第13話 賢者、人を殺す
外へ出る時に使った窓から中に入り、イリーナの寝顔を確認する。大丈夫、ヨダレを垂らして気持ち良さそうに寝ているから起きる気配は無い。このまま戦いが終わるまで起きない事を祈るばかりだ。
というか、可愛過ぎて心臓が痛くなってきたな。どうにかしてこの笑顔を僕のものにする事はできないのだろうか。……駄目だな、それだとヴァンが悲しんでしまう。アルが悲しむのは別にいいがヴァンが悲しむのは好ましくない。
お別れをするように軽く手を振って風魔法で外の音を遮断してから階段の上を陣取る。相手は未だに入口付近でマウス達の攻撃から身を守っているみたいだ。だが、傍から見ても瓦解寸前なのは明白。鼓舞しようとしていたリーダーらしき人以外は既に息絶え絶えだ。
まず……どういった声を出そうか。
ぶっちゃけ、声らしきものを伝える方法はあるからな。その声をどういう感じにするかさえ決めれば幾らでも話しかけられる。……とはいえ、優しそうな声を聞かせる訳にはいかないか。
威厳のあるような声……どうしてもアニメの時の声とかが思い浮かぶな。それだけ声優さんの演技はすごいという事だ。キャラクターのイメージから声を作り当てて、そしてそれが今の僕のイメージとなる。
あの世界最強の死霊術師の骸骨とかが良さそうだなぁ。わ、我は……うむ、頭の中のイメージとしては悪くない。これに少しだけ威圧感を付与させてっと……おし、行こうか。
「我が屋敷に何用だ」
「こ、この声は……誰だ!」
「質問に質問で返すなとは習わなかったのか。まぁ、それでも構わないが」
少しだけ盗賊達の死が早まるだけ。
話をするためにマウス達の動きを止めてやったが無駄だったようだな。さてと、マウス達よ、もう一度敵を喰らい尽くすために構えろ。次は本当に食い尽くしてもいいぞ。
「ま、待ってくれ!」
「なんだ、死ぬのが怖いか」
「死ぬのも怖いし……仲間が殺されるのも怖いな」
ふーん……知ったこっちゃないな。
何をどう取り繕おうとしても家に侵入して争うとした盗賊には変わりない。もっと言えば僕としても見逃す気にはならないし。だって、人の死体って意外と使い道が広いんだ。それこそ、分解して人造人間とかだって作れたりする。
前世で仲間を作れなかった理由。
それは魔物の素材は手に入れられど、人の死体までは手に入れる事ができなかったからだ。それがあればどれだけ楽に事を運べたか。……イリーナのような美少女のメイドにアーンして貰う夢を叶えられたのにさ。
まぁ、そういう事は転生した僕には関係が無い。単純に人の死体は使い道が多いから見逃す気は無いだけ。それに見逃してアルに僕の行いがバレるのもよろしくないしね。
「何故、ここに来た」
「……頭に頼まれたからだよ。良い儲け話があるって話をされて……伯爵家の娘だって誘拐に成功したんだ。後はリーフォン家の侍女と息子さえ連れて行けば遊んで暮らせるだけの金が」
「伯爵家の娘だと……」
待て待て待て……これは厄介な事になったぞ。
ワンチャン、誘拐がリーフォン家の領地内で行われた可能性が浮上してきたんだ。もしそれでアルに迷惑がかかるようであれば……はぁ、アルがどうなろうとどうでもいいが他の人に迷惑がかかるのは嫌だな。
「ど、どうだ! お前も仲間になるのなら同じくらい金を払おう! もう少しで金が!」
「興味が無いな」
「な……」
コイツらは百害あって一利なし、だ。
なんという事を僕の周囲でやってくれたんだよ。元から面倒事ではあったのに余計に面倒臭くなったし、殺したくなってきた。……まぁ、コイツらは殺せばいいか。その後で伯爵家の娘とやらを約束付けて助け出そう。
最悪は……いや、それは本当に最悪の手段だ。
