第65話 母の命日と降りかかる火の粉
季節は冬になり、厳しい寒さがやってくる。
私は教室の席から外を見ながら、もう1年が過ぎたことをしみじみと感じる。
もうすぐ、お母さまの命日がやってくる。
エヴァがアルトリウス家に来てからは、毎年お母さまの墓参りをしていた。
最初はエヴァが付き合ってくれていたけど、リフィルが来てからはリフィルに同行してもらっている。
『うーん、私は今回はいいかな。リフィルと一緒に、ゆっくり行ってきなよ』
彼女はリフィルがアルトリウスに来た年にそう言ったが、私が一人で墓参りができるように気遣ってくれたのだと思っている。
「あれ?そのアクセサリー」
「あ、これ?自分好みのアクセサリーが作れるっていう、ハイランド商店の品なんだ」
声の方に目を向けてみると、女子生徒たちが集まってアクセサリーを見せあっていた。
エディンバラ学園の校則はかなり緩い。
親からプレゼントされた宝石類を身に着けている生徒も多い。
「あぁ、その商店か。お母さまへのプレゼントを考えているときに、お父様から紹介されたなぁ」
「プレゼントしたの?」
「うん、いつもお世話になっていますってね」
その話を聞きながら、私は例年の流れについて考える。
いつもは首都エルスアリヤの城下町で花を買って、お母さまのお墓へと行っていた。
今回はそれにプラスして、ネックレスを供えてもいいかもしれない。
もしもお母さまが生きていれば、渡したであろうネックレスを。
「……ハイランド商店……か」
小さな呟きは、誰にも聞かれることなく消えていった。
母の命日。
私はリフィルを引き連れていつものお花屋さんで花を買った。
その後、教室で話題になっていたハイランド商店へと向かう。
ハイランド商店はお花屋さんからは少し離れた場所に立っていた。
立派な外観で、大きな建物だ。
お花屋さんのものよりも大きな扉を開き、中に入る。
すると、待っていたのかすぐに店主さんが私に気付いた。
「これはこれはウリア・アルトリウス様、ようこそおいでくださいました」
この商店には事前に手紙で今日伺うことを伝えてある。
さらに、イメージしているネックレスの情報も、手紙に書いていた。
「ウリア様のイメージを元に、いくつか候補を作りました。奥に専用の部屋を用意してありますので、そこでじっくりとお選びください」
こういったときに、アルトリウス家の権力は本当にすごいと思う。
私自体は大した才能もないけれど。
店主さんに案内され、奥の部屋へと入る。
その部屋はかなり頑丈な扉があり、開けるのに店主さんも苦労していた。
彼の後に続いて中に入る。
そこには大きなテーブルが置かれていた。
「あの……ネックレスは……」
しかしテーブルの上には何も置かれていなかった。
店主さんは指を鳴らすと、隠れていたのか、大勢の男の人たちが中に入ってきた。
数は10人を優に超えている。その全員が、私を嫌な目で見ていた。
店主は笑顔を歪める。
「馬鹿なお嬢ちゃんだ。護衛も連れていないなんて。……おとなしくしてもらおうか。なに、ちょっと眠るだけさ」
店主さんはナイフを取り出し、私に向ける。
周りにいる男の人たちも、剣やら杖やらを取り出した。
目線をリフィルに向けた店主さんは、警戒しつつも笑みを崩さない。
「そっちの侍女は相当やるみたいだな。けれど、これだけの人数を相手に、この狭い空間だ」
「狙っているのはお嬢さまですか?」
「……は?」
その店主に対して、リフィルは無表情のまま質問した。
声は透き通り、部屋中に響き渡る。
「狙っているのはお嬢さまですか?」
全く変わらない二度目の質問。それに対して、店主は鼻で笑った。
「当り前だろう、何を言って――」
「なるほど」
言葉を、風が遮る。
リフィルは一瞬にして『ストリーム』を展開し、風を纏った。
親しみのある風が、私のことも守ってくれる。
「……お前、何者だ?」
ここに来て店主さん達の様子が変わった。
気づいたのだろう。
リフィルは「相当やる」程度ではないことに。
