第72話 魔王同士の戦い
「貴様……まさか【緋色】か?……500年ぶりに見たぞ」
ひいろ?……緋……色?
魔王【緋色】のこと?
「思い……だした……■■■■■■■■■■■■」
私がヒビキの言ったことを理解するよりも早く、レアさんはテスタロッサを展開する。
ボロボロの外套がレアさんを包み、ヒビキに突撃する。
拳を振りかぶり、魔力を集めて突き出す。
その一撃を、ヒビキは普刃であっさりと受け止める。
しかし、それを気にすることなくレアさんは拳をヒビキにぶつける。
「お母さまを傷つけた分、返すよ!」
「貴様に母などいないだろう!人間のふりをするな!」
「黙れぇぇぇぇええええ!」
右、左、右とレアさんが拳を振るう。
訓練での模擬戦の時とは全然違う威力の攻撃。
その一つ一つが、リフィルでも完全に防ぎきれないほどの威力。
それを、ヒビキは涼しい顔で防いでいる。
ヒビキは大丈夫でも、普刃には少しづつヒビが広がっている。
「ちっ」
そのことをヒビキも分かっているのか、彼は顔をしかめ、舌打ちをする。
拳をいなしながら、彼はレアさんを蹴り飛ばす。
地面を転がるレアさんを見ながら、彼は楽しそうに叫ぶ。
「500年前に勝負はついているぞ【緋色】!今回は邪魔もない。確実にここで殺してやろう!」
「お嬢さま!」
傷を負ったレアさんの元に、彼女の専属侍女であるシンシアさんが駆け寄る。
一瞬でレアさんの元に現れたように見えたが、彼女はいったい。
「……お前は」
そう呟いたヒビキの目が光る。
「エンシェントエルフ……【世界】のところ以外にも居たのか……」
驚いた様子で呟くヒビキ。
エンシェントエルフ?さっきの緋色といい、ヒビキはなにを言っているのか。
ロゼリアさまたちも話が分からないのか、彼らの中に入れずにいる。
シンシアさんはヒビキの言葉には答えない。
ただレアさんに補助魔法をかけながら、ヒビキを睨みつけている。
「【緋色】にエンシェントエルフにリフィル……流石に普刃では厳しいか」
そう呟いて、ヒビの入った普刃を投げ捨てる。
次にヒビキは空間から一つの刀を取り出した。
先ほどまでの普刃とは違う。
真っ白な鞘に入った、同じく白い柄の刀。
鍔がなく、ところどころに金の装飾が施されている。
どこでも見たことはない。おそらくヒビキ専用のテスタロッサだろう。
「出番だ。『刀』」
そう言って、ヒビキは鞘から刀を引き抜いた。
「刀」、それがテスタロッサの名前?
「自分のテスタロッサに対して、随分と適当な名前をつけるのですね」
リフィルも同じことを思ったのか、ヒビキに聞いていた。
その質問に対して、彼は首をかしげる。
「なにを言って……あぁ、そういうことか」
やがて彼は納得したように自分の『刀』を見た。
「教えといてやろう。この『刀』の力はただ一つ。俺が本気で振っても壊れない、ということだ。それだけは、どの武器にもできはしない。ゆえに俺にとっての刀は世界にこれしか存在しない」
これ以上ないほどの理屈に、私たちは文句の言いようもない。
絶対に壊れない。ならそれが、彼にとってこの世界で唯一の武器。
脱力したヒビキは、次の瞬間にはレアさんに肉薄していた。
速いとか、そういう次元ではない。
その動きに、その場にいる誰もついていけなかった。リフィルや、シンシアさんでさえも。
一閃。まるで強大な何かがぶつかったような衝撃波がレアさんを襲う。
斬撃は地面を削り、彼女をいともたやすく吹き飛ばした。
それは今までの普刃での攻撃とは、一線を画する。
吹き飛ばされたレアさんの体を水が一瞬にして包む。
その水球は地面に落ちると、衝撃からレアさんを護った。
それを見ながら、シンシアさんが何かを唱える。
「ぐっ……!?」
直後、ヒビキの体が揺れる。
体勢を崩し、『刀』を地面に突き刺した。
見えない何かに上から乗られているような、そんな体勢。
「ほう……重力を……一部だけ……増加させるか……お前……名は?」
苦しそうに少しづつ言葉を発するものの、その雰囲気からは余裕が消えていない。
シンシアさんの名前を興味深そうに聞くくらいだ。
「化け物め……私はお嬢様の専属侍女、シンシア・ラグナゲイト」
「……覚えた」
刃を振るい、ヒビキはゆっくりと体勢を立て直す。
これは……重力を、斬った?
