第64話 ルナの覚悟と、謎の魔王
「すごい訓練だったね」
「うん、今日は一段とハードだったよ」
ジン先生、セツナ先生との訓練を終えたルナとともに、私は寮へと向かっていた。
昼前から始まっていたであろう訓練は、日が沈みかけたさっきまで続いていた。
かなりの長時間だ。
ルナはシャワーを浴び、身綺麗になったが、足取りは重い。
やはり疲労はすぐには抜けないだろう。
「明日も訓練?」
「うん、でも明日はちょっと軽めにするつもりだよ」
私達との訓練だけでなく、ジン先生との訓練。
夏休みには、ユグドラシルに皆で旅行に行った後は、ネクステスに戻ってユエさんに稽古をつけてもらっていたらしい。
ここまで濃密な訓練をするようになったのは、去年のクロムの事件以来だ。
「ルナ……ここまで訓練するのって、やっぱり……」
「ウリアだって頑張ってるじゃん……でも、そうだよ。あの事件がきっかけ。私は……何もできなかった」
空を見上げ、ルナは溜息を吐く。
あの事件……魔王【深淵】との、大講堂での戦いのことだろう。
「私ね……舞い上がっていたんだ。叶えたいことがあった。それは叶った。でも、そのあとのことを考えていなかった。だから、あのとき何もできなかった」
「……ルナは、クロム相手に精一杯戦って「違うよ」」
ルナは私の言葉を遮るように言葉を発した。
「ロゼリアはクロムの正体を見抜いたし、彼に傷を負わせた。エヴァは【世界】の魔法でクロムを倒した張本人。そしてムースはそんなエヴァを護りぬいた。ね?私だけ何もしてない」
「そんな……こと……」
そんなことないと言いたかった。
私だって、クロムに傷一つ与えていない。
けれど、それを言うのは違う気がして、何も言えなかった。
ルナはふるふると首を横に振り、力なく笑う。
「そんなことあるんだよ。でも……」
急に真剣な表情と声色になって、ルナはこぶしを握り締めた。
「クロムは魔法使いだった。けれどこれから先、彼以上の強敵にだって出会うかもしれない。それに、いつか魔王アインと戦うなら、前線を張るのは私。ロゼリアでもエヴァでもない、私だから。だから、その時に皆を護りたい。敵を止めることで、敵を倒すことで、後ろのみんなを護りたいんだ」
「ルナ……」
ルナの瞳は、輝いていた。
「いつか、ロゼリアやレアだけじゃなくて、ジン先生やセツナ先生、果ては魔王にだって勝ってやるんだから!」
「うん、その意気だよルナ!」
気合を入れるルナと、二人で笑いあう。
その様子を後ろから見つめていたリフィルが、微笑んだ気がした。
その日の夜、私とエヴァは2人でお茶を飲んでいた。
近くにはリフィルがいて、ふと思ったことを聞いてみた。
「そういえば、エヴァのお師匠さんは魔王なんだよね?」
「うん、前も話したけど、魔王【世界】だよ。テスタ・ワーグナーが本名」
クロムを倒した後に、エヴァは使った魔法が【世界】のものであると説明してくれた。
私たちの知っている魔法とは全く違う魔法を操る魔王。
その力で、私たちはクロムに勝つことができた。
「魔王って分かってないことが多いと思うんだけど、テスタさんはクロムより強かったってことだよね?」
教科書でも魔王についてはやるものの、全員の俗称が出てくるだけで、本名や実力などは記載されていない。
魔王【世界】の本名についても、私はさっき知ったくらいだ。
「うん、そうだと思う。師匠は数百年前にも【天】【深淵】と戦ったらしいけど、【深淵】一人なら苦労しなかったって言ってたし」
「え?テスタさんってクロムと【天】と戦ってたんだ。クロムはなんだか知ってるような口ぶりだったけど」
「お嬢様、魔王と呼ばれるものがどうして6人しかいないかご存じですか?」
突然のリフィルの言葉に、私は考える。
「そんなの、魔王の実力を持つ人が6人しかいないからじゃ?」
「半分正解です。答えは、魔王を名乗った者は【深淵】と【天】の手により殺されているからです」
「え?」
