4撃 コレが真の痛み分け
ーー結果。
ファーリア王との交渉は、実にスピーディーかつ円滑に終わった。
誰も断罪されず追放もなく、領主はルダンのまま、名もマイサルのままとなった。ただ、ファーリア国の一部となった事で、ファーリア側の補佐官が就く事と、兵が領地に配備される事となった。
マイサルは隣国との国境沿いなのだから、増兵は当然だろう。
疲弊していたマイサルとしても、これは願ったりなところもあったのだった。
ちなみに侵攻による賠償に対しては、相殺とした。あくまでファーリア側が、侵攻した訳でなく防御の形を取っていたからである。
マイサル側に賠償責任はと口にする貴族や市民もいたが、アルフレッドや姫が説明し、一旦は収まっている。また騒ぎ出すのは目に見えているから、ゆっくり蟠りを解き、互いに歩み寄らせるしかないだろう。
ダイヤモンド鉱山の収益は、マイサルの開拓や整備、開発にしばらくは回し、その後から一部を国に納める事で話し合いは終わった。
その整備開発に関しては、姫の父ハーウェイ公爵家やアルフレッドの父ボーフォット侯爵家に権限が渡されていた。
莫大な資金が動く利権に、両家はそれなりに満足らしい。
王は第一王子マークの廃嫡や追放がなくなった上に、まだ継承権まで残った事で、マイサルの事は一切口に出さずハーウェイ公爵家に一任した様だった。
だが、第二王子の母である、第二王妃は違った。
息子が王太子になる好機を逃すかと、色々と意見という名の文句を言っていた。それもそうだろう。安易に暗殺など出来る訳もなく、堕ちるのを今か今かと願っていたのだ。
そして、やっと、やっとであった。なのに、継承権が剥奪されないどころか、まだマークが王太子の座に座っているのだ。それが、許せる訳がない。
怒りが収まらない第二王妃とまた、一悶着あるだろうと誰もが想像していた。
だが、ある日を境に、何故かピタリと口を閉ざして静かになったのだ。
皆は何故か分からない様だったが、姫はどうやら、父ハーウェイ公爵が何か言ったらしいと気付いた。
何を言ったのか分からない。分からないが、あの煩い第二王妃が黙ったのだから、相当な何かだ。ものスゴく気にはなるが、知れば面倒な事に巻き込まれる可能性もあるので、今は訊かない方が良いだろう。
そして、第二王妃が大人しくなった代わりに、その息子の第二王子ケインが喚き始めた。
しかし、母親の第二王妃達でさえ、父に苦渋を飲まされまくっているのに、彼が何かを言ったところで相手にされる訳がない。むしろ逆に、その言動が王になる者の資質かと問われ、苦言という名の説教や嫌味が怒涛のように返された様だった。
だが、彼はヘコタレなかった。そんな事で静かになる第二王子ではなかったのだ。
ハーウェイ公爵に言い含められた時点で、大人しくすれば良かったのに、サラッとあしらわれた為に、更に苛立ちが増した第二王子。その怒りの矛先は、娘である姫に方向を変えたのであった。
いつもの姫なら、軽くあしらって相手もしない。
ーーしかし、この時ばかりは彼女もまた、虫の居所が悪かった。
そして、出会うべくして出会ってしまった。
第二王子は、これ幸いと怒りの勢いそのままに、見かけた姫に鬱憤や八つ当たりをした。
姫だなんだとチヤホヤされた生意気な女。周りにチヤホヤされたところで、身分は自分より下なのだと小馬鹿にし、完全に甘く見ていたのだ。
彼女をただの女だと、侮った時点で彼は終わっていたのだが、ケインは微塵も気付かなかった。普段の彼女なら、鼻であしらうだけだったからである。
しかし、この時ばかりはいつもの姫と違った。
姫は父と未来の義父の所業で、モヤモヤが残っていた。それを知らない第二王子は、いつも通り小馬鹿にしてスッキリしようと近付いた。
近付いた時、姫がいつもの雰囲気と違う事に気付けば良かったのだ。その空気を読まない性格が故に、すべてが終わったと言ってもいい。
