第98話 ロスヴェイル国将軍バルトロ
「お前達はこの国の者ではないな。何者だ?」
大剣を右手に携えた大男は私達を見渡して問う。
ゆっくりと、確実に私達一人ひとりを見ている。まるで見定めるかのように。
「エディンバラ皇国魔法師団のローズ小隊です」
「エディンバラの。種族はバラバラのようだが?」
「私達は、少々特殊ですので」
「なるほど」
ロゼリアさまと数回会話した大男は左手を動かし、大剣を両手で握りしめる。
持ち上げ、頭上で一回転。風が、私達の体に吹き付ける。
剣を構え、剣呑な視線のまま、彼は聞く。
「ならばお前たちがここの最終防衛ラインか」
「はい、その通りです」
「そういうことならば、名乗ろう。私はロスヴェイル国軍の将軍バルトロ・レディアント。ローズ小隊よ、俺を止めてみるがいい!」
咆哮のような名乗り上げ。それに気おされるものの、真っ先に動き出したのはルナだった。
彼女は素早く駆け、バルトロに肉薄する。
左、右、左、右。刃と拳を順に繰り出すものの、その全ては大剣に防がれる。
(すごい。なんて無駄のない動き)
バルトロの動きを見て、私は見惚れてしまっていた。
大剣という扱いにくい武器を使っているにもかかわらず、その動きは洗練されている。
武器を自分の体の一部のように軽々と扱い、必要最低限の動きを行う。
どれだけの訓練を行えば、あれが可能になるのか。
「ネクステスの武術か。将来が恐ろしいな、獣人の娘よ」
「それはどうも!」
「だが、まだ俺には届かん」
ルナが拳を打ち込むのに合わせて、バルトロは足腰に力を入れ、勢いよく体を前進させた。
拳が触れるよりも早く、大剣の腹が拳を撃つ。
勢いに負けて、ルナが弾き飛ばされた、その瞬間。
「っ!」
バルトロは剣を力の限り振る。
その刃はルナを捉えはしなかったものの、振ったことによる衝撃波はルナをしっかりと捉えた。
恐ろしいスピードで地面を転がるルナ。
その光景に、私は思わず駆けだしていた。
ルナに近づき、治癒魔法をかける。
その間に正面からリフィルが、背後からエヴァが、そして上空からロゼリアさまが襲い掛かる。
完璧なタイミングの攻撃。にもかかわらず、バルトロは鼻で笑った。
「甘い」
まるで見えているかのように、体全体を使って大剣を一度だけ回す。
それだけで、リフィルの刺突も、ロゼリアさまの斬り降ろしも、エヴァの斬撃も、全てを弾いた。
加えて、その一振りだけで彼女たちの体も弾き飛ばす。
技術だけじゃない。力も十分すぎるほどだ。
この人は、巧い。強いのもそうだが、今まで出会った誰よりも戦い慣れている。
「ふむ。ユグドラシルのエルフに、エディンバラの剣士か。片手剣と双剣とは、確かに対処がしづらい。それに――」
言葉を途中で区切ったバルトロが後ろに跳ぶ。
さっきまで彼が居たところに、風の槍が上空から突き刺さった。
ユウリィから強化魔法を受け取ったムースの一撃でも、彼を捉えられない。
「エルフの魔術師に……支援師か。一人ひとりのレベルが高いな」
ロゼリアさまが作り出した光の剣。
次々と射出されるそれを、最低限の動きで避けながら、彼は冷静に私達を観察する。
隙が無い。それは戦い方もそうだが、彼が私達を侮っていないのもそうだ。
今まで、程度の違いはあれ、強敵は私達を下に見ていた。
バルトロはこれまで戦った魔王とも違う。
彼は、私達をどこまでも警戒し、対等に見ている。
油断も隙も、ありはしない。
「ローズ小隊か。おそらく世界で最も強い軍事集団かもしれんな。まさに少数精鋭とはお前達のためにある言葉だろう」
「お褒め頂きありがとうございます。私も驚いていますよ。ロスヴェイル国の将軍がここまで強いとは」
「いや、それは杞憂だ」
構えていた大剣を少しだけ下ろし、バルトロは短く言い放つ。
「ロスヴェイル国に将は多い。だが、俺以上の将は居ない」
彼の言う通りなら、ここで私達がバルトロを倒せば、かなり有利になる。
戦争での勝ち目が、見えてくる。
「おい」
恐ろしく低い声が、耳に響く。
体が、震える。
「考えていることは分かる。だが、俺はロスヴェイル国の守護者。簡単に勝てると思うなよ」
そうだ。希望的な考えをしている場合じゃない。
余計なことを考えて、それで勝てるような相手じゃないことは明白だ。
「次は、魔法での力比べでもするか?」
着火。
バルトロの持つ大剣が激しく燃え上がる。
武器に対する魔力の付与は、今まで何度も見てきた。
だが、あんな風に燃え盛る業火のような魔力を見たことがない。
「死ぬなよ」
(来る!)