「私はお嬢さまの専属侍女です」
「っ!やっちまえ!」
店主さんの一言で、男の人たちが襲い掛かってくる。
剣に魔力を通したり、強大な威力の魔法を使用したり。
狭い室内の戦闘に慣れているような動きだった。
けれど、その全てをリフィルは剣一本でおさえこむ。
襲い掛かる刃は弾き、魔法は同じような魔法で相殺する。
男の人たちが弱いのではない。少なくともエディンバラ学園の生徒よりはずっと強い。
けれど、リフィルが強すぎる。
「ふむ、軍人崩れですかね。訓練についていけなくなりましたか?確かにこれだけの実力者を数十人集めれば、普通の護衛ならば問題ないでしょう。ですが」
斜めに振り上げられたリフィルの剣は一人の男の人の体を捉えた。
明らかな致命傷に、男性は体を傾け、床へと沈む。
剣の血を払い、リフィルは溜息を吐いた。
「私をなんとかしたければ、世界中のトリリアントを全員連れてきなさい。それでも、お嬢様には指一本触れさせませんが」
「っ、てめぇ!!」
リフィルの言葉に激昂した男の一人が、私に向かって走り出す。
侍女がダメなら、その主人をということなのだろう。
人質にして、リフィルに勝つつもりか。そんなこと、させない。
『マリア』を展開しようとするが、その前に、私を守っていた風が牙をむいた。
風は刃を作り出し、鎌鼬が男を襲う。
咄嗟に彼は防御を固めたものの、吹き飛ばされ、私に近づくことはできなかった。
「聞こえませんでした?お嬢さまには指一本触れさせません」
そこからは一方的だった。
私は風で護られている。リフィルには剣も、魔法も通用しない。
この空間で一番の実力者はリフィルだった。それも、圧倒的に。
数十人居た男の人たちは全滅。
最初は余裕の笑みを浮かべていた店主さんも、今では腰を抜かして座り込んでしまっている。
「き、聞いてないぞ!こんな……こんな化け物だなんて!ウリア・アルトリウスの侍女はただの元軍人じゃないのか!?」
「……アルトリウス家の元使用人にでも聞きましたか?」
呆れたようにリフィルは呟く。
確かにリフィルは元軍人だ。けれどユグドラシル最強、がその前につく。
リフィルはアルトリウス家ではただの侍女として働いている。
私たちとの訓練を使用人が見ることはできないので、実力が分からなかったのだろう。
あるいは、訓練を盗み見ていたとしても予測できなかったのかもしれない。
「いずれにせよ、城への連絡は必要ですね。ロゼリアさま辺りに連絡を……あら?」
今後のことを考えていたリフィルが、部屋を見渡してあることに気付く。
店主さんの後ろ、黒いカーテンがかかっている部分を見つめ、彼女はそこに手をかけた。
カーテンを引くと、扉が現れた。
私たちが入ってきたのとは違う、裏口という奴だろうか。
「ふむ……お嬢様をここで無力化し、誘拐……となると」
扉を開け、リフィルはその向こうを確認している。
その様子を見ていた店主は、好機とばかりに立ち上がった。
「馬鹿――」
「馬鹿はあなたです」
立ち上がり、腰から隠していたナイフを取り出そうとした店主。
私に襲い掛かるよりも速く、リフィルの風が彼を吹きとばした。
リフィルは扉の向こうを確認し終わると、部屋に視線を戻した。
なにかを唱えると、彼女の肩辺りに、緑色の鳥が出てくる。
「精霊……魔法?……お前、何者だ……」
「私はお嬢さまの専属侍女です」
ふふん、とドヤ顔で言い張るリフィル。
店主さんが聞きたいことはそう言うことじゃないと思うよ。
「お嬢様、いったん私とともに大通りに出て兵士に連絡しましょう。あ、ここから出ようとしても無駄ですよ。監視用にこの子を置いていくので。部屋から出ようとしたらあなたの首と胴体は……悲しいことに永遠にお別れとなります」
「ひぃ!」
「さあ、行きましょう」
リフィルに促され、一緒に部屋を出る。
どうやら、長い一日になりそうだ。
◆ルート開放条件
・ローズが王位継承権を放棄している
※学園編終了でルート消滅
※原作ではルートが存在しません




