第10話 賢者、油断する
「すー……すー……」
やはり、綺麗な寝顔だ。
それを僕が作り出したとなると気分もより良くなってくる。……いや、別に変な事をしたわけではない。単純に仮眠に入ったイリーナに水魔法の応用で眠りにつかせただけだ。多少は変な事でもしようか悩んだけど……ヴァンの顔がチラつくからどうしてもできなかった。
これで五時間は眠っているはずだ。
もちろん、僕の魔力操作だったり、魔法の練度を鑑みての予想だけど……それでも自由に動けるのは二時間が限界かな。ただ自由に動き回れる時間が無かった僕からしたら二時間も取れたら十分過ぎる。そのために昼間は探索に徹したからな。
僕の描いた考えは一つだけだ。
ゴブリン、オークの順に魔物と戦闘を行う。移動に関しては風魔法の練度が上がったおかげで時間もかからない。人形を森に行かせる時のように空を飛んでしまえば気が付かれずに早く着くだろうし。
それにマップ内で人形達が見つけた魔物達の居場所はピンが打っておいた。色分けもしているし間違えも起こらないはずだ。赤ちゃん寝間着のままで行かなければいけないのは面倒だが……まぁ、魔法メインで戦うわけだし関係が無いよな。
ただ不安な事はある。例えば他の魔物が横槍を入れてこないかってところか。人形の強さを考えて強い魔物のいる場所には近付けていない。それが逆に不安要素になってしまっている。人形を取るか、自身の身を案じるか……まぁ、前者だよなぁ。
僕の身は僕が守る、当たり前だ。
それに人形が壊されると早一月は制作に持っていかれるからね。少し怖い部分もあるけど楽しみも同様にあるかな。だってさ、念願の外なんだよ。アレだけ出たくても見れなかった世界を目の前にできるんだ。
今の僕は転生前の足元にも及ばない。だけど、それが本当に面白いんだ。もう前に進めないくらい成長しなかった体が心が、不思議なくらいに成長して強くなっていく。魔力量だって残り半年もあれば確実に昔の自分を超えるだろう。
着いた……さてと、行きますか。
命を削らない戦い、命を懸けた戦いである事に変わりなくてもそれが本当に嬉しいんだ。生命力を削って得られる仮初の力に価値なんて無い。命を懸けて得られる本当の成長にこそ、価値があるんだよ。だから、アイツらは……。
「ギィ」
「ううさい」
水槍、それでも火力は絶大だ。
今の一撃で現れたゴブリンの顔面だけを貫いた。脳を失ったからなのか、ドサッと膝から崩れ落ちて遂には胴体が地面に落ちる。水魔法でコアだけをくり抜いて取ったら後は放置だ。
それにしても……一瞬で十五発の生成に成功したのか。うーん、やっぱり、人形を通して使った魔法でも経験値は入っていそうだな。人形を操り始めた時は五本くらいが限界だったし。
これを……一月で五十にする。
そこまでいけてようやく半人前だ。いや、この世界の一般常識に照らし合わせたら化け物に入ってしまうか。でも、それくらいの芸当ができなければ奈落に入る資格すら持ち合わせていないんだ。
残り十四の水槍を消して霧散させる。
これならオークが相手でも簡単に倒せそうだ。あまり危険な戦い方はできないから風魔法で空を飛びながらかな。……ふっ、こんな戦い方は奈落だと愚策だったんだけどなぁ。
本当にあの世界はイカレていたのか。
こんなにも、こんなにも魔物との戦いが微温湯に感じるとは思っていなかったよ。転移したての時の僕が見たら驚くだろうなぁ。魔物と戦って怖いって思わないのかとかさ……過去の優しかった僕ならきっと聞いていた。
怖い? 少しも怖くないね!
「……ううしまうにしえ」
四体のオークの体が吹き飛んだ。
それを一つの風玉で起こしたのか……うん、魔力操作はチートだね。如何様にも魔法の根幹をイジくれるから好きな命令を書き込める。今だって風魔法の初歩中の初歩である風玉に地面に当たった瞬間に破裂するようにしただけだ。
まぁ、その前に土壁でオーク達を逃げられないようにしたけど……それは地形を壊して他の人にバレるのが怖かったからだ。ここまでの火力が出ると思って準備したわけじゃない。もちろん、やって正解だったと思うけどさ。
ただ同じ事はもうできないだろうな。
色々な場所を壊しかねないし、何より素材の回収すらもできない。オークのコアとかは使い勝手が良いのに木っ端微塵にしてしまったし……単純に風の刃とかを作って首を切った方が楽か。
土魔法で適当に地面を修復して……木とかが無いのは不自然だけど、木魔法とかが使えるわけじゃないし気にするだけ無駄だ。あったとしても魔物の争いで消えたとか、適当な理由をつけられて解決される。
このまま他の場所に回るか……いや、それでは少しばかりつまらないな。ゴブリンでは僕の魔法を耐えられないだろうし、オークもただの雑魚狩りにしかならない。コア集めとしては悪くないけど時間制限からして経験値効率は死ぬ程、悪いか。
もちろん、周囲の探索していない地域を回るのは駄目だ。やるとしても上空から安全に探索を続けてゴブリンの上位種あたりを狩るのが妥当のような気がするな。それなら……。
「と、あうあいあ」
「グルゥゥゥ……!」
ふーん、アイスウルフか。
クーベル王国にはいなかったはずだが……どうしてここにいるは考えても無駄だよな。それに風魔法の力で躱せはできたが上空へ逃げる時間はくれないだろう。……って、適当な理由は付けたが僕の本心は一つだけ。
こいつのコア、滅茶苦茶使えるんだよな!
それに爪とか毛皮とかも扱い方によってはものすごく高品質な物になるし! それこそ、素材となる魔物のランクに見合わない魔剣を作ったりもできるんだ! それに王国で暮らす以上はここで倒さないと手に入れられる機会も限りなく低い!
「かあせえおあうお」
「ガルゥァッ!」
その咆哮と共に氷の槍が飛んできた。