第96話 各国の王たち
城塞都市エーデルワイスへの道を馬車が走る。
私達の乗る馬車の周りには、多くの人たちが並走していた。
馬に乗る者、馬車に乗る者、かなりの大人数での移動だ。
それも仕方のないことだろう。
今この集団にはガイウス王、ロゼリアさま、アークくんといった皇族が居るのだから。
「アリュート絶海はキルシュ国で見たあの氷河ですよね?それで死の森はユグドラシルの北西の森。なら、オリエント荒野は……」
「オリエント荒野はコンウェル国とロスヴェイル国の間に広がる荒野です。その名の通り、植物の生えない荒廃した大地となっています」
「そうなんですね……本当に戦争が……起きてるんだ……」
馬車の中でロゼリアさまと会話をする。
「ロスヴェイル国は魔物と軍の混合部隊で進軍をしているようです。ルヒーネが言っていたことは、この戦争のことを指していたのでしょうね」
ネクステスのタゴイラ山で戦ったルヒーネ。
彼女は魔物を作り出す科学者だった。彼女はこの戦争が起こることを理解していたのだろう。
魔王を知っているような発言もしていたし、【原始】に近い人物とみて間違いなさそうだ。
「今回の会議の参加者はエディンバラ、ネクステス、ユグドラシル、コンウェル、キルシュです。戦争である以上、私たち小隊がどの場所に派遣されるかも議題の一つでしょう」
アリュート絶海、死の森、オリエント荒野。
そのどれもが、厳しい環境のように思える。
そんな場所で、ルヒーネが作った魔物とロスヴェイル国の兵士たちと戦わなくてはならない。
「どこが辛いとか、どこが楽とかあるんでしょうか?」
「どうでしょう?地の利を考えるとアリュート絶海が厳しいですが、死の森も木々のせいで視界が悪い筈です。オリエント荒野も砂で足場が悪いと聞きますし。一概にどこがとは言えませんね」
「そう……ですよね」
3つの地域。その過酷な環境を聞いて、私は黙り込むしかなかった。
その後、エーデルワイスに着くまで私達の間には沈黙が流れていた。
それに耐えられなくて、隣に座るエヴァの手のひらを、ぎゅっと握っていた。
城塞都市エーデルワイス。
高い城壁に囲まれた都市は、かつての戦争の際に要所の一つとなった場所らしい。
この場所を起点として、エディンバラは戦争に勝利し、今の世界での地位を確立したのだとか。
時代が流れた今は、その城塞が戦争目的でつかわれることはなかった。
今日この時までは。
馬車を降りてエーデルワイスの中央にそびえる建物へと入る。
元々使われていた軍の司令部のような場所。
その奥にある大きな扉を開ければ、巨大なテーブルが目に入った。
「ここで……会談が……」
前世ではテレビでしか見たことがない光景。
それぞれ装飾の施された椅子が2つおかれている。
王と、次期後継者のものだろうか。
それが全部で5つ。
その一番奥の席に、ガイウス王は腰を下ろした。隣に、アークくんが着席する。
私達はその後ろに立った。ガイウス王の後ろに大勢が並ぶ姿は、威圧感がないだろうか。
しばらくすると扉が開き、2つの黒が視界に入る。
「ガイウス王、久しぶりだな。それに、後ろのローズ小隊には世話になった」
「ヴォルフスブルク王、元気そうでなにより。我が魔法師団が力になったようでなによりだ」
つい最近であったばかりのヴォルフスブルク王は笑顔を浮かべてガイウス王と会話をする。
けれど二人とも笑ってはいるが、探りあっているような、そんな雰囲気だ。
その後ろには護衛として同行したであろうユエさんとクライスさん、そして。
「ルナ!ルナじゃねえか!」
「……どうも」
「おいラーク、辞めろ。会談の場だぞ」
「す、すみません父上……」
その隣に居たラークさまはルナの姿を見つけるなり、嬉しそうな声を上げた。
すぐにヴォルフスブルク王に諭されていたが。
なんとなくルナを前まで持ってきて後ろから抱きしめる。
私達のそんな様子を見て、ラークさまは目を見開き、わなわなと震え始めた。
ふっと鼻で笑うと、ビキビキと怒りが聞こえてくるようだ。
だからねエヴァ。いつものラークさまとのやり取りだから、わき腹を抓るのはやめてくれないかな。
お姉ちゃん、ちょっと痛いな。
「おぉ、皆さん、お久しぶりじゃのう」
続いて入ってきたのは、ユグドラシルの長老ジルヴァさんだった。
後ろにはライネスさんの姿も見つけた。
ジルヴァ長老の隣にはソラスさまも同行している。
彼はムースの姿を見つけると、笑顔で小さく手を振った。
「いやぁ、それにしても大変なことになった。なんとか抑え込んではいるものの、ロスヴェイルというのは強大な戦力を保持しているようじゃの」
「3方向に分かれても、1国に苦戦するほどの戦力か。おもしれえじゃねえか」
席に着いたジルヴァ長老の言葉に、ヴォルフスブルク王が反応する。
ヴォルフスブルク王はその見た目通り、戦いが好きなようだ。
そんなことを思っていると再び扉が開く。
部屋に入ってきたのは、キルシュ国のアリア女王だった。
彼女の後ろには、ヴァイスさんと見知らぬ女性が付き従っている。
以前会わなかった席次の方だろうか。
「皆さん、遅くなり申し訳ないです。アリュート絶海での戦いが長引いていましてね」
疲れたようにそう呟くアリア女王。
彼女は席に腰を下ろす。その隣には、誰もいない。
アリア女王の後ろに立った女性は、ジルヴァ長老の後ろに立つライネスさんにウインクをした。
ライネスさんを見ると、困ったように苦笑いをしている。
2人は、知り合い?
