第97話 絶望の騎馬隊
数日後、私達はコンウェル国の北にあるオリエント荒野に居た。
コンウェル国は砂に覆われた砂漠の地域にある。
そしてその北にあるのが、最も過酷の環境と言われるオリエント荒野だった。
照りつける太陽。見渡しても緑のない大地。
そして眼前では、戦闘を続ける2つの軍。
ロスヴェイル国と、コンウェル国だ。
状況は、コンウェル国が圧されているように思える。
「これ……確かにコンウェルに助けに入った方が良いと思うけど、他の国は大丈夫かな」
目の前の状況を見て思わず呟いてしまう。
ここ以外の二か所、死の森やアリュート絶海も同じような光景が広がっているのだろう。
そちらは大丈夫だろうか。
「大丈夫だよ。一応保険はかけといたからさ」
「保険?」
私の不安に答えてくれたのはエヴァだった。
だが保険とは何のことだろうか。
しかしエヴァは詳しく教えてはくれなかった。
その前に、ロゼリアさまが話を始めた。
「さて、いよいよこの時が来てしまいました。小隊として、戦争に参加します。コンウェルの将軍さん、戦局の詳細を聞かせてくれますか?」
「そうですね、聞いていたよりも不利な状況のようですが、何があったのですか?」
この場にはネクステス4将軍のサイラスさんとセバートさんも参加していた。
ユエさんとクライスさんはユグドラシルへと向かったのだろう。
以前聞いた話では、コンウェル国はロスヴェイル国の進行を食い止めているとのことだった。
だが現在は、オリエント荒野を突破されそうになっている。
その質問に答えたのは、コンウェル国の将軍さんだった。
「始めまして、将軍代理のヨハンです」
「代理?」
ヨハンさんの言葉に、セバートさんが訝し気な声を出す。
それに対して、ヨハンさんは顔を伏せた。
「はい、実は劣勢であることと関係するのですが、うちのヘイロウ将軍は敵の将軍との一騎打ちの末、打ち取られました」
「……え?ヘイロウ将軍って、トリリアントですよね?」
「はい。つい最近まで戦局はこちらの方がやや有利だったのですが、ロスヴェイル国が騎馬隊を導入してきました。それを率いていた一人の男と戦い、ヘイロウ将軍は戦死なさいました」
予想以上に悪い戦局に唖然とする。
敵将と一対一で戦い、敗北。将軍も死亡。軍団の士気としては最悪だろう。
「それでも崩壊していないのは、元々コンウェルが仲間意識の低い軍だからです。私達は自分の国がなくなることが嫌だから戦っている。それだけに過ぎません」
「……軍としてはどうかと思いますが、今回はそれに助けられたようですね」
「そうですね。結果として皆さんが到着し、士気は回復しています。他の将軍も健在です」
なんとか持ち直すことができたといったところか。
とはいえ、状況は依然としてひっ迫していると言えるだろう。
「その男は、何者なのですか?」
「黒髪に眼帯をした褐色の大男でした。身の丈以上ある大剣を武器に、ヘイロウ将軍を斬り捨てました」
「……タゴイラ山のルヒーネのような、ロスヴェイル国の将軍クラスの人間でしょう」
どれだけの戦力を抱えているか分からないロスヴェイル国。
けれど魔物を生み出せるルヒーネや、今回の将軍など強者が揃っているイメージだ。
それに、ニクスさんやアイネさんだって戦うことになるかもしれない。
「今は後退していますが、次にあの騎馬隊が来たときどうなるかは分かりません。あの大男を、止めないと」
「その将軍による被害は?」
「……ヘイロウ将軍の他に、もう一つの軍団が将軍を含めて壊滅しています」
「おいおい、二人も指揮官クラスを持っていかれてるのかよ……」
セバートさんが驚いたように呟く。
コンウェル国はかなり戦力を削られているようだ。
その大男をどうするかが、この戦いのカギだろう。
同じことを考えていたのか、ロゼリアさまは決心したように顔を上げた。
「分かりました。その大男は私達で対処します。サイラスさん、セバートさん、騎馬隊の対処をお願いできますか?」
「本気か?トリリアントでも止まらない相手だぞ?」
セバートさんは心配そうな目線をロゼリアさまに向けている。
しかしロゼリアさまは微笑んでいる。
「だからこそです。個人個人としての実力はともかく、全戦力を見たときに私の小隊が一番強い。なら、私達が戦うべきです」
