第77話 歴史の都市と、おとぎ話
エクシアで数日を過ごした。
私たちは馬車の人に感謝を告げた後に、キルシュのダイメリスに向かおうとしていた。
馬車での旅はここまで。
キルシュではキルシュ国が用意してくれた馬車で移動することになる。
短い間でしたがお世話になりました、と告げると、馬車のお爺さんは嬉しそうに目を細めていた。
「ここからキルシュなんだよね?」
目の前にかかっている大きな橋を見ながら、ルナが聞く。
それに答えたのは、ムースだった。
「はい。ノースタリア河口に架かるこの橋を越えると、ダイメリスに入ります。ダイメリスは歴史の都とも言われているんですよ」
「キルシュは長い歴史の国らしいね。だからダイメリスにある歴史の書物とかも、相当な数らしいよ」
ユウリィが説明を引き継ぐ。
歴史の書物か。ちょっと興味あるかも。
そんなことを思いながら、私たちは橋を渡り始めた。
橋を渡り、ダイメリスに入る。
先ほどまで居たエクシアとは違い、どちらかというと静かな雰囲気の街だった。
歴史の街だけあって、学者のような人が多くいる。
「とりあえず、都長の元に行きましょう。ダイメリスに着いたら伺ってくれと言われています」
ロゼリアさまの言葉に従い、都長の家へと向かう。
道行く人に場所を聞くと、すぐに教えてくれた。
街の中央に建つ大きな建物に、都長が居るらしい。
建物の入り口で警備の人に声をかける。
エディンバラ皇国の兵士さんとは甲冑が違っていて、私たちがキルシュ国に来たのだと改めて感じた。
そこからは早かった。
ロゼリアさまの言葉で兵士さんはすぐに動き、そのまま都長さんとの面会となった。
建物の中に入り、階段で最上階に向かう。
大きな扉の向こうに、その人は立っていた。
「ようこそキルシュ国のダイメリスへ。お待ちしておりました。私は都長のティティア・リンスと申します。ティアとお呼びください」
可愛らしい名前とは裏腹に、都長さんは凛とした美人さんだった。
眼鏡をかけていて、仕事ができるキャリアウーマンのようなイメージだ。
ロゼリアさまが代表して挨拶をすると、笑顔で応じてくれた。
「我がキルシュの依頼を受けてくださり、ありがとうございます。ここから先は我が国が案内を行います」
その言葉に、ティアさんの後ろに控えていた女性が前に出た。
軍服を着た、ティアさんと同じく綺麗な女性。
短く丁寧に切りそろえられた茶髪に、同じ茶色い瞳。
眼鏡をかけていないけれど、知的なイメージがある。
彼女は敬礼をして、私たちに頭を下げる。そして頭を上げ、自己紹介をした。
「始めまして、キルシュ国軍第4席、リースレット・クローディアです。リースとお呼びください。ここからは私が皆さんを案内いたします」
キルシュ国軍第4席。
リースさんはそう言った。
キルシュ国に来る前に、キルシュの内部情報については復習していた。
エディンバラとは違い、キルシュには軍が一つしかない。
それがキルシュ国軍だ。
そしてその中で将軍のような位置にあるのが、「席次」と呼ばれるもの。
「席次」は全部で7人居て、リースさんはその4番目とのことだ。
ちなみに席次の番号は実力というわけではないらしい。
そんな人が私たちの案内役。
これはキルシュ国としても、今回の任務に力を入れていることが予想できる。
「皆さんには明日にキルシュの首都パンテオンに向かってもらいます。それまでの間はダイメリスでゆっくりしてください。色々と見たいところもあるでしょう。もしも気になる場所があれば、言っていただければ案内をします」
「あ、それじゃあ私、歴史についてちょっと知りたいかも!」
リースさんの言葉に、ルナが飛びついた。
この世界における歴史。それは私も興味がある。
「私もちょっと気になるかな」
「それなら時間もあるし、皆で行こうか」
エヴァの言葉に、皆は頷いた。
「それでは歴史を紹介する観光ツアーで行きますね!」
「観光……ツアー?」
リースさんの言葉に、思わず返してしまう。
当の彼女は何かに気づいたのか、顔を真っ赤にしていた。
「す、すみません、私この街で観光案内を趣味でやってまして、その癖で……」
あはは、と頭を押さえて苦笑いするリースさん。
その姿に、最初に見た凛とした綺麗なお姉さんのイメージはもうなくなっていた。
「ここがダイメリスの大図書館です。各種書物から、歴史書など、さまざまなものがあります」
リースさんに案内されたのは、大きな大きな図書館だった。
エディンバラ学園にも図書館はあったが、ここはその比ではないくらいに大きい。