「この世界には隠れた強者がまだまだ居そうだ」
そう言ってヒビキは今度はシンシアさんの目の前に瞬時に移動する。
しかしそのヒビキの側頭部を、火の魔法が直撃する。
「今です!」
ヒビキがのけぞったところを、その体を木の根が絡めとる。
ムースの『世界樹の枝』が、ヒビキを拘束した。
リフィルが高く跳び、木の根の頂上にストリームを突き刺す。
光の十字架が、ヒビキを貫く。見たこともない魔法。
にもかかわらず、ヒビキには効いている様子がない。
「っ!ダメですルナさま!」
リフィルの動きに合わせて攻撃態勢に入っていたルナ。
そのルナを、リフィルは咄嗟に風で吹き飛ばす。
突然の事態にルナは目を丸くしたが、そうするしかなかったのだろう。
次の瞬間には、ヒビキは右手を力の限りに動かしていた。
それだけで根がちぎれる。もしルナがそのまま突撃していたら、切り刻まれていただろう。
そのまま『刀』を根に突きさせば、鏡のように根が「割れる」。
ムースの息を吞む音が聞こえた。
「うそ……私の……テスタロッサ……」
「そう」
刀を両手で持ち、天に向ける。
「貴様のテスタロッサの能力を斬った」
「「お嬢様!!」」
全身の毛が逆立つような感覚。
それを感じると同時にリフィルとシンシアさんが同時に叫んだ。
私の目の前に風が舞い踊る。
気づけたのは、そこまで。
次の瞬間には、暴力としか形容できない奔流が、私を襲った。
地面が削られ、後ろから大きな音が響く。
普刃のときとは格が違う。
リフィルに守ってもらわなければ、今頃……。
「リフィル……ありがとう」
リフィルは私だけでなく、ルナ達も風で護ってくれた。
数多くの防御魔法を展開したために、彼女も息を切らせている。
そのとき、誰かが上に飛び上がるのが見えた。
あれは、レアさん?
「っ!レアさん、ダメ!」
空高く跳びあがったレアさん。
そのさらに上に、ヒビキの姿が見えた。
「墜ちろ、【緋色】」
その声に、ようやくレアさんが気付いた。
けれど、もう遅い。ヒビキは刀を振りかぶっている。
刀が、レアさんに迫る。
その間に、シンシアさんが急に現れた。
ベストなタイミングで、ヒビキの攻撃を防ぐ。
「お前が斬っているのは空間。正確には対象との距離を斬っている。だから瞬時に消えたように見えているんだ。けれどその動きを読めればお前の動きも分かる。さあ【天】、お前の最大の一撃は防いだ!ここから反撃――」
「なら、無限に堕ちろ」
剣をもう一度構え、ヒビキは振りかぶる。
嫌な予感が……する。
「お嬢様!」
私を護るように覆いかぶさるリフィル。
その腕に抱かれながら、空を見上げた。
次の瞬間、さっき見た最悪の光景が再現される。
シンシアさんとレアさんを巻き込むように、斜め下方向にさっきの衝撃波。
当然シンシアさん達は防ぎきれずに、飲み込まれる。
地面に激突したのが見えたが、すぐに衝撃と砂ぼこりで見えなくなってしまった。
正面からあの攻撃を受けた。無事では済まないだろう。
遠くに着地したヒビキも、舞い上がった土煙を見ている。
やがて少しづつ土煙が晴れていく。
そこには、ボロボロになったシンシアさんと、それを抱えるレアさんが居た。
それを認めて、ヒビキが一歩一歩、踏み出す。
もうこの場に彼を止められる人は、居ない。
ダメだ。誰も……あれに勝てない。
「……なに?」
そんな彼の歩みが、止まった。
