第1話
「貴女はどうしてこんな事も出来ないの。もういいわ!帰りなさい!」
「申し訳ありません。もう一度させてください」
「何回させても出来ないのよ貴女は!諦めなさい!」
わたしは皇后から王子妃教育を受けている。でもカーテシーも駄目。お茶を飲む時の角度も姿勢も駄目。勉強も全て覚えられないから駄目。外国語はせめて5カ国は覚えなさいと言われているのにまだ3カ国しか話せない。
我が国の歴史もまだ全て覚えていない。
第一王子の婚約者になって8ヶ月。どんなに必死で勉強しても間に合わない。
わたしは寝る時間を惜しんで勉強に励んだ。
なんだか目が回る。胸も苦しい。
わたしは皇后の前で倒れた。
「どうしたの?誰か!お医者様を呼んでちょうだい」
◇ ◇ ◇
(ここは何処?勉強しないと……お父様とお母様に捨てられるわ……起きなければ…)
わたしは見慣れない天井を見つめながらなんとか体を起こそうとした。
なのに体が動かない。
重たくて鉛がのっているみたい。
わたしは頭を動かして回りを見てみた。
(ここは何処?)
「誰か…いませんか」
なんとか声を出して人を呼んでみた。
しばらくすると
「あら?目が覚めたわね、先生!起きましたよ早く来てください!」
女の人がわたしを見てにっこりと笑うと
「喉が渇いたでしょう?」
と言って少しずつスプーンで口に入れて飲ませてくれた。
「……美味しい……」
「良かった。貴女、ずっと意識が戻らなかったのよ」
「え?わたし何時間寝ていたんですか?早く起きて勉強しないと間に合わない……ありがとうございました」
わたしは慌てて起きあがろうとした。
「駄目よ、まだ動ける状態ではないの。しばらくは寝ていないと!」
女性はわたしを見て悲しそうにしていた。
「やぁやっと目が覚めたね」
白髪混じりの優しそうな白衣を着た男の人がにこにこしながら入ってきた。
「君は1週間も寝ていたんだよ」
「1週間……」
「かなり無理をしていたみたいだね。睡眠不足に栄養失調。食欲もなかったみたいだね、胃がやられているよ。そして最近胸が苦しかったことが多かったんじゃないか?」
「はい、睡眠不足が続いていたからだと思います」
「………ハア、君の病気はね、弁膜症という心臓にある4つの弁のどれかが損なわれる病気なんだよ。弁の損なわれ方の大部分は、弁が開きにくくなるか閉じにくくなるかなんだけど、君の場合は先天的な(生まれつきの)ものなんだけど、しばらくは無症状であることが多いんだよ。悪化するにつれ心臓がポンプ機能を維持できなくなり、動悸や呼吸困難、むくみといった心不全の症状を呈すんだ。
治療の基本は、外科手術で損なわれた弁を修復するか(弁形成術)、人工弁に取り換えるか(弁置換術)になるんだけど我が国の医療技術では治すことができないんだ。
このままでは君は長くは生きられない。もし手術を望むなら隣国のルビラ王国に行くしかない。そこは最新の医療技術と魔術を使った手術をしてくれる」
わたしは先生が何を言っているのか頭では理解しても心がついていかなかった。
「わたしが心臓病?死ぬ?」
「君はまだ14歳だ。数ヶ月隣国へ行って手術をしてリハビリをすれば治るんだ。ただ、手術には莫大なお金がかかる、君は公爵令嬢だからご両親に頼めばお金は出して貰えるんではないかと思うんだ」
「……先生、両親は仕事と社交に忙しくてわたしに興味はありません。迷惑をかけずに良い子でいなければわたしには利用価値がないのです。殿下の婚約者になって恥ずかしくない立派な妃になり生きることがわたしの使命です」
わたしは手をギュッと握りしめて先生を見た。
「手術をしなければあと何年生きられると思いますか?」
「はっきりとは言えないが早ければ半年、長くても数年だと思う。心臓病はまだ我が国ではなかなか治療が難しいんだ。ルビラ王国には魔術師がまだまだ沢山いるんだ、だから手術に応用されて難しい手術を行うことが出来るんだよ」
「わたし、手術はできません。両親はお金を出してはくれないと思います。だってわたしに服すら買ってくれません、食事も一日一食だけです、わたしは生かされているだけで生きることは出来ないんです」
わたしは初めての人なのに思わず本当のことを話してしまった。
「……ウィリアムはそんな子ではなかったはずだが……」
「お父様をご存知なのですか?」
「彼の子どもの頃からの主治医だったんだよ」
「以前の父のことは知りません。でも今はほとんど家には帰りませんしわたしの存在すらないと思います。お母様にも良い子で聞き分け良くしていなさいといつも言われています。もし、病気のことがわかったらわたしは捨てられます」
「………捨てられる?」
「はい、わたしは兄と違って何も出来ない金食い虫なので利用価値が無くなれば捨てられます」
「誰がそんなことを言ったんだね」
「屋敷の者たちがみんな言っていました。わたしは金食い虫だから食事も服も生かされるだけしか与えて貰えないと。少しでも生きたければ何も文句を言わず黙ってみんなの言うことだけを聞いて生きればいいと言われています」
「そんな……君はそれで良いのか?」
「わたしはずっとそうしてみんなの前では息をしないように過ごして来たからそれが普通なのです。だから、迷惑をかけないように手術は出来ません、迷惑をかけないように死んでいきます」