第67話 そこに確かに居たはずの誰か
ロゼリアさまが応援の兵士を要請し、その後私たちは町はずれの孤児院へと向かう。
エルスアリヤの郊外にある孤児院は廃棄されていて、中にはもう人がいないとのこと。
逆に言えば、アジトの場所としてはうってつけだろう。怪しい匂いがする。
本来私たちはアジトに向かう必要はないのだが、せめてどうなるのかは確認したい。
その旨を申し出ると、快くロゼリアさまは受け入れてくれた。
孤児院は、閑静な住宅街の先にあった。
周りは木々に囲まれている。施設には草木が生い茂り、廃棄されて長く時間が経っているようだ。
しばらく遠くから様子を観察する。人の出入りはない。
けれど、扉は意外としっかりとしている。少なくとも、中を見放題というほど荒廃はしていない。
(……あれ?)
一瞬、孤児院の陰に女の人の後ろ姿が消えていった。
日差しを受けて光り輝く、橙色の長い髪。
「どうかしましたか?」
「今、あそこに橙の髪の女の人が……」
「……居ませんよ?」
ロゼリアさまに話しかけられ、見たことをそのまま説明する。
けれど、指さした先には誰もいなかった。
「ひょっとしたら組織の一員かもしれませんね。人の出入りがあるのは確実でしょう」
ロゼリアさまはここがアジトだと確信し、この後の流れを考えている。
リフィルも周りを警戒中だ。だからこそ、言えなかった。
さっき見た、橙色の髪の女性。
そしてその向こうに、真っ白な髪が映った気がした、ということを。
やがて兵士が到着し、突入の準備が整った。
「兵を2つに分けます。1つは地上で付近の捜索。隠された抜け道があるかもしれません」
兵士たちは頷き、各々が準備をする。
ロゼリアさまは孤児院をしばらく見つめた後、私たちに向き直った。
「お二人はここでお待ちください。流石に突入までご一緒させるわけにはいきませんので」
「はい」
当然のことを言われ、深く頷く。
元からそのつもりだ。私たちはここで、どうなるのか見守るとしよう。
「それでは、向かいます」
緊張の瞬間。ロゼリアさまが兵士を引き連れて、正面から突入する。
私たちの周りにいる兵士さんも緊張しているのが分かる。
裏組織の人たちも抵抗するだろう。
けが人だって出るし、死者も出るかもしれない。
不安な気持ちでじっと孤児院を見つめる。
しかし、いつまで経っても戦いの音は聞こえてはこなかった。
「おかしいですね。突入してからだいぶ経ちます。何らかの騒動が聞こえてもおかしくはないのですが……」
リフィルも不思議そうな顔をして孤児院を見つめていた。
周りの兵士さんも、落ち着きがない。
(あ……れ?)
ふと鼻を、甘い香りが一瞬くすぐった。
その香りは、少しづつ消えていく。
次の瞬間、私の右に風の刃が天から降ってくる。
それは地面に深く突き刺さるものの、誰かを捉えることはなかった。
「すみませんお嬢さま、気のせいだったみたいです」
「う、うん……大丈夫だよ」
すぐに剣を放ったリフィルが謝罪する。
彼女は気のせいだったといった。けれど私が感じた匂い、そしてリフィルの直感。
(居たはず……誰かが……確実に……)
けれどその匂いを今は感じない。
リフィルも、孤児院を見つめているだけだ。
「ウリアさん」
孤児院とは正反対の方を見る私に、声がかけられる。
振り返ると、ロゼリアさまが孤児院から出てこちらに歩み寄っていた。
その姿には傷はない。一安心だ。
「ロゼリアさま、大丈夫ですか?」
「はい、問題はありません。ウリアさん、ここから先は私の方で引き取ります。本日は城下町に来ているということは、何か用事があったのではないでしょうか?長らく付き合わせてしまい申し訳ありませんでした」
「あ、いえ、大丈夫です!」
そうは言ったものの、時間はもう夕暮れ時。
今からお母さまの墓参りに行って、ギリギリだろう。
これ以上付き合うのは、厳しいという感じだ。
「すみません、それでは私はこれで……」
「はい。ウリアさん、明日もしお暇なら王城へいらしてください。今回の件について調査が済んでいると思われますので、報告します」
「あ、わかりました。必ず伺います」
「はい、いつでもいらしてくださいね」
ロゼリアさまは微笑み、手を振る。
それに手を振り返し、私はリフィルを引き連れてその場を離れた。
「ねえリフィル、さっきの風の剣の魔法だけど……」
お母さまへのお墓へと向かう途中、私はリフィルにさっきのことを聞いてみた。
「はい、何かが通ったように感じたのですが、気のせいだったかと」
「ううん、実はあのとき、甘い匂いを感じたの。本当に一瞬だけど」
「……つまり、確実に誰かが居たということですか?」
リフィルは深刻な顔で聞き返す。
私は深く頷いた。
私一人なら勘違いかもしれない。
けれどリフィルが感じたならそれはおそらく、気のせいではない。
その位、私はリフィルのことを信用している。
「もしもそうなら、相手は私ですら捉えられないほどの使い手ということになります。それこそ、ロゼリアさまと同じくらいの光の魔法は使えそうですね」
ロゼリアさまは全適正がSを越えている。
同じくらいの光の魔法を使える。
けれど私には、それだけではないような気がした。
リフィルの風の剣の魔法は、おそらく相手を捉えていたはずだ。
そこから逃げ出したとしたら、その実力は。
「あ、見えてきましたよ、お嬢さま」
私の考えはリフィルの声でかき消される。
そうだ、少なくとも今は、お母様のお墓参りに集中しよう。
(ネックレスは用意できなかったけど、また今度、オリジナルを持っていきますね)
夕焼けに映るお母さまのお墓に、私は心の中で語りかけた。




