第92話 山の頂に居るのは誰?
エメルディアを発ってから数日後、私達はネクステス連合王国の首都、ガーネリアに来ていた。
ここでネクステスのヴォルフスブルク王から任務について聞くためだ。
見覚えのある城下町を進めば、王城が見えてくる。
ガーネリアを訪れるのは2回目。
2年前に訪れたときと同じく、街は活気に満ちていた。
サイラスさんに案内され、城の中へ。
キルシュ国の王城と比べると、お城というよりも宮殿のような作りになっていた。
色も黒が基調に使われている。広い宮殿を一直線に進み、謁見の間へ。
大きな黒い扉を開ければ、ヴォルフスブルク王が出迎えてくれた。
「来たか。待ちくたびれたぞ」
玉座に座り、足を組むのはネクステス連合王国のヴォルフスブルク・ヴォン・ヴァレンタイン国王だ。
くすんだ黒い短髪に、いくつかの刀傷が痛々しい。漆黒の瞳は私達を見極めんと、じっとこちらを見ている。
学園でのラーク先輩を大人にしたような、そんなイメージだ。
まあ、彼の父親なのだから当然なのだが。
そしてその後ろにはルナの母親であるユエさんと、もう一人見覚えのない男性が立っていた。
「お久しぶりですね、ヴォルフスブルク王。エディンバラでの会談以来でしょうか」
「そうだな。今回は力を貸してくれるとのことで、感謝している。お前たちの活躍については聞いている。その手腕を、俺の国でも存分に発揮してほしい」
私たち一人ひとりをしっかりと見て、ヴォルフスブルク王は頷く。
粗暴なイメージがあったが、こうして一人一人に向き合ってくれるのは嬉しい。
彼は座ったまま、「さて」と本題を切り出した。
「パル山脈は知っているな?」
「はい、ネクステス中央の山脈ですね」
「そこのタゴイラ山にて、不可解な動きがある」
パル山脈はネクステス連合王国中央にある山脈で、タゴイラ山はその一部だ。
山脈の中で最も標高が高い2つの山の一つ、ということだったはず。
パル山脈の山にはダンジョンがあったはずだが、タゴイラ山ではなかったはずだ。
「事の発端は数か月前。タゴイラ山の山頂に正体不明の人物が棲みついたことから始まる。最初は遭難者かと思い、救助隊を派遣したんだが、その人物は救助隊を皆殺しにした」
いきなり始まる重い話に、顔が曇るのを感じた。
私の様子を気にすることなく、ヴォルフスブルク王は続ける。
「その後、4将軍であるクライスに軍を任せ、その人物の確保、または殺害を行った。……結果、話し合いの余地なしと判断し、クライスがその人物を処理した」
「処理……したのですか?」
「ああ、クライスは間違いなく死亡、および消失を確認した」
「消失?」
ロゼリアさまの困惑した声が響く。
死亡したのなら、死体が残るはずだ。
けれど、それが消えたとは、どういうことだろうか。
「クライスが戦った人物は、黒い影のような男だったという。それに勝利し、とどめを刺すと、男は崩れ落ち、その欠片は風に乗って消えた。辺りを散策したが、他に敵は見つからなかった。だから撃破した。そう思った」
「……また、現れたのですか?」
ロゼリアさまの質問に、ヴォルフスブルク王はしっかりと頷いた。
溜息を吐き、頭を抱える。
「全く同じだ。黒い影のような男。偵察部隊が確認し、次はユエに向かってもらった。ユエも同じように男に勝利し、その姿は崩れ、風に乗って消えた。……だが」
「……また」
「ああ、そうだ。また現れた。影の男だ。同じように軍を派遣して討伐しようとも考えたが、終わりが見えない。それに、気になる点がいくつかある。クライスとユエの証言を合わせると、ユエが戦ったときの方が強くなっているように感じるのだ」
その言葉に衝撃を覚える。
それではまるで、敵が進化しているみたいだ。
倒すたびに強くなるなら、なんとかしなくてはまずい。
「そしてもう一つ。4将軍とある程度渡り合えるだけの実力。そして影のような男。もしも、もしもだ。それが分身であり、本体がもっと強いなら……それはかの魔王【幻影】の可能性もある」
「【幻影】、ですか?ですがあれは正体不明のはず」
「あぁ、だからあくまでも可能性の一つだ。自然発生した人型の魔物の可能性もあれば、他国の兵器の可能性もある。だが、あらゆる可能性は考慮すべきだ」
ヴォルフスブルク王の言う通りだ。あらゆる可能性を考えておいた方がいいのは間違いない。
けれど、魔王【幻影】を私は一度だけ見ている。
光を纏った、輝く騎士。その特徴と、山頂の男性は似ても似つかない。
あれが【幻影】であるかどうかは分からない。あの光の騎士は何も言わなかったし、クロムがそう呟いたのを聞いただけだ。
けれど、あのクロムがあそこまで追い詰められた状態で、そんな嘘を言うだろうか。
