第9話 賢者、自由な夜を得る
ニコニコである、今の僕はニコニコである。
なぜなら、今日の夕方からイリーナと二人きりだからだ。どうも、王都付近で魔物の数が増えているらしく昔、名前が知られていたアル達に声がかかったらしい。
少し前に初めて知ったのだが僕の父は名誉貴族で騎士の仕事をしているようだ。騎士ではあるものの名誉貴族であるために田舎の統治を任され、挙句の果てには休みを返上して仕事をさせられる。本当にクーベル王国はブラックなようだ。
過去の僕もそうだったからなぁ。
空間魔法が扱えるためにポーター、つまり移動だったり持ち物運びを無理やりさせられた。それこそ、休み返上、月月火水木金金が当たり前の世界だったよ。そのくせ、女の子は休んでばかりの勇者しか見ないし……ま、もういいけど。
空間魔法は本当に便利だ。持ち物を背負わずとも無限に運ぶ事ができて、食料の消費期限や温かさまで保存してくれる。そして魔力が多ければ一度行った場所なら転移もできるし……戦闘にだって活用できるんだ。
だから、覚えたいけど……未だにできていない。いや、むしろ、これくらいの難易度だから重宝されているのだろう。奴隷として売られているのなら美しさや強さを無視して最上級の値段が付けられるからね。
「———ということがあって英雄王は王国を作り、市民の平和を願って戦い続ける毎日を送りましたとさ」
「あうー!」
「ふふ、喜んでいただけたようで何よりです」
すみません、話の大半は聞いてませんでした。
でも、常時、イリーナの鈴の音のような美しい声だけは聞こえていたよ。顔だけではなく声まで美しいなんて……本当にヴァンから奪い去りたいくらいだよ。
英雄王……その話は何度も読んだ。
だけど、彼が戦う日々を選んだのは市民のためなんかでは無い。当時、クーベル王国の周りには大国と呼ばれた国家が五つもあった。つまり、戦って強くならなければ生き残れなかったんだよ。それが美化されて市民のためになっただけ。
まぁ、回り回って市民のためになったのだから文句は何も無い。むしろ、そこまで考えていた可能性だってゼロではないからな。まぁ、アイツに聞いたとしても、変なところでツンデレ気質だったから聞いても答えてはくれないだろうが。
さぁてと、イリーナが相手のおかげで探索が捗る捗る。現在、下級魔法と上級魔法の炎、それと例外魔法の光と闇が少しだけ使える状態だ。これらの魔法のかいもあってか、人形達の付与だったり命令だったりを細かく設定できるんだよね。
例えばマウスだったら下水道だけを探索してもらうとか、後は光魔法を付与させて病原菌とかの予防を行ったりとか……まぁ、人として生きる上で大切な部分を守れるから嬉しいよ。この世界でも病原菌による病気はあるからね。
それで脳内にマップを作っている途中だ。
村の広さはどれくらいとか、村の下水道を通ればどこに行けるとか、街道横の森の中はどうとか、群生分布はどのようなものとか……得ておいて損が無い知識だけが書かれている僕だけのマップ。
これも勇者に馬鹿にされたっけ。
「地図なんて必要無いだろ。それ以上の力があればどうとでもなる」
そんな事を言ってオーガにボコられて……本当にお笑いものだったよ。助けたくなかったけど魔法で足止めして逃がした……本当にやらなければよかった最大の汚点だ。いや、汚点だけで言えば数え切れないよなぁ。考えてみれば勇者達を殺す機会なんて死ぬ程あったし。
「それでは次に世界を救った勇者の話を」
「あー! あー!」
「えーと……やっぱり、勇者の事は嫌いなのかしら」
いえ、違います。大嫌いです!
勇者の話に関しては大概が僕のおかげで何とかなったものばかりだし! しかも、なぜか僕の話が一切ないし! そして女遊びが激しかったとかの黒い部分は全て消されている! イリーナに勇者と言わせるのも本当に嫌だ!
「うーん……男の子は皆、勇者の話が好きだと思ったのになぁ……」
僕が元賢者でなければそうだったかもね。
でも、お生憎様。あの人達の本性とか行動は全て見てきたんだ。だから、尚更、嬉しそうに、楽しそうに話をされるのは不快でしかない。それを話そうとするのなら……仕方が無いか。イリーナには悪いけど……。
「あうあー」
「……ふ、逃しませんよ」
可愛い僕を見せ付けて誤魔化す。
イリーナの性格上、そういう姿を見せたら写真を撮る事に集中するって分かっていたし。まぁ、今回みたいに唐突でも対応できるのは素直にすごいと思う。ただ少しだけ恐ろしさもあるんだよなぁ。どこに行っても近くにいそうで怖い。
それでウキウキしながらカメラを構えているようだけど……悪いね、ファンサはここまでだ。この後はイリーナが勇者とでも言わない限りは僕は可愛さを見せたりなんかしない。
それにしても……村の周辺でも特に異変なんてないし、本当に暇だなぁ。マップは良い感じに作られてきてはいるけど……少しだけ時間がかかり過ぎている気がする。いや、トーマだった時の精度を求める方がおかしくはあるんだけどさ。
「もう一回!」
「あぅ……」
「もう一回、先程のお姿をお見せ下さい!」
うーん、こっちはこっちで形振り構わなくなったきたな。仕方が無い、ある程度イリーナの気が済むまで求められた事をしておいて……その間にマウスも導入して森の調査に入ろうか。今日の夜なら抜け出したところでバレにくいだろうしね。