第24話
リサはウィリアムを見てため息を吐いた。
「わたしがアイシャちゃんを『癒し』ている時に彼女の記憶がわたしに流れてきました。
彼女の記憶では楽しかった時の記憶は5歳くらいまででした。
後は辛くて悲しい、そんな記憶しかなかった。
屋敷で使用人が助けてくれていたみたいだけど、あんな辛そうに助けて貰って、申し訳ないとかどうしてわたしは一人なんだろうとか生きているのが辛い。
まだ心臓病でもない時から早く死にたいとか、とにかく流れてくる記憶は、公爵令嬢とは思えない日々でした。
使用人にムチで叩かれて怒鳴られる。
子どもの頃は投げ飛ばされている姿も見えました。よくもこんな状態なのに気がつかないでいられましたよね、親なのに」
「そ、それは確かにアイシャには酷いことをしたと思っている」
ウィリアムはうなだれるしかなかった。
「アイシャちゃんはまだ屋敷で使用人が捕まった事も王妃が大怪我をした事も知らない。
貴方達がアイシャちゃんを助けたいと思っている事も知らない。あの子は誰にも必要とされていない、自分が助かるにはお金が必要になるからもう死ぬしかないと思っています」
「必要とされてないなんて、そんな事ある訳ないのに…」
エリック殿下が言った。
「エリック殿下、貴方は王妃に言われるがまま、全て王妃を信じていましたよね。彼女には貴方からの手紙など届いていませんでしたよ、何も知らされずただ厳しい王子妃教育と言う名の虐待を受け続けていたみたいですね、貴方と婚約させられた所為で」
「………母上がそんな事をするなんて今も信じられません。でも手紙の返事は一度もありませんでした。
それはアイシャが忙しくて大変だからだと聞いていました」
「外国にいては仕方がないですよね、アイシャちゃんがどんな辛い目に遭っていても知らなかったで終わらせる事が出来ますからね」
「僕には言い訳は出来ない。きちんとアイシャに謝りたい。僕がアイシャを婚約者に望まなければ良かったんだ」
「わたし達はアイシャちゃんを見殺しにしたい訳ではありません。でもアイシャちゃんが助かってもこんな碌でもない人たちの中で幸せになれますか?」
リサはみんなに問うた。
「エマ様やチビちゃん、ハウザー様はアイシャちゃんの味方です。でも彼女は貴方達の優しさすら迷惑をかけて申し訳ないと逆に気を遣っているみたいでした。あの子は人の優しさすら自分には勿体ない、気を遣わせているんだと思っているみたいです」
「わたし達に迷惑かけていると思ってたなんて……」
「おねぇたん、だっこぉ」
「キリアン、こんな時に抱っこは駄目なのよ。お姉ちゃんは寝ているでしょう」
「キリアンはアイシャちゃんのそばにいたいのね」
リサは笑顔でキリアンをエマから受け取るとアイシャのベッドの横に座らせた。
「おねぇたん、いいこいいこ」
キリアンはアイシャの頭を撫でながらずっとそばにくっついていた。
アイシャはキリアンがそばに来たのがわかるのか少し顔の筋肉が動いたような気がした。
アイシャにとってキリアンは初めて出来た友達で一番心が許せる子だった。
時々苦しそうにしていた呼吸も今は静かに穏やかになっていた。
「おねぇたん、ねんね、ね」
キリアンはアイシャの頬にそっと触れるとアイシャは笑顔になったような気がした。
そしてアイシャはそのままキリアンのそばで眠るように息を引きとった。
「おねぇたん、ねんね、ちた」
キリアンはアイシャを苦しみから解放してあげた。
最後にみんなに見守られてアイシャは少しだけ幸せそうな顔をしていた。
「え?アイシャ?」
ウィリアムは目の前で死んでいく娘を何も出来ずにただ見ていた。
エマはただ泣くしかなかった。
ゴードンも下を向き助ける事ができなかった事を悔いていた。
エリックに至っては、自分がアイシャを求めた事が原因で亡くなった事を自覚して泣くことも出来ずに呆然としていた。
「キリアンはアイシャちゃんを逝かせてあげたんだね」
リサはキリアンを抱き抱えて頭を撫でた。
「おねぇたん、しあわぁしぇ、ね?」
リサは、キリアンを見て、アイシャをとても愛おしそうにみていた気がした。