私を護るようにしていたリフィルが、気づいた。
そして私も、ようやく気付いた。
レアさんの体から、黒い靄のようなものが出ていることに。
ヒビキの雰囲気が、変わった。
「まさか……こうなるとは……」
まるでおもちゃを与えられた子供のような、楽しそうな顔。
わくわくして止まらない、そんな。
「お母さまだけでなく……シンシアまで……」
シンシアさんに回復魔法をかけながら、レアさんが立ち上がる。
後ろ姿しか見えない。その姿が、ブレる。
次の瞬間には、ヒビキは頬を殴られ、吹き飛ばされていた。
地面を転がり、倒れ伏す。今までみたこともない姿をさらしていた。
なにが起こったのか、分からなかった。
振り返ったことも、歩みだしたことも、攻撃したことも、見えなかった。
ヒビキが反応できないのだから、今のレアさんは何かが違う。
「ぐっ……くっ……」
ヒビキが、起き上がる。
『刀』を杖にして、口から流れる血を腕で拭った。
初めて見る、大きなダメージ。にもかかわらず、その顔は笑っていた。
「その力、斬らせてもらう!」
次の瞬間には、レアさんの体を『刀』が貫いていた。
衝撃的な光景に、息が止まる。
けれど笑みを浮かべていたヒビキの表情が、凍った。
「ぐぁ!!」
闇の魔力を纏った一撃が、ヒビキに撃ち込まれる。
目に見えぬほど早いであろう攻撃は、私の目にただ結果のみを示した。
ヒビキを吹き飛ばし、学園の外壁を崩すという結果のみを。
瓦礫に塗れながら、ヒビキはゆっくりと立ち上がる。
「なんとなく思ってはいたが……俺の刀でも……その力を斬れんか!」
「終わりだ……【天】」
レアさんの勝利をみんなが確信した。
あのヒビキが、手も足も出ない。もう、レアさんの勝ちだ。
そう思ったときに、レアさんが後ろに下がった。
闇の濃い魔力を纏った剣が、さきほどまでレアさんが居た場所に突き刺さる。
誰かが、ヒビキの手助けをしている?
「逃げるの?」
息も絶え絶えなヒビキにレアさんが声をかける。
それに対して、ヒビキは笑う。
背後の時空が歪み、門が出来上がる。
「本来……ならば……死ぬまで戦ってもよいが……友が許してくれなくてな」
これまでの戦いで、ヒビキは魔法を一切使用しなかった。
ジン先生も、魔王【天】は魔法を使用しないと言っていた。
ならあの背後の門は、誰か他の。
「【緋色】、この決着は必ずつける。いつかお前も、お前を護る者も斬ってやる。覚悟しておけ」
「何事だ!」
声に振り返ると、ベリアル学園長やジン先生を初めとした教師陣が駆けつけていた。
彼らはヒビキと目を合わせる。ジン先生の目が、はっきりと見開かれた。
「それに、先が見えない者も気になるしな」
ヒビキはそう言い、私達を一瞥。踵を返し、門の中へと消えてしまった。
それを見届けた後に、レアさんはテスタロッサを解除する。
解除すると同時に、黒い靄も消えてしまった。
彼女はシンシアさんの元に歩み寄り、肩を貸す。
そして私たちを見て、微笑んだ。
「【天】が来なければ、卒業までは学生でいれたかな。でもあなたたちとの一年、楽しかったよ」
「まっ――」
私が声をかけようとした瞬間に、レアさんとシンシアさんは消えてしまった。
後には、2人の魔王が激突したことを示す痛々しい事実だけが残っていた。
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