3撃 姫が関われば、誰もタダでは済まない
ーーそれから、5日後。
姫は芋虫を一つ持参し、帰還した。
芋虫とは勿論、揶揄である。
ボスボスと動くソレは、どこかデジャヴを感じた。
「「「……」」」
アルフレッド一同は、言葉が出て来ず唖然とするしかなかった。
姫の姿が愛馬と共に消え、まさかと唸る日が数日続いたと思ったら、コレである。こんな短期間で、こんな事が2度も起きるなんて、我が目を信じたくなくなる皆なのであった。
「もしかしなくても?」
訊くのは野暮だと誰もが知っている。
だが、訊かない訳にいかない。アルフレッドは今は深い事は考えない事にした。
「鉄は熱いうちに打てって言うでしょう?」
「「「ソウデスネ」」」
満面の笑みで答えた姫に、モーガンも含め空笑いが漏れていた。
熱いうちに打てとは云うが、熱々過ぎやしませんかね?
「こんな事をしてタダで済むと思ってるのか!!」
モーガンの時より激しく動く麻袋の口を、怯えながら部下が開ければ、つい最近どこかで聞いた様な台詞が天幕に響いた。
「すみません?」
一応は謝罪しておこうと考えたのだが、アルフレッドから出たのは悪びれた様子が一切見えない言葉だった。
本当に悪いとは思うのだが、それより何故か仕方がないと思う気持ちが勝ってしまうのは、姫の側にいる時間が長いせいだろう。
「すみませんで済む訳がないだろう!!」
手足を縛られ敵陣にいる状態なのに、まだ強気でいられるのだから、大したものだとアルフレッドは感心していた。
と同時に、このくらいの気質がなければ、辺境の領主などやってられないとも思った。
「煩いから潰す?」
「「「何を!?」」」
手に止まった蚊にでも言うように、サラッと問題発言を口にするから、皆は一斉に突っ込んでしまった。
何をなんて訊かなくても想像は出来る。だが、訊かざるを得なかったのだ。
解放や捕縛の罪を喚くルダンを横目に、優雅に紅茶を淹れ始めるのだから驚きだ。
「アルフレッドの話を大人しく聞くなら、縄を解くけど?」
と姫が提案したものの、分かりましたと頷く訳もない。
「黙れ小娘が!!」
ルダンはバタンバタンと激しく動きながら、怒号を浴びせていた。
アルフレッドやリックはその言動に怒りもせず、むしろ憐れみの表情でそれを見ていたが、モーガンは顔面蒼白であった。
ここで、この姫を怒らせても良い事はないからである。
万が一でも、姫の不興を買ったとしたら、自分だけでなくルダンも首が落ちる可能性しかない。
アルフレッドが止めるより先に、姫の帯剣が動くのが速いに決まっている。
そんなモーガンの心境など、ルダンにも姫にも関係ない。
姫は仕方がない様子で小さく笑うと、芋虫の様に動くルダンの耳元に何やら囁けばーー
「……っ!」
あれだけ罵声を飛ばし暴れていたルダンは、途端に絶句し微塵も動かなくなったのだった。
「「「……」」」
その姿を見て、この場にいた全員も固まったのは言うまでもない。
◇◇◇
「話は分かった」
大人しくなったルダンは、脳筋ではなく、話の分かる領主であった。
ふざけるなと罵りたいところだが、現状を把握していたのだろう。エスピニア国とダイヤモンド鉱山、これからの話をすれば苦虫を噛み締めた表情をしたものの、反論はしなかった。
マイサルもまた、長年の戦いでそれ程に疲弊していたのだろうと推測する。
「だが、併合され、マイサルの地が消滅するのはーー」
「交渉にもよりますが、ダイル同様に地名は残ると思いますよ?」
ただ、ファーリアにも王家がある以上、今までの様にマイサル側の王家の血を主張する事は出来ない。
ファーリア国は人権を尊重している国である。
が故に、マイサルが王族制度を廃止させ、今後それを主張したりしないと制約さえすれば、命を取る事もしないだろう。
「そうか。領民の扱いは」
「大して変化はないかと。ただ少し、ゴタゴタがあったり忙しくなるとは思いますが」