私には、そんな風にはとても思えなかった。
とはいえこんな場面で、その男性は【幻影】じゃありません、なんて言えるわけもない。
「もしも魔王が相手なら、それはネクステスのみならず各国で力を結集して取り扱うべき事件だ。まあ、前代未聞の戦いにはなると思うが……。そのためローズ小隊には山頂の男についての偵察を依頼したい。もし魔王なら、即座に撤退してくれ」
私達が【天】と戦ったことを、おそらくヴォルフスブルク王は知っている。
【深淵】の時は情報が伏せられたが、【天】と【緋色】の情報はエディンバラ自らが開示した。
それなら、私達がそこに関わっていると、国王なら知っていても不思議じゃない。
だからこそ、私達にこの任務を依頼したのだろう。
山頂に居る影が、何なのか。
それが少しでも分かるために。
「山頂には、サイラスとクライスを同行させる。頼んだぞ」
「かしこまりました」
ヴォルフスブルク王の言葉に、ロゼリアさまはしっかりと答える。
目的地は、タゴイラ山。そこに居るのは、魔王ではない誰か。
偵察任務ではあるものの、なにか嫌な予感がした。
パル山脈はネクステスの中央にある標高の高い山々だ。
タゴイラ山は2つある標高の高い山のうち、ガーネリア側にある。
山を丸々一つ越えなくて済むので、そこはありがたかった。
整備されていない道を、私達は歩いていく。
舗装されては居ないが、踏み慣らされてはいて、ネクステスの人たちがこの道を通ったことはよく分かる。
その道を、サイラスさんとクライスさんと共に登っていた。
「クライスさん、山頂の男の人は一言も話さなかったんですか?」
ネクステス4将軍の一人、クライス・ゼファー・アイリッシュさんに質問をする。
セバートさんと同じダンジョンを攻略した、トリリアントだ。
黒の長い髪で片方の目を隠し、細身だが隙がない。
種族は黒豹で、ここまでの様子を見るに寡黙なタイプのようだ。
けれど、山を登り慣れていない私達を気にかけてくれて、優しさを感じた。
そんなクライスさんは、サイラスさんに目線を向けようとしない。
最初は仲が悪いのかと思ったが、そうではないようだ。
『クライスさんは恥ずかしがりやなんですよ』
『君は無防備すぎる。いくら獣人とはいえ、もう少しお淑やかにふるまうべきだ』
どうやら、初心な性格のようである。
私もロゼリアさまやリフィルの大人の女性の色気にやられてしまうことがあるので、よく分かる。
「あぁ、そうだよ。何回か声をかけたし、斬りあっているときにも名前を聞いたりしたんだ。けれど、無反応でね」
クライスさんは丁寧に答えてくれる。
言葉を発さないのは、【幻影】と同じ。けれど私が見た【幻影】は一瞬だった。
話す暇もなかったのではないだろうか。
今になって考えてみると、魔王【幻影】とは何なのだろうか。
例えば、【深淵】のクロムは魔法が規格外だった。
【天】のヒビキの剣術は異次元だったし、【緋色】のレアさんも相当な強さだった。
【幻影】が行ったことは、クロムの闇の剣ごと彼を斬り裂いたこと。
そこまで考えて、私はあることに気づいた。
属性的に不利であるはずのクロムの闇の剣を、光の魔力を持って斬り裂いた。
それがどれだけ規格外であるのかに。
例えば今まで出会った最も強い光の魔力の使い手はキルシュのヴァイスさんだ。
けれど彼でも、クロムの闇の剣を斬り裂くことは無理だろう。
相性すら越えた力を行使した【幻影】が、どれだけ強いかが窺い知れる。
(山頂に居るのは【幻影】じゃないと思う……けど……)
いつか、戦うことになるのだろうか。あのとき私を護ってくれた光の騎士と。
レアさんといい、将来的に戦うことがなければいいなと思う人が多いなと、今更ながら思った。
(あれ?あの塔……)
ふと、向こうの山に、天まで伸びる塔を見つけた。
学園の教科書で見たことがある。タゴイラ山と双璧をなすもう一つの山、アメジラ山にそびえる、その塔は。
「ルアの塔……すごい高さ……上が見えない」
ミストが上を向きながらそう言う。
ルアの塔はダンジョン。けれどその最上階は雲に隠れて見えない。
冒険者や国の要人は、ダンジョンをクリアしてトリリアントになる。
けれどあの塔は、長いこと攻略されていない。
それはあの塔に棲みついた魔物が強すぎるからだという。
低層階ですら軍人でも苦戦する魔物が多く、まだ10階層にも到達していないとか。
「……そのうち、挑んでみたいね」
「……意外と……早いかも?」
「え?」
ミストの言葉に私は聞き返したが、彼女は眠そうな目のまま先に行ってしまう。
今のは、何だったのだろうか。
そう思ったものの、再び聞き返す気にはなれなかった。
もう一度見たルアの塔は、やはり最上階が見えなかった。




