第4話
エマはアイシャのやつれて青白い顔を見るのが辛かった。まだ14歳なのに自分は金食い虫だから良い子でいないといけない。利用価値がなければ捨てられるなんて普通は言わない。
家族の無関心とそれを見てお嬢様を見下した使用人達。たぶん彼女は小さい頃からそれが当たり前で疑問に思うことすらなかったのだろう。
倒れてやっとわたし達が気付いたけど遅すぎた。この国で彼女を助ける事は出来ない。先生もまだまだ医療が発達していない我が国では症状を抑える事は出来ても治す事は出来ないと言っていた。
唯一治すことができる国へ行くには高額な費用がかかる。でも公爵家なら出せる金額だ。
なのに彼女は最初から諦めていた。迷惑をかけないように死んでいくなんてそんな言葉を言わせるなんて親として失格だ!
わたしは先生にあの子を屋敷に帰したくないと頼んで馬車に乗ってあの子をわたしの家へ連れ帰った。
わたしはアイシャ様を知っていた。
公爵令嬢なのにいつも1時間かけて王宮に歩いて来ていたことを。途中で困っている人を見かけると荷物を持ってあげたり、迷子の子の親を探してあげたり、道案内をして一緒に迷子になったりしているのを見かけたことがあった。
初めは良い子振ってアピールのためにしているのかと思っていたけど、あの子の笑顔はとても優しくて作った笑顔ではないことがわかった。
綺麗な化粧をしている訳でも豪華なドレスを着ている訳でもない。でも彼女は輝いて見えた。とても綺麗でみんな振り返って見ているのに彼女は気づかずに一人楽しそうに歩いていた。
今ならわかる。屋敷に閉じ込められて侍女のような仕事をさせられて、唯一外に出して貰えたのが王宮での王子妃教育の時間だった。
だから、外を歩くのが楽しかったのだろう。
それにしても娘の境遇に気がつかないあの毒親たちには腹が立つ。
先生は待てと言っているが待ってたらアイシャ様の助かるかもしれない命の時間は減っていく。
わたしはイライラしながらも家でアイシャ様の面倒を見続けた。
少しずつ食欲も戻り青白かった顔にも赤味が戻ってきた。
あの綺麗な笑顔が少しずつ戻ってきている。特にキリアンといる時のアイシャ様は女神の様な優しい微笑みで、女のわたしでもドキッとする美しさだ。
最近は昼間はアイシャ様とキリアン、そして実家の母と三人で過ごしている。
◇ ◇ ◇
「おねぇたん、これ、よむのぉ」
「わかったわ、キリアン君はお馬さんのお話が好きなのね」
「あーい」
キリアン君に絵本を読み聞かせていると、エマ様のお母様が
「そろそろお昼の時間です。二人とも食べましょうね」
と優しく声をかけてきた。
エマ様のお母様のサラ様はキリアン君のお祖母様と言ってもまだ43歳という若さでとても美しい人だ。
サラ様は毎日キリアン君の面倒を昼間自分の家で見ていたのだがわたしが居るので今はこちらの家に態々来てくれている。
「サラ様、いつもありがとうございます。わたし片付けも皿洗いも得意なんですがお料理だけは苦手なんです。だからいつも美味しいものばかりを食べさせて貰って感謝しています」
「ふふ。お料理はね愛する人が出来たら上手になるのよ、美味しく食べて貰いたいからいっぱい愛情をかけて作るでしょう」
「わたしは、まだ愛するというのがわからないのかもしれませんね」
「貴女と殿下は政略結婚になるのかしら?」
「わたしはただ突然王子妃教育を受けにいくようにお父様に言われただけです、殿下にお会いしたのは数回だけなのでよくわかりませんが、政略なのだと思います」
「二人は突然婚約したの?」
「はい、屋敷に父の使いの者がやってきて、急いで王宮へ来いと言われて連れて行かれて婚約者だと紹介されました」
「なんて強引な合わせかたなの!」
「そうなんですか?」
「そうよ!殿下とは仲はいいの?」
「数回会ってお話しただけです。婚約してすぐに留学されました」
「では殿下は貴女の事情を何も知らないのね」
「わたしは誰にも知らせるつもりはありません。こちらには沢山ご迷惑をかけているのにこんなことを言ってすみません、可愛いキリアン君と優しいサラ様とエマ様と静かに過ごせたらと我儘なことを思っています」
「貴女が此処にいるのは構わないわ。でもね一度ご両親と話し合いをするべきだと思うの」
「わたしは今まで何度も両親に話しかけてきました。でも『忙しい』『後でね』と聞いて貰えた事はありません。今回も同じです、わたしはあの屋敷ではいらない子なんです、そして金食い虫なんです」
「その言葉は誰が言ったの?」
「金食い虫ですか?……いつもマークに言われています。だから侍女長が屋敷に置いてもらいたければ働くように言われました」
「屋敷では何をしていたの?」
「わたしは料理だけは苦手だったので皿洗いと片付け、掃除と洗濯です」
「屋敷にはたくさんの使用人がいるわよね?」
「はい」
「みんなは何をしているの?」
「一緒に手伝ってくれる人もいました。あとはお話をしていたりお茶を飲んでいるのを見かけました」
「なんてことなの、全て当主であるウィリアムが悪いわ」
「お父様をご存知なのですか?」
「ええ、子どもの頃から知っているわ、だから貴女が此処にいても大丈夫なのよ、ゆっくりしていなさい」