第15話 賢者、爪切りを求める
風魔法で飛び始めて数分程度。
ようやくアジトがあると言っていた小山付近に到着した。まだ外は暗く、日の出が出るまでは三時間はかかる。それもあってか、森の上を飛んでいる間も人影らしきものを見かける事は無かった。
とはいえ、小山付近になると確かに人の気配のようなものは微かにする。盗賊達とは別で全員が気配を薄くしているような感じもするから、こちらが盗賊の本隊なのかもしれない。
だが、僕の気配を探知できない時点でアウトだ。幾ら魔力操作で強化しているとはいえ、隠蔽だけしかかけていないのにバレていないのは……敵の強さが窺えてしまう。もっと言えば盗賊の頭も大した事が……いやいや、それは早計だ。
どんな相手でも油断は厳禁……という事で本気で狩りにいかせてもおうか。まずは見張りの首を静かに切り落とすところから……そこら辺は風魔法でいいかな。その前に声が外に漏れないようにしないといけない。
いやはや、捕獲された人が死んでも大丈夫な救出作戦なんて楽でいいね。まぁ、死なれるよりは生きている方がマシだから助けられるなら助けるけどさ。でも、空間魔法とかがあるのなら助からなかったとしても問題は無いんだよなぁ。
それに大きな怪我でも無い限りは毒魔法で治せるし、気にするだけ僕の心を痛めるだけだからやめよう。伯爵家の娘の命と僕の心、どちらが大切かだなんて比べるまでも無い。僕のガラスのハートの方が大切さ。
「静域」
空間魔法と風魔法の合わせ技だ。
そして、これで一定範囲の音を制御可能にして視認している見張り三人にかける。椅子を置いて三人固まっているあたり、ほぼほぼ見張りで間違いの無いはずだ。明確に声が届かなくなったのが分かり始めたところを……。
「風刃」
風の刃で全員の首を落とす。
大丈夫、コイツらを殺したところで何の問題も無い。むしろ、今を生きる僕の経験値になるんだ。地獄に行っても喜んでくれるはずだよ。誰彼構わず人の物を略奪して生きる存在が正義なわけが無いだろう。
殺してすぐに別空間に回収。
ここら辺は別空間を作った段階で自動的に回収されるように変更してある。だから、仮に仲間が外へ出たとしても遺体も無ければ血の跡も無い、完全犯罪が成功するってわけだ。まぁ、見られたところで人質が死ぬだけだし問題もないけど。
それじゃあ……さすがに人質の安全を最初に取ろうか。近付いた盗賊から声を奪って殺していく。なんというか、これじゃあ、暗殺というよりは虐殺だ。僕の姿すら見れずにいつの間にか首が落ちている。
一つ、二つ、三つ、四つ……落とした首の数だけで言えば戦国時代ならそれなりの報酬が期待できるんじゃないか。本多忠勝……とまではいかないけど武勇としては充分過ぎると思う。
「空間把握」
恐らく空間魔法を利用して扱えるようになるものの中で一番、強いと思われる技だ。簡単に言えば空間魔法と風魔法の合体技で空間魔法で周囲数十メートルの同じ空間を作り、そこを風魔法で探知するってもの。
これの良さは敵に探知している事が気付かれないところだ。そして回避する事もできない。もっと言うと一々、敵を数えずに一瞬で大体を把握出来る点もベストだ。……だから、強過ぎるんだよなぁ。あるのと無いのとでは違いが大き過ぎる。
そして……いや、その使い方はしない。
今ので御令嬢がどこら辺にいるのかが分かった。そして運良く……いや、悪くかもしれないが生きているのも確認している。とはいえ、見張りの人数は十二人と一番、多いが。
だけど、数が多いだけでは何の意味もない。
むしろ、僕の魔法の強さを理解するにはちょうど良い相手だろう。倒せたら良し、倒せなかったらそれはそれで良し……この年で最強なんて面白くないからな。程よくピンチに、それが強くなるための秘訣だ。
静かに暗殺しながら目的地に向かう。
