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第17話

わたしは朝早くに目を覚ました。


エマ様のお家に来て3ヶ月が経った。


まだわたしの体は動く。心臓が苦しくなるけど薬もあるしまだ笑顔で居られる。


でもそろそろこの居心地のいい家を出て行く頃だとは分かっている。


サラ様にもかなりの負担をかけている。

ジャン様も大学が夏休みだからと言って毎日顔を出してくれているけどそろそろ学校に戻る時期だ。


みんながわたしの体調を心配して無理をしてくれているのがわかる。


わたしが屋敷にいる時も、わたしの世話係りだった人たちはいつも悲しそうな顔をしてわたしに怒ったり文句を言っていた。

庇うと首になるから見えないところでいつも助けてくれていた。


食事だって足りないのをわかっていたからいつも夜中にこっそりと届けてくれた料理人のみんな。


わたしがもっと上手くこなせればみんなに迷惑をかけないのに、こんな病気にならなければよかったのに……でも、病気になったからエマ様やサラ様、キリアン君に出会えた。


優しい先生、ちょっと意地悪だけど優しいジャン様。


沢山の優しさを貰ったのでわたしは旅立てる。


あとは何処かに身を隠してゆっくりと死を待ちながら生きていくつもりだ。


『みなさま、ご迷惑をおかけしました。心配しないでくださいね。わたしの体調はいまとても良く回復しています。黙って旅立つわたしを許してください。本当にありがとうございました、幸せな時間を過ごさせていただきありがとうございました』


わたしは朝早くに家を出た。


本当はみんなに挨拶をしてお礼を言って出たかったけど、決心が鈍るのでそっと出た。


お家をしばらく見つめた。

初めて落ち着いて暮らせた温かい場所だった。


「ありがとうございました」

わたしはお家にお礼を言って、歩き出した。


不思議に今歩く事がキツくない。


町まで歩いて、乗合馬車で今持っているお金で行けるところまで行くつもりだ。


お父様達に見つかって屋敷にだけは戻りたくない。出来れば死ぬ時くらい自由でいたい。


もう王子妃教育も毎日怒られ続ける生活もしたくない。それが当たり前の時は逃げようとか考えていなかった。でもエマ様達と過ごす間に、あの辛い日々に戻りたいとは思えなくなってしまった。


ずっとエマ様達に迷惑はかけられない。わたしはいずれ屋敷に戻らないといけないのなら、自分の死に場所は自分で選ぼう。


大好きなキリアン君と過ごせなくなるのは本当はとても辛いし寂しい。


わたしを忘れないでいてくれるかな………

ほんの少しだけでも記憶に残ると嬉しいな、そんな我儘な事を考えながら歩いた。


苦しい筈の胸は今は興奮のせいか薬のおかげか分からないが、歩く事が出来る。


あと少し、あと少し、そう思いながら歩いた。


わたしは30分ほど歩いて町に着いた。まだ朝早いので乗合馬車は出ていない。静かな町の中、辺りを見回すと小さな公園があった。

ベンチに座りしばらく休憩をした。


そう、少し休憩をしたつもりだった。



◇ ◇ ◇


気がつくとわたしは全く知らない場所でベッドに寝かされていた。


(ここは……どこ……?)


辺りをキョロキョロしていると、突然ドアをバンッと開けて知らない男の人が入ってきた。


わたしは怖くてビクッとして毛布を頭まで被った。


「起きてるんだろ!」

少し凄みがある低い男の人の声に怖くて寝たふりをしていた。


後ろから女性の声が聞こえてきた。


「そんな怖い顔で大きな声を出したらお嬢ちゃんが怖がるでしょ!」


(はい、怖かったです)

心の中で思わず返事をした。


「お嬢ちゃん、大丈夫?」

わたしを覗き込んだ女性の声はとても優しかった。


「あ、あの、ここは?……何処ですか?」


「あ、そうだよね、ここはね、わたし達が今借りている宿なの。

貴女が公園のベンチで倒れているのを見て、声をかけたんだけど動かないしあのまま置き去りにしたら破落戸達に連れ去られて何をされるかわからないからわたし達が泊まっている宿に連れてきたの」


わたしは疲れてベンチに座ってそのまま気を失ってしまっていたようだった。


「わたしの名前はリサ。そしてこの怖そうな男の人はわたしの父親でカイザ」


名前を名乗られてわたしも慌てて挨拶をした。


「わ、わたしの名前はアイシャです、助けて頂いてありがとうございました」


「あんな所でどうして倒れていたの?」

リサ様の問いにわたしはどう答えようか悩んだ。


「………」


「ごめんね、言いたくない事情があるからこそあんな朝早くにあそこで倒れていたんだよね。でもね、アイシャちゃん、町は危険な所なの。

みんながみんな親切なわけではないわ、見たところ貴女はいいところのお嬢様に見えるわ」


リサ様はわたしを見ながら溜息を吐いた。


「偶々通りかかったのがわたし達だったからよかったけど運が悪ければ貴女売られていたかもしれないわよ」


「売られる?」


「そうよ、町ってね表は賑わっていて一見華やかだけど路地裏に入ると怖い所でもあるのよ」


「知らなかった……」


わたしは屋敷と王宮しかまともに行った事がなかった。

エマ様の家は住宅地で近所の人達はもちろんいい人ばかりだったし町に出る時はエマ様かサラ様と一緒だった。

屋敷から王宮までの道は人も多く通る道でさほど怖い思いをした事がなかった。


わたしは今まで偶々運が良かったのかもしれない。

少しベッドから起きて体を動かしてみたら、なんとか歩く事が出来そうだった。


倒れてからどれくらい経ったのだろう。


「あの、今は何時くらいでしょうか」


「今はね、夕方の5時よ、お腹が空いてない?お父さん、早く渡してあげて」


さっきから黙って立っていたカイザ様の手にはパンやスープが乗せられたトレーがあった。


「これなら食べられるだろう、さっきは怖がらせてすまん、少しでも食べなさい」


「ありがとうございます」

わたしはお腹が空いていることに気がついて遠慮なくいただいた。


そして、明日乗合馬車に乗ってこの町を出たいと思っている事を告げると、二、三日待てば自分達も馬車でこの町を出て自分の国へ帰るから乗せてあげると言われた。


リサ様とカイザ様は、ある人に呼ばれて二、三日この町で過ごしてから国へ戻るらしい。


わたしは持っているペンダントを売ってお金にすれば旅費くらいなら払えそうだったので、一緒に連れて行ってもらえるようにお願いすることにした。


リサ様と一緒の部屋で過ごすことになった。

次の日の朝起きたらリサ様が

「今日はわたしとお父さん、用事があって出掛けるけどまだ体がキツそうだから大人しくしていなさい。わかった?」

と言って、リサ様はわたしの頭を両手で包むように触った。


すると何故か体がポカポカしてきて、だるい筈の体が軽くなった。


悪戯した顔をしたリサ様は、クスッと笑った。


「アイシャちゃん、ゆっくり寝ていなさい」


わたしはそのまま意識を手放した。







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