概ね変化はないだろう。むしろ、やる事があり過ぎて多忙になると、アルフレッドは伝えた。
ルダンが忌避している領地問題による差別はない、いやない様にすると約束する。
ルダンとモーガンはアルフレッドの口約束で、少しばかり安心したのか、深い溜め息を一つ吐いた。
「我が家は、国外に追放となるのだろう。すまないが、時間といくばくかの金が欲しい」
ルダンは諦めた様子で事態を重く受け止め、ゆっくりとこれからの事を納得させている様だった。
しっかりした制約ではないが、このアルフレッドに任せたのなら、非人道な処遇はしないだろうと感じた。
領民はこれからファーリア国の民として暮らせるだろう。
だが、一家断絶や処刑されないにしても、自分達はさすがに領主として過ごす事は無理だと察したルダンは、家族と暮らす準備や資金が必要だと口にした。
「別に無理に領地から出ずとも、領主として暮らしていく方法もありますよ? まぁ世襲制とはいきませんが」
アルフレッドは肩を落としているルダンに、柔らかな笑みを浮かべた。
「「え?」」
その言葉に驚きを隠せなかったルダンとモーガンは、思わず顔を見合わせていた。
どんな理由があれ領地を奪われたら、その領主達は家族諸共追放か断罪かである。まさか残れる術があるとは思わなかったのだ。
「個人的な意見ですが、貴方は無謀だが馬鹿ではない。領民も貴方達を慕っている。なれば、頭がすげ替わるより、そのまま貴方が領主として統治してもらった方がいい」
嫌われている領主ならまだしも、慕われている領主である。それが、他国の人間に替われば批判は大きいのだ。
しかも、彼らには王族の血が流れている。
となると、血を尊ぶ者達からの反発は根強いだろう。
「しかし、それは貴殿の意見だ。ファーリア王が何というか」
アルフレッドが何を約束したところで、ただの口約であり強い制約ではない。
ファーリア王の言葉一つで、不可が決まるだろう。
「「言わせなければいい」」
アルフレッドの言葉に、強い口調が加わって聞こえた。
そう姫である。
「「……」」
再び黙る事になったルダンとモーガン。
この姫が言わせないというのは、力技だと勝手に想像するが、アルフレッドがそんな方法を取るとは思えなかった。
「ファーリアにはファーリアの悩み事があるんですよ。なら、その王の悩みを少し払拭する素振りを見せればいい」
「払拭する素振りって、貴方はこの国の貴族だろう」
「貴族であっても、王の犬じゃない。何でも黙って従う訳ではないんですよ?」
「……」
アルフレッドが笑顔でそう言えば、モーガンは押し黙ってしまった。
確かに王の部下だからと、右を向けと言われて右を向くのが仕事ではない。時には窘め、横暴な命令には背く気概が必要なのである。
だが、この若いアルフレッドにそれが出来る立場があるのかと言われたら、是とは思えなかった。
モーガンは思わずチラッと姫を見たが、彼女には愚問だと悟った。
「醜聞過ぎて口に出すのも憚られるのだけど、王は今、とある決断を余儀なくされてらしてね? それを円滑にと交渉すれば……ね」
「「……」」
交渉ではなく、脅迫の間違いでは? とはモーガン達は口を挟めなかった。
要は、ファーリア王の弱みを握って、それをどうにか出来る立場や力があるという事である。若造だ小娘だと、侮っていた自分が実に嘆かわしい。
「交渉って、マークの事?」
ちゃんとしてれば馬鹿ではない弟が、姉とアルフレッドの話し振りで交渉材料が分かった様だった。
「そう。今は謹慎中だけど、王が息子可愛さに処罰を早めに決めなかったでしょう? そのせいで、廃嫡の意見も出始めちゃってるのよ。お父様は馬鹿じゃないから、今は静観して口にしてないけど、お父様の一言があれば今日にでもマークは終わるわよ」
勿論、終わるとは処刑ではない。正直言って、そこまでのやらかしではないからだ。
良くて謹慎。悪くて廃嫡か国外追放である。
