまで必要無い。それなりにアテはあるからな。
じゃあ、何が目的か……盗品には興味がある。物によっては良い素材や先程のような高価値なものだって無いとは言い切れない。でも、本質的にはそこでは無いだろう。アルのため……も、そこまで何だよなぁ。
いや、イリーナやフィアナを守りたいっていう気持ちは強くある。というか、それを除いたら本当に戦う理由なんて無いだろう。だけど、わざわざ盗賊を殺しに行く理由にはならない。だって、目の前の御令嬢さえ救えればどうでもいいからね。
そこら辺を加味すると……。
「自分の実力を知りたいからだ」
「ふーん、変わっているのね」
「今の状況でそれを言えるとは肝が据わっているな」
この子は拘束されて傷だらけ。ましてや、先程の会話で僕が味方では無いと理解しているはずだ。ただの馬鹿ならまだ仕方ないと思うが……本当の馬鹿なら僕の返答に対して肯定の言葉だけを述べたりしない。本物なら間髪入れずに助けるように求めるはずだ。
「まぁ、我も我で自分を酔狂だと思っている。普通はこんな面倒事を抱えようとはしないからな」
「酔狂……その程度で済むのかしら」
「……済まないかもしれないな。だが、今から死ぬ君には関係の無い話だ」
……少しばかり少女に興味を覚えた。
僕が昔、見てきた貴族とは違う部類だ。だからこそ、どんな反応をするのかが気になって仕方がない。確実に答えがない状況で幼い少女はどのような返答を行うのか……それによっては少し手助けをしてやってもいい。そう思えてしまった。
だって、そうだろう。
この子は幼いながらにして僕と会話ができている。どうすれば生き残れるかではなく興味本位で僕と話をしているんだ。今までの貴族は自分優位の馬鹿しかいなかったからな。貴族としての考えを持ちながら会話が通じる人がいるなんて初めての経験だ。ましてや、難しい言葉を口にしても理解するなんて……興味を持たない方がおかしいだろ。
剣を首元に突き付ける。
上にやるだけで少女の首は簡単に落ちてしまうだろう。……だが、泣き言も言わずに僕の顔を見つめ続けてきた。普通なら悪手に見える手ではあるけれども……気に入った。
確かに自分で何かを口にして機嫌を損ねるよりも、話していてどうするか揺らいでいる僕に判断を任せる方が生き残れる可能性は高い。そこまで見越しての行動かは分からないが……それでも多少は興味が持てる存在なのには変わりないな。
「少し待っていろ。盗賊を殲滅してから君の処遇については考える」
「……そう、余り時間をかけられると寂しくなるからやめて欲しいかしら」
「我としても時間はかけられない。だから、安心して待つがいい。とはいえ、君を殺すかどうかは後の我次第ではあるが」
嘘だ、確実に僕はこの子を助ける。
面白い、面白いんだ……どうして、ここまで危機的状況でもそんな顔をしていられるのかが僕には分からない。……はは、この子は本当に僕の悪いところばかりを擽ってくるよ。
これ以上、会話をしても僕が僕を追い込んでいく。
ならば、さっさと盗賊を殲滅してしまえばいい。この子に対して少しでも愛着が湧いてしまったのならば救ってあげるだけだ。……何より、この年齢で味わうべきでは無い不幸を抱えるべきではないだろう。
空間魔法でポーションを取り出して少女にかけておく。どのような結果になるとしても汚れたままで死ぬのは嬉しくないだろう。……空間魔法を見せたせいで驚いているみたいだが別にいい。所詮は仮初の姿だしな。
「……私も連れて行きなさい」
「何故だ、理由が分からない」
「……興味よ。それに拘束具を外してもらった方が殺されそうになっても逃げられるでしょ。貴方からも、盗賊からも」
その立場になっても交渉してくるのか。
ふーむ……まぁ、悪くは無い相談ではある。ここにいたとしても他の盗賊に見付かれば少女は殺されかねない。別に死ぬのは構わないが助けられるのに見捨てるのは少しばかり話が変わってくる。
殺すか、生かすか……その判断は僕が握っていなければいけない。相手がそれなりの立場となれば余計にだ。金に興味は無いが少女に対してはそれなりに興味もある。だって……。
「……本当にしてくれるんだ」
「これは一つの敬意だ。その歳で人殺しに対して恐れない姿に敬意を評した迄。逃げるのなら逃げれば良い。ただし」
「その時には殺す、と」
そう言って少女は手首をプラプラさせた。
そのまま僕に対して笑顔を見せて土埃で汚れた青く短い髪を掻く。数日も風呂には入っていないのだろう。その表情は不満に満ちていて時折、僕に対して睨みすら見せてくる。
どうせ、僕には屈しないとか思っているんだ。
はぁ、やっぱり、助けたいと思ってしまった事自体が間違いだったか。いや、生かす理由もあるにはあるのだから悪い判断では無いはず……むしろ、殺す方がメリットが少ないからなぁ。
ただし、それが僕の気分に良い影響をもたらすかと聞かれれば答えはノーだ。ぶっちゃけ、少女の遺体ってだけで価値は高いからな。大人の腐りかけの体に比べたら天と地程の差がある。
ましてや、この子は何というか……僕との相性が極端に悪い。一言で表すと面倒くさいのに何故か僕の好む返答をしてくる。だからこそ、さっさと殺すか生かすかして離れたい。
「静域……そして、死ね」
鬱憤を晴らすために盗賊を静かに殺し続けた。
後ろでは少女の声にならない声が聞こえたが気にするだけ無駄だろう。着いてくると言った手前、人が死ぬ姿を見せないというわけにはいかない。というか、そこまで配慮するのが面倒だ。
ただひたすらに敵を殺し続ける。
それが僕の盗賊討伐を始めた理由だ。