私達の前に出たのは、エヴァ。
彼女はバルトロと同じようにオーバーライトに火の魔力を通す。
2人はほぼ同時に剣を横なぎに振るった。
けれど振った瞬間に、分かった。
オーラ―ライトから放たれたのは火の波。エヴァの魔力を全力で込めた、敵を焼き尽くす炎。
けれどバルトロの放ったものは、火の津波だった。
目にするだけで分かる高純度かつ大量の魔力。
全てを焼き尽くす、灰燼。
「まずい!」
「いけない!」
リフィルが、ムースがすぐに風の魔法を放つ。
エヴァの炎が風の力を受けて、激しく燃え上がる。
けれどそれでも、炎の津波には敵わない。
「ムース!!」
「はい!」
防ぎきれないと思ったムースが、すぐに杖を地面に突き刺す。
ムースのテスタロッサの力は、植物の創造。
城壁のように、木の根が地面からせり出す。
「サンダーボルト!」
エヴァが空いている手で木の根に触れる。
放つのはこの世界とは違う魔法。魔王【世界】テスタさんの、ここではエヴァだけが使える魔法。
エヴァの手から、氷が木の根を覆っていく。
火に対して氷は、溶けてしまうのではないか、そう思った。
けれど氷でコーティングされた根の壁は、バルトロの火を防ぎきった。
「おかしな術を使うな。まさかそれは……【世界】のものか?あれと同じことができる人間がいるとは……だが!」
消えていく木の根。
光に帰っていくそれを見ながら、バルトロは地面に剣を突き刺した。
大地が揺れる。
私達の足場が、開いていく。
地割れを起こす魔法。あると本で見たことはある。けれど、まさか目にする日が来るなんて。
「まずっ!」
ムースが慌てた様子で『世界樹の根』を胸に抱く。
ぎゅっと強く抱きしめると、割れた部分から草木が生い茂る。
やがて木の根がいくつも生え、それが足場になる。
「草木の生えぬ荒野で、草木を生やすか!恐ろしい力だ!」
恐ろしいのはどっちだと、そう思った。
バルトロは私達を見て、大剣を天に向ける。
そのまま力の限り振り下ろす。
斬撃は炎となり、刃となり、私達に迫る。
足場が不安定な私達は、地割れに対処することで精いっぱい。
刃を避けることは、できない。
「おはよう、『ストリーム』」
私の騎士が、舞った。
彼女はテスタロッサの力を開放。空が黒くなり、風が強くなる。
風の力で私達を浮かせたリフィルは、剣を構え、吠える。
「来なさい!」
細剣と炎の刃が、激突する。
轟音。リフィルを飲み込まんと迫る炎の刃。
その熱と威力に、リフィルの顔が曇る。これは、まずいかもしれない。
私はリフィルに近づき、剣を持つ彼女の手に後ろから触れた。
私一人では大した力にならないかもしれない。けれど、一人よりも二人なら。
「リフィル!頑張って!私も、頑張るから!」
「お嬢様!私から離れないでください!」
「行って、皆!」
ムースの声が響き、地面から生える根の数が、大きさが増す。
それが、バルトロへの道を作る。
根に乗り、ルナが、ロゼリアさまが走る。その体を、ユウリィの補助魔法が包んだ。
飛び上がったエヴァが、オーバーライトを天に向ける。
「ウインドカッター」
それはどんな魔法なのか。私には分からない。
けれどリフィルが呼び出した黒い雲が光り輝き、大きな雷がバルトロに落ちる。
自然のものではない、明らかに魔法で作り出した攻撃。
しかしその一撃が、ついにバルトロを捉えた。
彼の体が、足が、そして立っている大地が、帯電している。
火の刃は消え、リフィルが私を抱える。
地割れの地帯から抜け出し、再び目線を向けたとき、ルナとロゼリアさまがバルトロと刃を交えていた。
先ほどまでのバルトロならば弾き飛ばすことも容易だっただろう。
だがエヴァの雷の魔法が、彼の動きを制限している。
「エヴァ様!」
「分かってる!」
リフィルの声にエヴァが応える。
ストリームの全力解放したリフィルに、エヴァ。
そして全員での連携攻撃に、ついにバルトロを押し始めた。
「……なるほど、一人一人のレベルが高いだけでなく、連携も良くできている。長い間、共に戦ってきたのだろうな」
満足げにそう呟き、バルトロは後ろに跳んだ。
私達から、初めて彼は距離を取った。
「認めよう」
その声は、遠くにいるにもかかわらず、はっきりと聞こえた。
ようやく押し始めたこの状況。にもかかわらず、なにか嫌な予感がする。
「俺も……本気で行こう。テスタロッサを使わせてもらう」
「……え?」
私は思わず聞き返してしまった。
衝撃に、目を見開いてしまう。
「テスタロッサを……使っていない?で、でもその剣は!」
「これはただの大剣だ。俺のテスタロッサではない」
なら、なら彼はこれまでテスタロッサなしで強力な魔法を使い、リフィル達と剣術で渡り合っていたというのか。
私が言葉を失っている間に、バルトロは片目の眼帯を引きはがした。
眼帯に隠されていたのは、真っ赤な瞳の目だった。
光のない、機械のような目。いや、あれは義眼?
「……目にテスタロッサ?」
リフィルがぽつりとつぶやいた。
そうだ、見覚えがあると思ったら、あれはテスタロッサの玉だ。
人体と、融合している?
「全力だ。『第四次元』」
バルトロの赤い瞳が、鈍く輝いた。