ただ顔が知れている国内では、色んな意味で生活は厳しい。勿論、あんな騒動を起こしたのだから、恥を掻いて暮らさなければならないのもある。だが、一番厄介なのが、廃嫡しようがいまいが元王子。その身に利用価値がありと、攫われる可能性がある事だ。
王家に恨みがある者達に捕まったら、命に関わる問題さえあるだろう。
で、時にーー
そのマーク王子に何かあったとして、王は王としてどう出るべきかという話となる。
もう関係なしと、完全に切り捨てるのもありだが、情は残る。
国民もまた、マーク王子を助けなかった王を良しとするか、非情だと批判するか分かれるところだろう。批判も大きければ、収める力量も必要だ。
何故なら、その批判を操作し、王族や貴族を貶める輩が出て来る可能性があるからだ。
どちらにせよ、批判がある。
あるが、それを上手く抑えるのが、王として父としての手腕の見せどころだろう。
しかし、既に初手で間違えてしまった。
そのせいで、第二王子派の勢力がさらに強くなってしまった。
まさにマーク王子は窮地である。
そして、可愛い我が子をどうにかしたい王もまた、窮地になりつつあるのであった。
「でも、ケインって、ちょっと傲慢で好きじゃないんだよね」
リックは話をしていて第二王子を思い出したのか、ウンザリした様な表情をしていた。
第二王子ケインは、王子である事を笠に着まくりで、性格は宜しくない。
政務や公務に性格は必要ないと言いたいところだが、傲慢なら傲慢さが出るのである。例えば税額にしても、市民に寄り添う事などない訳だから、徴税額が増えるだろう。
不満や文句を口にしても、市民なら王の為に高い税を払うのは当然だと言うに違いない。輸出品にしても、自分の為に必要な物から通すだろうし、自分を立ててくれる貴族には緩和する可能性もある。
傲慢だが、市民の声は聴くという人間は少ないだろう。
父はそれを鑑みて、第一王子を推していたのだが、市民に寄り添い過ぎた結果があぁだった。
「どっちも使えないのよね」
と溜め息を吐く姫に、皆は黙るしかなかった。
その立場で、自国の王子を使えないと、ハッキリ口に出来る人物はほぼいないだろう。口さがない市民は何も考えずに言える。だが、立場があれば、処罰を気にして口に出来ない。
でも、この姫は唯一言える立場にあるのだった。
「もう姉上が王になっちゃえば?」
リックはそう言いたくなり、口を滑らせた。
王の姪である姉は、継承順位的には1桁の位置にいる。女性でも王に成れるファーリア国なのだから、王子より遥かに人気のある姉が成ればいいのにと、チラッと思ってしまったのだ。
「面倒くさい事言わないの」
そう言って、姫は弟リックの頭をパシリと叩いた。
成れる訳がないと言わないのだから、成ろうと思えば成れるのだろう。それに気付いたリックは、今更ながらに背筋がゾクッとしたのであった。
それを目の前で聞いていたモーガン達も、背筋がゾクリとしていた。
只者ではないと察していたが、まさか王位継承権がある令嬢とは想像していなかったからだ。ならば、先程の「言わせなければ」も理解出来る。
文字通り、弱みを利用出来る立場にあるのだから、黙らせる事も出来るのだろう。
自分達は、彼女に攫われた事に憤りを見せていたが、これは好機だったのでは? とモーガン達は考えを変えていた。
いつかは滅んだかもしれないマイサル。しかし、彼女に会って好転する可能性も見えてきた。国としては消滅するが、領地名は残る。
自分達も追放や処刑される事もない。むしろ、領主としてこれまで通りに、暮らせる可能性さえあるのだ。しかも、交渉次第では、ダイヤモンド鉱山の利益が領地の収益の一部として認められるかもしれない。
なら、エスピニア国に侵攻される前に、上手く交渉するべきなのかもしれない。姫を見て、モーガン達は不安より、何故か希望の光が見えた気がしたのだった。