とはいえ、かなりの数を殺したからなぁ。そろそろ、バレてもおかしく無さそうだ。これで気が付いていなかったらさすがに正気を疑う。
それで着いたわけですが……。
まぁ、いいか。最初は風刃で数を減らしておく。見ている感じ、ここまで情報は届いていないようだから倒すのは難しくない。……と、二人だけ耐え切ってしまったか。
「誰だッ!」
「敵かッ!」
はは、二人して声を出してから音が聞こえない事に気が付いたか。いや、戦闘になる直前にかけたから当たり前ではある。でもさ、ここまで反応が似通っていると笑えてしまうよな。
「ああ、安心してくれたまえ。我はただの襲撃者だよ」
「何だと……!?」
「声が……」
ここの空間だけ声が聞こえるようにした。
折角、風刃を剣で叩き切って回避できる強さがあるんだ。二人で連携できる方が僕だって楽しめるだろう。
「暗殺に失敗した気分はどうだ」
「ようやく耐える人が現れたとウキウキしているよ」
「はっ、負け惜しみか」
いえいえ、事実ですよ。
ここまで戦って楽しめそうな相手なんてアルかヴァンくらいしかいなかったし。二人と戦ってもいいけど命の奪い合いなんて勘弁だし、実力を見せるのも好ましくない。だったら、姿を隠している今のうちに楽しむべきじゃないか。
「筋魔反転」
「何を……ッ!」
「おいおい、油断しないでくれたまえ。何のために声を聞こえるようにしたと思っている」
適当に片方の男を剣で吹き飛ばしただけ。
でも、魔法が使えて近距離も使える事が二人からしたら驚きだったみたいだ。まぁ、これだって物理的攻撃力と魔法的攻撃力を入れ替えただけに過ぎない。
「我は孤高の賢者、せめて楽しませてくれたまえ」
「孤高の賢者……?」
「馬鹿野郎! 今は戦闘に集中しろ!」
ああ、その通りだよ。その小さな油断。
それだけで簡単に……首を落とせるんだ。
「な……さすがに勇者の仲間の名を語るだけの事はあるな」
「ああ、冗談にしては面白いとは思わないか」
「いいや、全然だな」
冷や汗ダラダラで今にも倒れそうな顔色だ。
それもそうか、一瞬で味方の首が飛んだんだもんな。誰だって恐怖を覚えるか。……こういう時の良い対処法ってなんだっけなぁ。爪で斬撃を弾くとか面白そうだ。そして終わって言うんだ。
『この爪切りは切れ味が悪いな』って。
とりあえず剣だけはしまっておこう。
「……何の真似だ」
「ただの余興よ。人生において面白くない事など少ない方が良いだろう?」
「ふ、ふざけるなァァァッ!」
ふむ、良い速度の突撃だな。
構えからして居合……とはいえ、既に間合いに入っているからか構えを解くのも速かった。うん、早かったけどさ……。
「だから言っただろ。余興だ、と」
「爪で……は……え……」
「安心するが良い。少しは楽しめた」
だから、苦しませずに殺してやろう。
居合なら昔、少しだけ習ったからな。もちろん、日本の中ででは無く異世界でだが……存外、剣というものも使う分には楽しいぞ。それもあって筋力を高める技も作りだしたし。
「い、いや……嫌だァァァ!」
「……綺麗な悲鳴だ」
戦い終わりのファンファーレにしてはちょうど良い。そうだ、これくらいの強さがなければ少しも楽しめない。……いや、ここまで強くないと楽しめない時点で嬉しくないのか。とはいえ、見せかけの体で弾いただけなんだ。アレのような圧倒的な強さがあるわけではない。
まぁ、いいさ。今は楽しめたし。
二人の遺体を回収したのを見届けて……さてと、奥の御令嬢に挨拶でもしますか。僕の戦闘を見て少し震えているようだが……まぁ、漏らしていないだけ良しとしよう。さぁて、この子は敵になるのか味方になるのか……前者である事を願うよ。
女の子は何とか出せました。次回、詳しい特徴とかを書くのですが、それを見たら何となく察すると思います。テンプレ的にこういう立場の女の子かって……。