「私もローズ小隊の皆の強さは知ってるけど……」
サイラスさんも歯切れが悪い。
つい最近まで一緒に居たために、私達の強さは分かっている。
けれど付き合いがあるからこそ、心配なのだろう。
ルナはそんなサイラスさんを見て、手を握った。
「大丈夫だよサイラスちゃん!私達、強いから!どんな奴が相手でも、私が食い止めてみせる!」
「う、うん……」
ルナの言葉に、サイラスさんは戸惑ったように答える。
彼女が前線を張ってくれるのは、いつだって心強い。
けれど最近のルナは、そうしなければならない使命感に駆られているようだった。
クロムとの戦いの後から焦っている様子はあったが、最近はそれに拍車がかかっている気がする。
そのまま突き進んで、いつか倒れてしまいそうで、心配になる。
「それではわが軍も騎馬隊の対処に当たります。……もしも皆様が戦死された場合、コンウェル国は亡ぶでしょう。ロスヴェイル国の手か、あるいはエディンバラ国の手により。全力でバックアップします。必要なものがあれば、遠慮なく申し付けてください」
「はい、よろしくお願いします、ヨハン将軍」
「……できれば戦争でないときに、そう呼ばれたかったですね」
そう言ってヨハンさんは力なく笑った。
彼はコンウェル国の軍は自分のために戦っていると、そう言っていた。
けれど彼自身は、この国のため、自分の大切なもののために戦っているような、そんな気がした。
話しがひと段落着いたところで、セバートさんが話を切り出す。
「戦地での役割は分かった。もう少しその大男について教えてくれ」
「はい、大男は遠くから見ても分かります。体の大きさも、そして馬の大きさも違う」
「どんな馬なんだ?」
「大きな黒い馬です。闇のように黒い。それに大男だけ身に着けている鎧が黒でした」
「なるほどな。それなら見失うことはなさそうだ」
他の兵士とは違う姿、乗っている馬。
間違いなくロスヴェイル国の将軍クラスの人間だ。
「年齢は壮年のように見受けられました。また、大剣は所持していたものではなく、召還したもののように見えました」
「テスタロッサということですか?」
ヨハンさんはサイラスさんの質問に首を横に振る。
「いえ、起動式は宣言していませんでした。おそらく、魔法で収納していたものを取り出しただけでしょう」
物を異空間に収納し、それを取り出す魔法は確かに存在する。
学園ではベリアル学園長が行えたはずだし、ハリス先生も使えたはずだ。
けれど逆に言えば、彼らほど魔法の才能がなければ使えないほど難しい魔法だということだ。
「また、剣術、魔法どちらも熟練のものでした。大剣ではヘイロウ将軍の槍を軽々と受け止めるだけでなく、数回の打ち合いの末、将軍の首をはねています。さらにその前の段階でも、火と水の魔法を使用していましたが、いずれも威力、起動速度共に国中を探しても同じことができる者が見つからないほどでした」
聞けば聞くほど、その大男の将軍が強いことが判明する。
ヘイロウ将軍がどれくらいの強さなのかは分からないが、トリリアントなのだから弱くはないはずだ。
そんな人物を、1対1で軽々と討ち破る。
その強さは、リフィルだって越えるかもしれない。
あるいは魔王にだって届く可能性だってあるだろう。
一瞬魔王【原始】では?と思ったが、【原始】の声は女性だった。その可能性はなさそうだ。
「ヘイロウ将軍はその大男と騎乗で戦ったのですか?」
「いえ、決闘の時は馬から降りていました」
「なるほど、馬の差ではなく、純粋に実力でヘイロウ将軍に勝っていたということですね」
「お恥ずかしながら、相手の方が圧倒的に勝っていたと言わざるを得ないでしょう」
その話を聞きながら、私は考える。
ヘイロウ将軍はその男と一騎打ちをして敗北した。
それなら。
「一騎打ちの際に、名乗り上げはしなかったんですか?名前だけでも分かるのでは?」
「名乗り上げは行いました。遠くで聞いていただけですが、大男は名乗りませんでした。……名乗る価値がないと」
「そ、そうですか……」
思わず苦笑いをしてしまった。
凄い自信の持ち主だ。
「今ある情報は、これで全てです」
「ありがとうございますヨハン将軍」
