第70話 剣の頂【エヴァSide】
魔王【天】
本名は、ヒビキ。
そんな彼を相手に、私ができることは。
「オーバーライトぉおおおお!」
右手にオーバーライトを発動し、私は駆け抜ける。
あいつは言った。見つけたと。不可解な力と。
その力を持っているのはお姉様しかいない。
お姉様を、殺させはしない。
駆け抜ける私を見ながら、ヒビキは空間から一般的なテスタロッサ『普刃』を取り出す。
ヒビキは原作でも2段階あるボスだ。今の一段階目でさえ、私は倒したことが数えるほどしかない。
けれど、ここで私が負ければ、お姉様が死ぬ。
決死の覚悟でオーバーライトを振るう。
それはいとも簡単に普刃に防がれ、その瞬間、私の全身の毛が逆立った。
来る!
「跳んでぇぇぇええええええ!」
強い思いで叫び、オーバーライトの力で後ろに跳ぶ。
そうしなければ、今頃私の体は細切れになっていただろう。
事実距離を取ったにもかかわらず、体中に浅い切り傷ができている。
オーバーライトの力をもってしても、避けるのが精いっぱい。
クロムの時も思ったけれど、魔王は次元が違う。
一人で到底かなう相手じゃない。
「エヴァ!」
逃げろと言ったのに、お姉様が駆け寄ってくる。
今だけはその正義感を恨んだ。
「なんてことを……絶対に許さな――」
「ダメ!お姉様!」
すぐにお姉様を抱えて横に跳ぶ。
今まで私たちが居たところを、斬撃が通り過ぎた。
お姉様は分かっていない。ヒビキの狙いは、私じゃない。
「赤髪、お前には興味がない。若い芽を摘むのは主義に反する。そこをどけ」
頭が沸騰しそうになる。
こいつは私に対して、私の目の前でお姉様を殺し、そして何もせずに見ていろと、そう言ったのだ。
「どくわけないでしょ!私の大切な姉に触れるな!」
立ち上がり、駆ける。
私のすべての力をもって、最大限の時間を稼ぐしかない。
この騒動を、誰かが気付いてくれるのを、待つしか。
駆けながら私は魔法を唱える。
剣ではヒビキの足元にも及ばない。
けれど同じ魔王の魔法なら。
師匠の魔法であるスプラッシュを発動。
地面が割れ、そこから闇の手が這い出てくる。
その手が、ヒビキの体を傷つける。
「見た」
そう言ってヒビキは刀を一閃。
スプラッシュの魔法ごと、斬り裂いた。
クロムには通用した師匠の魔法が、通用しない。
次の瞬間、体中が熱くなる。
気づけば目の前が真っ赤に染まっていた。
立っていることが、できない。
「いやああああああああ!」
体が傾く中で、お姉様の声が響いた。
ここで初めて、私は自分がヒビキに斬られたことに気づいた。
「【世界】の魔法?だいぶ威力が控えめだが……」
ヒビキの声を遠くに聞きながら、私は無力を感じる。
(魔王相手に……勝てるわけがないんだ。ここまで時間を稼いだだけでも……十分……)
「お前ええええええ!」
お姉様の声が聞こえる。
初めて聞く、怒りに満ちた声。
(ダメ……殺される……)
今のヒビキにお姉様は絶対に勝てない。
一刀のもとに斬り伏せられるだろう。
それだけは、させない。
「っ!?」
視界に映ったヒビキの足を、しっかりと握る。
次の瞬間には金属音が響き、遠くで何かが落ちる音が聞こえた。
「……普刃とはいえ、俺の攻撃で傷一つつかないテスタロッサだと?」
手を振り払われる。
首だけを動かすと、遠くで右手を押さえるお姉様が目に入った。
激痛に顔をしかめている。おそらく、折れているのだろう。
そのお姉様に向かって、歩むヒビキ。
殺されるのは時間の問題だ。
「させ……ない……」
オーバーライトの力で上空に跳び、そのまま重力の力で剣を振るう。
もちろん、こんな攻撃がヒビキに通じるはずはない。
当然のように防がれる。
けれど、本命はこっちではない。
「ファイア……ボール」
自分をまきこむように師匠のファイアボールを発動。
光が爆発し、私とヒビキを吹き飛ばす……はずだった。
吹き飛んだのは私だけで、ヒビキは爆風さえも斬り伏せてしまった。