罵ってスッキリするつもりが、逆に言葉という鋭利なナイフで突き刺しまくられ、あっという間に無惨に返り討ちに遭ったのだった。
しかも、そのナイフには毒でも仕込んであったのか、後からジワジワときていた。再戦する気力さえ削げる程に。
そして、彼は二度と……姫には関わらないと、固く固く心に誓ったのだった。
一方。
第二王子派も、ハーウェイ公爵とアルフレッドの父ボーフォット侯爵を筆頭に、他貴族も第一王子をやんわりと擁護するので、強くは言えなくなっていた。
何より、第二王妃が鳴りを潜めたのだから、虎の威を借りる事も出来ない。
おまけに、推している第二王子ケインに、本当に王の気質があるのかと疑念まで生まれていた。
彼が成れたところでその甘い汁をどこまで吸えるか、考え直したのである。
むしろ、自分達が余計な事をして、万が一にでも両王子が自爆、自滅した時の方が、ずっと恐ろしいのではと、遅ればせながらやっと気が付いたのかもしれない。
何せあの2人の王子に継承権がなくなれば、王の実弟で公爵、セイル=ハーウェイが次期王になる可能性もあるからだ。
そのハーウェイ公爵に万が一があっても、その娘、その息子に継承権が移る。息子リックならともかく、姫などもはや、自分達がどうこう出来る相手ではない。
極論、暗殺でもしかけようものなら、暗殺者は勿論、依頼者諸共返り討ちだ。関わってしまった己の一家、いや一族が根絶やしにされる未来しか視えない。
敵に回したらまさに、一貫の終わりだ。
ーーそこで、やっと気付いた。
アレ?
今更の今更だが、ひょっとして、いやもしかしなくても、この国の実権を握っているのは公爵家では? と薄ら頭に浮かんだ皆だったが、空笑いでお互い誤魔化し、もう何も考えない事にしたのであった。
◇◇◇
ーーそんな貴族達の思惑など、微塵も関係ないとある邸。
ハーウェイ公爵家本邸に、当主が久々に帰って来た。
「久しぶりの我が家。おぉ、ただいま私の姫」
色々な問題を片付けてきた父ハーウェイ公爵は、実に清々しい笑顔で帰宅したのだ。
出迎えてくれた我が愛しの娘を見つけると、嬉しそうに歩み寄っていた。
だが姫は、久々に我が家に帰宅した父を、喜びの表情ではなく冷め切った目で迎えた。
「どうしたのかな。我が可愛い姫は?」
もはや仁王立ちとも言える姿で出迎えた娘を気にも止めず、ハーウェイ公爵は優しく抱き締めた。
「どこからが計算だったのですか?」
そんな父をそのままに、姫は静かに静かに言った。
確かに色々と片付いたが、どこか釈然としない。むしろ、片付けながら、父の思惑通りに動いてしまったと、少しばかり苛ついていた。
「駄目だよ姫。そんな怖い顔をしたら、可愛い顔が台無しだ」
宥めようとしている父に、姫は絆される事はなかった。
「私が動くと知って、アルフレッドとリックをダイルに派遣しましたね?」
アルフレッドとの結婚式が刻々と迫れば、姫が何かしらアクションを起こすだろうと、父は計算したのでは? とモーガンを連れ去る途中で思ったのだ。
だが、もはや後の祭りだ。
既にこの手にモーガンがいる以上、途中でやっぱりヤメたは通用しない。なら、手っ取り早く終わらせてやれと考えを変え今日である。
しかし、考えを変えたところで納得は出来ない。むしろモヤッとする。
「考え過ぎだよ」
ニコリと微笑んではぐらかす父。
この言い草からして、明らかに自分は父の手の平で踊らされたと分かった。なら、姫の言える事はただ一つ。
「殴らせて下さい」
「え?」
「殴らせて下さい」
「……え??」
「右か左か、どちらかでいいので」
「いやいやいや。姫、何故私を殴るのか、まったく意味が分からないんだけど!?」
満面の笑みだが、仄暗さを秘めた姫の表情に、ハーウェイ公爵の笑顔が固まった。この表情は冗談ではない。