これだけ多数の本、全て読み切るなど一生をかけても無理だろう。
「それでは気になる本を手に取って読んでみてください。ただ持ち帰るのはだめですよ。あ、もしも何か質問があれば遠慮なく聞いてくださいね」
リースさんがそう言った後、私たちは中に入る。
各々別れ、思い思いの棚へと向かう。
私が向かったのは、歴史の本棚だった。
(こっちは近代で、向こうが古代か)
棚の上のラベルを見ながら、目当ての棚の本を手に取る。
いろいろ手に取ると、学園では学びきれなかったことが、詳しく書いてあった。
(ラッド戦争……魔王【世界】とコンウェル国による戦争。【世界】が勝利し、コンウェル国は【世界】に今後干渉しないことを取り決める)
「師匠の記述だね」
本を見ていると、いつの間にか後ろにいたエヴァが声をかけてきた。
少しびっくりしたが、声を上げるほどではなかったので良かった。
「大体300年くらい前って、エヴァのお師匠さんそんなに長生きなの?」
「っていうか年を取ってないみたいだね。魔王になったから、成長も止まったとか?」
そんな話を聞きながら、本に目線を戻す。
(赤夜事件……魔王【世界】と魔王【天】【深淵】との戦い。魔王【世界】が勝利)
以前リフィルが言っていた、ヒビキとクロムに他の魔王は勝っているという話。
あれが本当のことであると、歴史には記されている。
ここまでは学園でも習ったこと。けれど、それ以上の深い内容までは書かれていなかった。
「師匠の話からするに、クロム、ヒビキと戦って勝ったことは間違いないみたいだよ」
「……すごいね」
あの2人を相手にして、勝つ。
それがどれだけ難しいことなのか、戦った私にはよくわかる。
それも同時に相手して勝つなんて。
エヴァと一緒に、さらに本を読み進めていく。
けれど過去にさかのぼればさかのぼる程、情報は少なくなっていく。
(白夜事件……約500年前、魔王【原始】と魔王【天】【深淵】との戦い。魔王【原始】の勝利。ユスティア戦争……約550年前、ガリア国が覇権を握るものの、滅びる。約600年前……キルシュ国誕生)
後半の方は、もう本当かどうか分からないようなざっくりとした内容だった。
けれど、ヒビキやクロムは少なくとも500年前から活動しているらしい。
それに、魔王【原始】も。
「こんなのに、勝ったんだね」
「うん……そうだね」
エヴァの言葉に、返事をする。
クロムのことを言っているのだろう。500年も生きている彼相手に勝てたのは大きな出来事だ。
そして、こんな魔王に私たちはまた勝たなくてはならない。
「頑張ろうね」
「うん」
頷きあって、エヴァは別の本を探しにいく。
一人では到底かなわないけれど、力を合わせれば、ヒビキや魔王アインにだって勝てるはずだ。
そんなことを思いながら、他の本棚に目を向ける。
まだ時間はある。図書館を見渡してみると、みんな思い思いの本を手に取っていた。
他に、面白そうな本はないかな。
(神話の本棚……)
目に入った本棚に移動する。
学園では神話の授業はない。歴史の授業の初めで少し触るくらいだ。
ふとその本棚の中で、一冊目についた本があった。
『創世記』
そう書かれていた。
本を手に取る。本は薄く、絵が多く、字も大きかった。
子供向けの絵本のようなものだった。
(どれどれ?)
目を通す。
遥か昔、神はこの世界を作った。
神は大地を空を、そして人を護るための天使を遣わせた。
天使は人が間違いを犯さないように、勇者を作り出した。
勇者は国を作り、その国は勇者を輩出する勇者国となった。
勇者は邪悪なる魔を討伐した。邪悪なる人を討伐した。邪悪なる国を滅ぼした
そして、役目を終えたものは眠りについた。
いつかまた邪悪が現れたときに、また目覚めるだろう。
私たちを、見守っている。
(あ、終わっちゃった)
あっさりと読み終わってしまう。
読むというよりも、目を通したようなものだ。
おとぎ話のようなものだろう。内容も子供向けだ。
「絵本を手にしてるなんて、珍しいね」
ふと声をかけられて左を見ると、ユウリィが立っていた。
彼女の目線は絵本に向けられている。
「あ、うん。ちょっと気になって」
「……そっか。そろそろ時間らしいよ。行こう?」
一瞬、泣きそうな顔をしているように見えた。
けれど次の瞬間には、ユウリィは普通の表情に戻っていた。
見間違いだろう。
「うん、わかった」
絵本を本棚に戻して、ユウリィの後を追う。
隣に並んだ彼女の横顔は、いつもと変わらない様子だった。




