第3話 結婚論
婚約の前に、その騎士団にお勤めとかいう夫候補の男性とお茶をする機会はあった。
「シャーロットお嬢様、こちらへ」
私は試験でも受けるような気分になって、精一杯堅苦しく着飾り、ガチガチになって、自邸の客間に礼儀正しく一礼の上、入った。
しかし、その場には、両親と嫁いだはずの姉たちが鬼気迫る勢いで同席していた。
私には一言も口をひらかせまいと、万全の体制である。
それが功を奏してか、私は相手の声を最初の挨拶だけしか聞けなかった。
「ゴードン・ファーラーです……」
結構低音の怖そうな声だった。怖い。
しかし、もしかすると相手の方が怖かったかもしれない。
というのは、家族全員が、口々に話し始めたからだ。
「まああ、この度は本当にありがたい……おめでたいことで!」
「シャーロットの姉ですの。妹の縁談が決まって心からっ喜んでいますの!」
「騎士団にお勤めの立派な方からお話をいただけるなんて、妹は幸せ者ですわ」
私は心底ありがたかった。家族が。
だって喋らないで済んだし、終始俯いているだけでよかったからだ。
「もう、逃さないわ、ファーラー」
(ファーラー様と言うのが未来の花婿の名前であった)
お茶会の前、姉の一人が握り拳を作って叫んだ。
「もしかして、お姉さまがお知り合いですか? ファーラー様」
この結婚がどうしても納得できない私は、長姉のアマンダに期待を込めて尋ねた。
アマンダは顔が広い。もしかしたら、姉のご縁なのかもしれない。
「何言ってんの。あなたが知り合いなんでしょう?」
「見たことも聞いたこともありません。知り合いだなんて、そんなこと、ないに決まっています」
「私だって、ないってわかってるわよ。だからこそよ」
姉のアマンダが力を込めた。
「だからこそ? とは?」
私は、訳が分からなくなって姉に尋ねた。
「そうよ。だからこそ、この勘違い、人違い縁談を、丸め込まなくては! 申し込んだが最後よ、ファーラー」
呼び捨て?
「いいこと? 人違いがバレたらいけないから、いつも通り顔を伏せておくこと」
姉の一人が言った。
「話してもダメよ!」
母が念を押した。
「あんまり動いてもいけない。身振りで別人とバレたら困る」
お父様まで。
私は途方に暮れた。
そんなにしてまで、私を片付けたいの?
ファーラー様のお気持ちは? 本当に私のことなんかを好きなの?
会ったこともないのに?
だが、この人違い結婚は、圧倒的な親族パワーで、勘違いのまま進んでいくらしい。
なんだかわからないままに、一生に一度の大事なはずの結婚式の予定が、とんとん拍子に決まっていく。
「お母様、流石にまずいのでは?」
私には願ってもない結婚だったけど、だんだんビビってきた。だって、結婚後も顔を見せないとか話さないとか無理だと思う。絶対に人違いだったってバレると思う。
「きっとファーラー様には、お好きな方がおられるのでは?」
「お好きな方とは言っていなかったわよ」
母は涼しい顔をして言う。
「なんでも、元気よく明るく話すお嬢さんだから、みたいな事を言っておられただけよ」
人伝てに聞いたのだろうか。社交界では、出来るだけ話さないようにあんなに努力してきたのに?
せめて物静かなご令嬢とかだったら、まだしも可能性は残っていたと思うののだけど。明るく元気に話す令嬢では、完全な勘違い以外の何物でもないわ。
なんで、そんな正反対みたいな人物像の女性が、勘違いの本尊なんだろう。
どう考えても無理だ。
「絶対、後々恨まれますわ。きっと結婚後は針の筵です」
私は泣き言を言ったが、母は、それはそれは恐ろしい顔をして、ギロリと私を睨んだ。
「何甘えたこと言ってんの。これは、チャンス! いいこと? チャンスなのよ?」
チャンスなの?
「勘違いしたのは、あなたではないのよ? 申し込んできたファーラー様なの」
そりゃそうですけれど。
それより、女性の私が結婚を申し込むなんてあり得ませんわ。
父から打診するならとにかく、女性の方からプロポーズするだなんて聞いたこともないですもの。
「そうでしょ? あなたが申し込んだのでないなら、この結婚の責任は全てファーラー様にあるの」
「それは、そうかもしれませんが……」
「だから、堂々と離婚してらっしゃい」
………………。
「ね? なんなら慰謝料も取れると思うわ」
……そうでしょうか。
「求められて結婚したけど、合わなかったから離婚なんて、この世に何千、何万、何千万件となくあるの」
今、桁が飛びましたよね? パッと。
それにその離婚件数、人口より多くないですか? 離婚一件につき二人が必要です。
「離婚しても、問題は、求められて、の部分なの。男性から求められて結婚した。それだけ女性として魅力的だってことなの」
「でも、勘違い婚の場合、魅力的なのは私じゃなくて、ファーラー様が結婚していいと考えた女性のことなのでは?」
「それが誰にわかるっていうの? シャーロット」
母は居丈高に迫ってきた。
勢いに押された私はモゾモゾと答えた。
「それは……確かに誰にもわからないでしょうけど」
「そうでしょ? バレなきゃいいのよ。そして結婚できなかった女は、魅力がなかったって思われるわ。それが一番嫌なのよ。女のプライドにかかわるでしょう?」
ダイレクトに本人に言わないで欲しい。
女としての魅力ゼロ。
それは私のことです。
私はがっくりと肩を落とした。
「だからチャンスだって言うのよ!」
母は力強く宣言した。
「これで、全ての疑惑が払拭されたわ。あなたは人生に勝利したの。今後一生魅力的な女性という称号と共に生きていけるわ」
結婚て、そう言う問題だったの?