別に危害を加えてこない相手であれば助けたところで問題は無い。僕が嫌なのは僕の幸福に首を突っ込んでくる人達だけ……むしろ、攫われた伯爵家の娘の方が可哀想だろ。
「最後の問いだ。頭はどこにいる」
「……森の西側を進めば小山に当たる。そこの影に小さな洞窟があるんだ。そこで俺達の帰りを待っていると思う」
「そうか、なら……話も終わりだな」
その声と共に盗賊の目が変わった。
それもそうだ、今の発言はもう話す価値も無いと突き付けているようなもの。現に守りの体制に入ったせいでリーダー格以外は既に動ける様子も無い。まぁ、逃げ出したところでゴブリンにすら負けるだろうな。
もっと言えば逃げても僕が許さない。
この場所で全員を殺すと決めたんだ。それは寝ているイリーナの笑顔を守るためでもある。そして我が最愛のお母様の明日のためでもあるんだ。
「な、なぁ、頼む。どうか、見逃しては」
「見逃す……どうして社会のゴミを見逃さなくてはいけないんだ」
「社会の、ゴミ……!?」
一瞬、顔を歪めたがすぐに元に戻した。
なるほど、立場は理解しているみたいだな。それに事実を述べたところで何が悪い。人様に迷惑をかけないのであれば多少は目を瞑っても良かったが今回は完全なる犯罪。見逃す方がおかしな話だろうに。それに……。
「お前達は見逃したところで同じ事を繰り返すだろう。我はそれを何度も見てきた、そして痛感もしたのだ。このような輩にかける慈悲すらない、と」
「それは他の人達が違っただけで!」
「自分達は違う、と……ふん、釈明としては弱いな。現にリーフォン家に足を踏み入れた事には変わりないでは無いか。そして目的も自身の実入りのため、どうして許せると思う」
それ以上の返答は無し。
僕の気持ちが揺るがないとようやく分かったか。悪いけど僕は今の家族が大切でね、その人達に迷惑をかける人を生かすつもりは無いんだ。それこそ、お山の大将を気取ってアジトでぬくぬくと仲間を待っている様なやつは特に、ね。
「だが、貴様らは運が良い。貴様らを殺す我は偉大なる存在であるぞ」
「何、を……!」
「誇りに思え。貴様らが相手にするのは孤高の賢者と呼ばれた存在なのだから。楽に死ぬ事はできないだろうが他とは違った死に方ができるぞ」
まぁ、そんなスキルはもう無いが……。
だが、あの時よりも確実に強くなれる体を手に入れたんだ。それだけで儲けものというものだよ。そして目の前にいるクズ共は僕の糧となる存在でしかない。
「ふ、ふざけるなァァァッ!」
「風刃」
「ひっ!」
ああ、綺麗な死に様だとは思わないかい。
仲間のために奮起したクズが首を落とされ、ゆっくりと地面に倒れ込むんだ。これが家の床を汚していなかったら両手を広げて喜んでいただろう。この美しさを理解できないとは……やはり、他の盗賊達も殺す事にしよう。
「次は」
「ま、待って……!」
「お前達だ」
風刃を使って全員の首を落としてやった。
頭を落とすだけに済ませたのは優しさだ。一応、相手も人間だからな。せめて、苦しまないやり方で殺してやりたい。それに輪廻転生の法則が正しいのであれば来世か、転生する時に報いが来る事になるだろう。だから、僕が苦しめてやる理由も無い。
まぁ、遺体を傷付けたくも無いからな。
……ああ、そういう事にしておこう。遺体を傷付けたくないから首を落として殺しました。他に理由なんてありませんっと。
僕は誰に言い訳をしているんだか……。
さてと、遺体整理でもしますか。その後に小山の洞窟とやらに向かわせてもらおう。最悪はイリーナが起きてしまってもいい。その時は素直に謝ろう。だって、イリーナの心配よりも伯爵家の娘の救出の方が大事だし。