マズイ。非常にマズイ。
娘に殴られたら、床と永遠にお友達となってしまう。もちろん寝床は棺桶だ。
「意味が分からないなら、意味が分かるまで殴らせて下さい」
「何故、増えるんだよ姫ぇ!?」
ジリジリと父ハーウェイ公爵を追い詰める姫。
逃げるハーウェイ公爵。
「国やウチが直接手を出す訳にはいかないから、アルフレッドとリックを使いましたね?」
「……」
「上手くいけばヨシ。最悪、子供が勝手をしたと切ればいい。しかも、長引けば長引くほど、王に貸しまで作れる。運が良ければ、私が動いて終わらせてくれると?」
「……」
「で?」
「え?」
「そ れ で?」
ハーウェイ公爵は、自分より小さな姫に壁の隅に追い詰められていた。
家令達は見ていたが、ハーウェイ公爵が救いを求めた目で見れば、スッと目を逸らした。どちらに非があるか明らかであり、どちらの味方に付いた方が良いかなんて、分かり切っているからだ。
ハーウェイ公爵はその家令達に絶望していた。誰も助けてくれる者がいない。味方がいない事に。
そして、絶望に立ち向かう事にした。
「もちろん褒美は頂けるのですよね?」
「領民の為にやったのに、褒美が欲しいとか……私の可愛い姫は、そんな卑しい娘ではないだろう?」
「右か左かでよろしいですね?」
「いやいやいや、どっちもよろしくないけど!?」
いつにない姫の眼に、ハーウェイ公爵は本気で命の危機を感じた。
娘を本気で怒らせてしまったのだと、今にして理解した。
そもそも、あの厄介な領地問題を終わらせるにはと考え、ボーフォット侯爵が先にアルフレッドを派遣させたのだ。だが、上手くいかず、相談されたハーウェイ公爵はリックを。
姫の考えた通り、問題が起きれば2人を切ればいいと思っていた。
運が良ければ、姫が動く。姫が動けば、すべてが片付くと算段したのだ。
それは思惑以上に上手くいき、我が娘ながら引くぐらい早く終わった。
だが、同時にバレるのも早くて自分の人生も終わりそうだ。
「ごぼべっ!?」
どうしようと言い訳を考えたが一向に案は出ず、ハーウェイ公爵は謝罪するしかないと、腰を動かした瞬間ーー
ハーウェイ公爵の身体は綺麗な弧を描き、一番遠い壁に吹き飛んでいた。
時は金なり。言い訳などせず、先に謝れば良かったのである。ハーウェイ公爵が動くより、姫の拳の方が早かった。
姫も頭の隅では分かっていた。
宰相の仕事、これが公爵だと言われたらそうだろう。
だが、何の相談もなく操られた自分の不甲斐なさが許せなかった。そして、知る知らないはともかく、いつでも婚約者と弟を切るつもりで送った父達の非情さに、憤りを感じたのだ。
とはいえ、父の立場や考えも分かる。分かるからこそ、一発で抑えたのである。
「姉上、その」
全てを見ていたリックは顔面蒼白だ。
吹き飛んで行った父を見て、足が震えたが、自分がもっとしっかりしていればと考えたのだ。
しかし、姉はそんな弟の頭をポンと叩いていた。
「貴方は、貴方なりにやったのだからいいのよ」
父には利用されたが、リックはリックなりに頑張っていた。それは姉として認めていたのだ。しかし、リックがホッとしたのも束の間だった。
そう言った姉の足は部屋に向かず、どこかへ行こうとしている様だったからだ。
「あの、加減を?」
どこに行くか何となく分かったリックは、自分如きでは止められるとは思えないので、そういう事しか出来なかったのである。
「褒美を貰いに行くだけよ」
そう言って仄暗い笑みを浮かべた姉は、執事が開けた扉を優雅に通り過ぎ、夜の闇に消えたのであった。
ーーその次の日。
姉の下に、息子アルフレッドを手土産にしたボーフォット侯爵の姿があった。
ーーのだが。
何故か彼の左頬が、父同様にもの凄く腫れていたのは……きっと気のせいだろう。
そう、きっと気のせいだ。
リックは見なかった事にした。