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第21話  〜過去編〜

わたしは今とても身体が軽い。


胸の苦しさもない。


生きている辛さもない。


このまま永遠にこの場所に留まっていたい。


わたしの意識は幼い頃の記憶に戻っていた。


そこには見覚えのある男の子……そうだ、エリック殿下の子供の頃の姿だわ。


お父様も若くてお兄様は7、8歳くらいだろうか。

わたしはまだ2、3歳。

キリアン君くらいの年頃。


お父様に抱っこされてわたしはにこにこと笑っている。


ここは………王宮内の庭園だ。


子どもが遊べる芝生があり、わたしはお父様に降ろされて殿下と手を繋ぎ、お兄様の元へ走っていった。


三人で駆けっこをしたり、花を見て微笑んでいたり、お兄様が草冠を作ってわたしと殿下の頭に付けてくれた。


わたしが幸せだった時の思い出。


もうあの頃の幸せは来ることがないと思い封印してしまった幸せだった過去。


だから殿下はわたしを見て

「覚えてはいなかったんだね」

と寂しそうに言ったんだ。


わたしは殿下にいつも「大好き」って言っていた。

殿下に抱きついて抱っこしてもらって、まだ支えきれない殿下はわたしと一緒に転びそうになりお兄様が慌ててわたしと殿下の二人を抱きしめて助けてくれた。


いつも笑い合って過ごした日々。


そんな楽しい幸せな時間はお父様が宰相になり忙しくなってから徐々に減っていった。


お兄様も12歳になると学園の寮に入ってほとんど屋敷に帰ってこなくなった。


お母様はわたしに興味がなくて「良い子にしていなさい」と言われるだけで屋敷に居ることはあまりなかった。


そして気がつけばわたしは食事すら貰えなくなっていた。


「貴女が食事をしたいのならわたし達と同じように働いてください。食べるために働くのは当たり前のことです」


侍女長に言われて5歳の時から床掃除を始めた。


力もないし背も足りないわたしはそれくらいしか出来なかった。


掃除をした日は食事を貰える。


いつの間にか服は使用人用のものに変わっていた。

何枚かのドレスは家族が帰ってきたりお客様が来た時だけ着せてもらえた。


そんなわたしを不憫に思ったわたし付きの使用人達は家令や侍女長達に見つからないように、こっそりと助けてくれた。


みんなの前ではわたしに辛く当たった。

たぶんわたしが他の使用人達に酷い事をされないようにわたしの味方の使用人達があえて先にわたしに意地悪な事を言ったり、態と少ない量の食事しか与えないようにしていた。


でも彼らが先にわたしに嫌がらせをしてくれたお陰で他の使用人はそこまで酷い事をしなかった。


彼らはいつも悲しそうに済まなさそうにしていた。


そしてこっそり夜中に食事を運んでくれたり、部屋に来て勉強を教えてくれた。


使用人の中には男爵家の三男や娘たちもいて、わたしの勉強が遅れないようにと算数や歴史、ダンスにマナーなど最低限の事を少しずつ教えてくれた。


偶に帰って来るお父様になんとか話しかけようとするもマークや侍女長に邪魔をされて、挨拶程度の会話しかさせてもらえなかった。


お兄様も寮に入ってからはほとんど帰ってこなかった。


そう、わたしは忘れ去られた公爵令嬢だった。


少しでも仕事が捗らなければムチで叩かれた。

もちろん服で隠れる場所に。


「貴女に使うお金などありません。旦那様は貴女には一切予算は出してくれないのです。金食い虫なんだから慈悲で置いてあげているのだから少しでもわたし達のために働いてください」


と言われ続けた。


お父様はわたしを慈悲で置いてくれていた。わたしは邪魔で要らない存在。


わたしを助けてくれる使用人達が罰を受けないようにするためにも、他の人にバレないようにひっそりと息をして隠れるように暮らした。


歩いているだけで態とぶつかってきてよろけて転ぶ。

それが面白いのか馬鹿にしたようにクスクス笑われた。


時には転んでいる上にバケツの水をかけられた。


「喉が渇いたでしょう?」とクスクス笑う意地悪な使用人もいた。


侍女長は食事に腐った野菜を入れて、食べられないと言うと無理やり口に押し込み食べさせられた。


熱を出して寝込んでいても、無理矢理叩き起こされて洗濯をするように命じられて一人で朝から夕方まで洗濯をさせられたこともあった。

そしてさらに熱が上がりそのまま放って置かれた。

もちろんわたしを助けてくれる使用人達がこっそりと薬を持ってきてくれて看病してくれた。


あの屋敷ではわたしは使用人以下の扱いだった。

まるで奴隷のようだった。


(もう生きるのが辛い………早く死にたい)


わたしはずっとそう思って生きてきたんだった。


エリック殿下の婚約者になって王宮に通うようになったら、体裁が悪いといけないからと一応ドレスを着せられた。


そして「貴女のための馬車はありません」と言われて毎日歩いて王宮へ通った。


歩くのは辛かったけど町の風景や人が行き交う様子を見れるのはとても楽しかった。


それに青い空の下を歩ける事が嬉しかった。


殿下は優しくていい人だった。

でも慣れる前に留学されたのでよく分からないままになってしまった。


王妃様は、王子妃教育を教えてくださったのだけどとても厳しくて少しでも間違うとムチ打ちが待っていた。

屋敷に帰ると皿洗いや片付けが待っていた。


そして次の日の王子妃教育のための予習と復習。


ほとんど寝る暇もなく追われる毎日に身体が少しずつ悲鳴をあげていた。


身体がだるい。


いつもフラフラする。


足に鉛がついているようで重たくて足を前に一歩出すのも辛くなってきていた。


でも助けを求める事ができる人なんていなかった。


ただ屋敷の外を歩けることが唯一の楽しみで辛い毎日をなんとか過ごしていた。


そして倒れて余命宣告を受けた時、わたしは嬉しかった。


やっと苦しい生活から解放される。


自分で死ぬのは怖いけど、病気で死ぬのなら仕方がない。

手術をすれば治るかもしれないと言われたけど、わたしを治したいと思ってくれる人もお金を出してくれる人もいない。


それに対して辛いとか悲しいとか思わなかった。


だって誰も助けてくれなかった。


助けてくれた使用人達にはもちろん感謝している。彼らが居なければわたしは死んでいた。


でも彼らのあの辛そうな顔をこれ以上見るのがわたし自身は辛かった。


だからそれからも解放されると思うとホッとした。


もう人の顔色を窺わなくてもいい。


人に気を遣わなくてもいい。


安心して寝てもいい。


そして、もう生きなくてもいい。









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