そんなことを思っていると、再度扉が開かれた。
入ってきたのは、白髪のおじいちゃんだった。
残っている国は一つだけ、つまりこのおじいちゃんが。
「遅くなって申し訳ない。私で最後かな?」
彼の後ろには筋骨隆々の2人の男性が従っている。
おじいちゃんは席に座る。その隣の席は空席のままだ。
「ルイネルの爺さん、大変みたいだな」
「困ったものだ。今こうしている間も我が国は疲弊していく一方だよ」
コンウェル国王、ルイネル・エース・コンウェル。
なにかきな臭い雰囲気のコンウェル国の王様は、気弱そうなおじいちゃんだった。
「さて、全員揃ったな。それでは、会談を始める。議題はもちろん、ロスヴェイル国との戦争についてだ」
ガイウス王が会談のリードを取る。
「現在、ロスヴェイル国はアリュート絶海、死の森、オリエント荒野へと進軍。それぞれをキルシュ、ユグドラシル、コンウェルで対処に当たっている。ネクステス、エディンバラ、アズマは3国に対して軍事協力を行うつもりだ。ちなみにアズマは今回の戦争ではエディンバラに協力する」
ロスヴェイル国に対して、全ての国で当たる。
世界を巻きこんだ戦争が、こんな簡単に起こるなんて。
「ふむ……これだけの軍が集まればロスヴェイルといえども、敗戦は必至だろう」
「確かにな」
安心したような声を出すルイネル王。
それにヴォルフスブルク王も続ける。
「かの国の王は、魔王【原始】だ。俺は戦ったことはないが、魔王ってのが相当強いのは分かってる。とはいえこれだけの国力なら流石に大丈夫だろ?」
ヴォルフスブルク王の声を聞いて、私は気づく。
そうか、ここにいる人たちは魔王の強さを知らないんだ。
ヴォルフスブルク王も【幻影】を警戒していた。けれど、ここまで多くの国の力なら勝てると確信しているようにも見える。
「我がエディンバラとしては、これでもギリギリの戦いになるのでは、と読んでいる」
ガイウス王の一言に、会場が静まり返る。
ヴォルフスブルク王もルイネル王も、訝しげにガイウス王を見つめていた。
「我が国が発表した2人の魔王、【天】と【緋色】。それらを退かせることでさえ、かなりの戦力を使用した。学園の教員全員でも、倒すことはできなかった」
実際にアイリス先生達はヒビキとの戦いに参加していないが、その前のクロムとの戦いには参加した。
クロムの話は公表していないので、織り交ぜて話をしているのだろう。
「エディンバラ学園はトリリアントを多く抱えていたな。それでも勝てなかったと?」
「そうだ」
「それならば、なぜ魔王【天】は撤退したのですか?」
話を静かに聞いていたアリア女王が質問をする。
ガイウス王は少しだけ言葉に詰まったが、やがてはっきりと口にした。
「学園にて、【天】を見つけた【緋色】は戦いを挑んだ。【緋色】にとって【天】は因縁の相手なのだろう。結果として、2人の魔王はお互いに傷つき、2人ともがエディンバラを去った。その戦いは熾烈で、手を出すことすら難しかったという。その戦いを、後ろのローズ小隊が経験している」
「そういえばローズ小隊は魔王との戦闘経験があったな。どうだ。お前たちは魔王をどう考えている」
「……災害と、そう考えています」
ロゼリアさまの返事に、各国の王たちが息を呑んだ。
「【天】は刀一つであらゆるものを斬ります。概念、距離、天気、文字通りなんでも」
ヒビキの強さを教えられて、ヴォルフスブルク王は目を見開いた。
信じられないだろう。私だってこの目で見て、それでもなお目を疑ったほどだ。
「【緋色】は武力も魔法も規格外の人物です。彼女は力を制御するつもりがない。ただ全力で戦うだけで、国は亡ぶでしょう」
レアさんの本気は底が見えない。
武力も魔法も、威力が規格外だ。それにヒビキを一方的に嬲った黒い煙もある。
「【世界】はそれこそコンウェル国の方が詳しいのではないでしょうか。私達の使う魔法とはそもそも違うものを行使する絶対者。彼相手にコンウェル国はかつて負けているはずです。ですが、国の数を、戦力を増やしたからといって【世界】を倒せますか?」
「私は【世界】とコンウェル国の戦争を経験していない……だが……歴史書を見るに、確かに……」
ロゼリアさまの言葉に、ルイネル王は目を伏せた。
おそらく彼も魔王の強さについてはなんとなく分かっていたのだろう。