「それでは皆様は準備の方を。いつ騎馬隊が来てもおかしくないですから」
「はい」
敵は、ロスヴェイル国の将軍クラスの人間。
おそらく今まで戦った敵の中でも上位に入る程の強敵だろう。
今まで強敵と戦うときは、いつもいきなりだった。
クロムと戦ったときは、彼の正体を直前で知った。
ヒビキはいきなり現れて、いきなり攻撃をしてきた。
キルシュでの黒い獣は、強敵かどうかがよく分かっていなかった。
ネクステスでは、山頂の魔物が【幻影】ではないとなんとなく感じていたために、不安になったくらいだ。
覚悟して、圧倒的な格上と戦うのは初めてかもしれない。
そう感じているのは私だけではないだろう。
エヴァも、いつも余裕そうなロゼリアさまも、拳をぎゅっと握っている。
「勝とう……皆で」
「お姉様……うん、勝とう!」
「そうですね。気持ちで負けていてはダメですね」
「私も頑張るよ!」
「ルナは張り切りすぎないでくださいね」
「じゃあ事前に……テスタロッサの確認……しとこう」
「こんなところで、負けるわけにはいかないからね」
エヴァが、ロゼリアさまが、ルナが、ムースが、ミストが、ユウリィが。
私に応えてくれる。一人なら勝てないだろう。
でもみんなと一緒に、勝つんだ。
事態が動いたのはその日の夕方だった。
ミストによるテスタロッサの確認も終わり、緊張した面持ちで敵陣を見つめていた時に、その声は響いた。
「敵襲!敵襲!正面、騎馬隊です!敵将の姿も見えます!」
来た。敵陣が動き、真ん中に道を作る。
向こうから、軍団が馬で駆けてくる。
その姿はやがて大きくなり、その姿がはっきりと確認できるようになる。
先頭を走るのは、黒い馬に跨った、漆黒の甲冑の男性。
あれが、敵の将軍。
遠くからでも分かる威圧感。体を押しつぶすような重圧。
分かる。あれは、クロムやヒビキと同じだ。
私達とは違う次元に居る、何かだ。
体が悲鳴を上げる。足が震える。逃げ出したくなる。
けれど、逃げるわけにはいかない。ここで逃げれば、みんな死ぬ。
私の護りたいものが、全部。
「大丈夫」
「大丈夫です」
不意に両手を温かさが包んだ。
左手をエヴァが、そして右手をいつの間にか現れたリフィルが握っていた。
「なんだ……?」
「エルフ?」
「馬鹿な、さっきまで居なかったぞ……」
リフィルの登場に、味方の兵士さん達が動揺する。
けれど、彼女達ほど心強い仲間は居ない。
そうだ、私には頼れる妹がいる。世界で一番強い騎士がいる。
私は、一人じゃない。
「ありがとう、二人とも。勝とう!」
「では、まずは引きずり降ろしますか」
私の言葉にうなずいたリフィルはテスタロッサを開放。
装飾の施された細剣を両手で握りしめ、構える。
感じ慣れた風が、体を吹き付ける。
突き出した剣先から、竜巻が騎馬隊に跳ぶ。
それを見て、戦闘の大男が何かを叫んだ。
騎馬隊はすぐに2つに分かれていく。リフィルの竜巻を、避けるかのように。
その動きを見てサイラスさんとセバートさんが動いた。
騎馬隊を引き付けてくれるのだろう。
ヨハンさんも軍を動かしてくれている。
敵の騎馬隊は2つに分かれた。たった一人を除いて。
そのたった一人、先頭を走る大男はそのまま加速し、馬と共に高く跳びあがる。
リフィルの竜巻を避け、彼はそのまま大剣を空間から取り出す。
その様子を見て、エヴァが彼目がけて飛んだ。
「うおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
「はああああぁぁぁぁ!!」
2人は叫び、大剣とテスタロッサが激突する。
大きな金属音がオリエント荒野に響く。
そのたった一度の打ち合いで、エヴァも大男もお互いにはなれる選択肢を取った。
男は馬から飛び降り、エヴァも弾かれる形で私の元へと戻ってきた。
慌てて近寄るものの、怪我は見当たらない。ただ、その腕はしびれているように見えた。
「なるほど」
その言葉は、低く、妙によく聞こえた。
顔を向けてみると、大男はこちらをじっと観察していた。
その横を、漆黒の馬が駆け抜けていく。
「これは面白い。よくここまでトリリアント相当の人物を。……楽しめそうだ」
大男は、私達を見て歯を剥いた。