「すさまじいセンスだな。そこまで傷を負っていながら、まだ能力を使い、さらに自分を巻き込んででも俺を止めるか」
その言葉が、やけに鮮明に聞こえる。
オーバーライトを握り締め、地面に突き刺す。
全身を奮い起こし、ゆっくりと立ち上がる。
「せっかく……良い感じなのに……」
降り注ぐ悪意をすべて防いだ。
強敵も倒した。
お姉様も、成長した。だから。
「邪魔を……するなぁ!!」
全力で走り、両手で剣を振るう。
オーバーライトに火の魔力を全力で通した、本気の一撃。
「学生にしては、十分すぎるほどだ」
「う……ぐぁ……」
けれど、それすらも届かない。
次の瞬間には左手に激痛が走り、私は膝をついた。
「左手を折った。もう剣も振れまい。これ以上は無駄だ」
「だ……れが……」
手放した剣を右手で広い、私は膝に力を入れてゆっくりと立ち上がる。
右手で剣を振るったところで、左手ほどの力は出ない。
それに、激痛でまともに戦えない。
けれどお姉様が死ぬくらいなら、こんな痛み、どうってことない。
ヒビキは、目の前で大きくため息を吐いた。
「……警告はしたぞ」
その一撃は、しっかりと見えた。
ヒビキの刀が、私の体を捉えた。
なにかが、私の中から消えていく。
「あ……」
立っていることもできなくなり、私は地面に倒れる。
なにかが無くなったような、大きな欠如感がある。
「お前の固有能力である瞬間移動を斬った。これでしばらく能力は使えん。眠れ」
あぁ、そういえばヒビキは概念を斬ることができた。
原作ではこの力で不死の属性を斬っていたっけ。
もう体は動かない。
左手は折られて、オーバーライトの力も使えない。
師匠の魔法も通じない。
体だって深く斬られて、全身が痛い。
それに目だってチカチカする。
(もう……ダメかな……)
原作でもEXボスとして君臨していたヒビキを相手に、一人でここまで戦えたんだ。
それだけでも、十分じゃないか。
「エ……ヴァ……待ってて……すぐ……助ける……から……」
諦めた私の耳に、お姉様の声が届く。
自分だって腕を折られていたいはずなのに。
次は自分の番なのに。
お姉様は、ただ私の心配だけをしてくれている。
左手は、動かない。
右手も、動かない。
動かそうとすれば、激痛で脳がストップをかける。
ここで起き上がっても無駄。
どうせ私はヒビキには勝てない。
そんな思いが、頭の中でぐるぐると回る。
でも、それでも。
(お姉様が……そばにいるから……)
右手の痛みを無視して私は動かす。
見えているわけじゃない。けれどそこに、あると感じた。
そして私の右手は、ヒビキの足を掴んだ。
「お……前の……相手……は……」
体は動かない。けれど、それがどうした。
肘を使い、ゆっくりと上体を起こす。
左手は動かない。けれど右手も、足も動く。
体は痛いけれど、勝てはしないけれど。
それで戦わない理由には、お姉様を護らない理由にはならない。
「なぜ立ち上がろうとする?もう限界のはずだ。ただ伏して、待っていればいい」
「遠く……から……見てろって……?笑わせないで……ずっと見てただけだった……けど……けど私はここにいる!今は、お姉様を護れる!!」
ただのプレイヤーではお姉様を護れない。
ヒビキと何度も戦った。何度も負けた。そのたびに、地面に倒れるお姉様を見た。
けれどこの世界なら、お姉様を護れる。
見ているだけじゃなく、自分の手で。
「お前に何ができる?倒れ伏し、俺の歩みを止めることしか――」
風が、吹いた。
ヒビキは私の目の前から左へ飛ぶ。
先ほどまでヒビキが居た場所に、緑色の剣が突き刺さった。
「なにをしている」
その剣が光となって消える。
目の前に、黒い布が舞った。
暖かい光が、私とお姉様を包む。
「なにをしていると聞いた。魔王【天】」
「遅すぎるよ……リフィル」
黄緑の髪が風に揺れる。
蒼い瞳が、怒りに染まっている。
「貴様、エヴァ様に傷を負わせ、お嬢様を悲しませたな?」
お姉様を何とか護れたことに安堵し、ようやく私は緊張を解くことができた。