それでもこれだけの戦力があれば、と思ったのだろう。
「我が娘の強さは知っているだろう。その娘の魔王に対する評価だ。そして【原始】は最古の魔王。それならば、その力は【天】や【緋色】、【世界】より上でもおかしくはない」
沈黙が、部屋を支配する。
各国の王は、魔王の話を聞いて考え込むそぶりを見せていた。
やがてそれに耐えかねたのか、ルイネル王が焦ったように発言をする。
「な、なら他の魔王は!?他の魔王に協力を要請してはどうだろうか?」
「……ルイネル様、なら逆に、【世界】に協力要請できますか?」
「ぐ……」
アリア女王に言われて、ルイネル王は黙り込んでしまう。
テスタさんとは一度出会い、話をした。けれど、国家や権力者に媚びるような人ではない。
自分の家までロスヴェイル国に進軍されれば抗うと思うが、今の段階では難しいだろう。
「それに、他の魔王の所在も分からんからのぉ。不確かな力に頼るよりも、確かな力に頼るべきじゃろう」
「ジルヴァ長老の言う通りだ。今回集まってもらったのはロスヴェイル国の強さを再確認することと、ネクステス、エディンバラの軍をどこに派遣するかだ。そちらの話に移ろう」
話が魔王から軍の派遣へと移り変わる。
会談の結果、エディンバラはユグドラシルとキルシュに、ネクステスはコンウェルとユグドラシルに軍を派遣することになった。
「ところでローズ小隊だが、どこに向かうんだ?」
話がまとまったところで、ヴォルフスブルク王はロゼリアさまに聞いた。
エディンバラはユグドラシルとキルシュに派遣するので、そのどちらかかと思うのだが。
「私達はユグドラシルの死の森に進軍するつもりです」
「ちょっと待ってくれ!」
ロゼリアさまの声を、大きな声がかき消した。
声を出したルイネル王は、深く頭を下げる。
「た、頼む!ローズ小隊にはオリエント荒野を担当してもらえないだろうか?」
「ルイネル王、エディンバラはキルシュとユグドラシルに軍を派遣すると決めたばかりだが……」
「それは分かる!だがローズ小隊はエディンバラの人物だけで構成されているわけではない!戦力の足りないコンウェルに助力してもらえないだろうか!?」
ルイネス王の突然の懇願。ガイウス王は一度は断ったものの、ルイネル王は頭を下げ続ける。
確かにルイネル王の言う通り、私達の小隊は様々なメンバーで構成されている。
言いたいことは分かるのだが……。
突然のルイネル王の言葉に、ロゼリアさまも困惑しているようだ。
「そういった意味ではキルシュにもローズ小隊の助力が欲しいですね」
「待ってくれ!キルシュ国にはトリリアントが多い!一方でコンウェルはキルシュ程の戦力がないのだ!頼む!」
「……そう言われると、何も言えませんね」
アリア女王の言葉に、論理的に切り返すルイネル王。
相当ひっ迫しているのだろう。彼にはもう余裕がないように思えた。
「オリエント荒野か……ロゼリア、どうだ?」
「え、えぇ……急に言われましても……」
「ローズ皇女殿下、頼む!」
ガイウス王は判断をロゼリアさまに委ねた。
ルイネル王はロゼリアさまを直視し、頭を再び下げる。
「儂は構わんよ。エディンバラとネクステスの援軍を考えると十分すぎるくらいじゃ」
「まあ、私も国力のことを出されると言い返せませんしね」
十分な戦力を持つユグドラシルとキルシュは、構わないらしい。
ガイウス王はロゼリアさまを見て、諭すように口にする。
「ロゼリアよ、良いのではないか?コンウェルにはネクステスの軍も向かう。それにルイネル王が我が愛娘を危険にさらすようなことはあるまい。最大のサポートをしてくれるのだろう?」
「もちろんだ!私の全権力を持って、ローズ小隊をサポートすると誓おう!」
「……分かりました。オリエント荒野に向かいます」
しぶしぶといった様子で、ロゼリアさまは受け入れた。
ユグドラシル、キルシュに譲られ、ここまでコンウェル国に懇願されては断ることもできない。
「よし、これで軍事についての会談は終了だな。我らはこれより同盟国だ。ともにロスヴェイル国の非情な侵略を抑え込み、かの国へ報復を行う」
ガイウス王の言葉に、各国の王たちが頷く。
世界を巻き込んだ戦争が……始まった。
その様子を見ていた私は、エヴァ達が何かを深刻に考えていることには気づかなかった。