「言い伝えの部分もありますが、この数百年、魔王を名乗るものは多くいました。しかし魔王を名乗ると間もなく【深淵】か【天】により殺害されます。よって魔王の数は6人のみなのです」
待ってほしい。もしそうならば、今存在している6人の魔王というのは。
私の考えが分かったのか、エヴァは深くため息を吐いた。
「お姉様の思っている通りだよ。【深淵】と【天】を除く4人の魔王はこの2人に勝っていると言われているんだ」
「あるいは【緋色】【幻影】のように正体がそもそも不明か、いずれかですね」
そういってリフィルは紙を取り出し、机の上に置く。
その紙の上に、上から順に原始、緋色、幻影、世界と記載した。
「ここで少し魔王について復習しましょう。【深淵】と【天】を除くと、残り4人の魔王はこれらになります。このうち、緋色と幻影は名前こそ出ていますが、見た人はいません」
そう言って緋色と幻影の横にリフィルは「?」マークを書き込んだ。
次に彼女は世界に下線を引く。
「彼についてはもうわかっていますね。テスタさんです。西にあるコンウェル国の南方に住んでいます。唯一居場所がはっきりしている魔王と言えるでしょう。訪れるのはエヴァ様くらいだと思いますが」
「まあ、実際には【世界】は師匠とその妻であるエリアさんのコンビのことだと思うけどね。あの魔法、エリアさんが居ないと師匠は満足に使えないらしいし」
夫婦で魔王というのもすごい組み合わせだ。
誰も知らないであろう【世界】の秘密を聞きつつ、リフィルは原始の文字に丸をした。
「【原始】に関しても分かっているのはロスヴェイル国を支配しているということだけです」
「ロスヴェイルって北西のずっと先にある国だったよね。詳しいことがあんまり分かっていない、謎の国」
ロスヴェイル国は西の果て。
それこそエディンバラから見てユグドラシルすら超えた先にある。
位置的にはコンウェル国のはるか北という位置だ。
国交は何百年も断絶していて、どんな人がいるのか、どんな町があるのかすら分かっていないという。
ロスヴェイルは各国との国境をアリュート絶海、死の森、オリエント荒野という環境の厳しい地帯で分断されている。
それも国交が断絶している理由だろう。
「でも、なんで急に師匠の話を?」
エヴァは不思議そうに私を見ていた。
「あ、うん、今日ルナの訓練を見に行ったんだけど、その時にジン先生から話を聞いたんだ。ほら、覚えてる?クロムとの戦いのとき、ジン先生が他の魔王を知っているようなことを言ったの」
「ああ、そんなことがあったかな」
「そうなの。それで聞いてみたら、【天】と戦ったことがあるんだって。知ってる?【天】は侍なんだって。【深淵】とは真逆なんだよ」
「へぇ、そうなんだ」
エヴァは興味深そうに呟いた。けれど、あまり驚いているようには見えない。
一方で、横に立っているリフィルは紙を片付けていた。
「なんか、その人の成長の先が見えるらしいよ」
「すごい目の持ち主だね」
「お嬢様、お茶のおかわりはいりますか?」
「あ、お願い」
リフィルに促され、カップを差し出す。
彼女はそこに紅茶を入れてくれた。
あまり飲みすぎると眠れなくなるので、ここらへんでやめておこうかな、と考える。
ふと紙に目を向ける。
視界に、「【幻影】?」という文字が映った。
げん……えい……。あれ?そういえば。
「ねえリフィル、【幻影】はどんな魔王なの?正体が分かっていないらしいけど」
「【幻影】ですか?これに関しては本当に分かっていないのです。男なのか、女なのか、若者なのか、老人なのか。姿を見た人はいません。けれど名前だけがある、そんな魔王です」
リフィルの返答を聞いて、少し考える。
けれど、あのときクロムは確かに。
「ねえ2人とも、クロムと戦ったとき、最後に助けてくれた光の騎士のこと、覚えてる?あの騎士を見て、クロムは【幻影】って呟いたんだ」
「本当ですか?」
あのとき、クロムの近くには私しかいなかった。
だから、あの呟きを聞いたのは私だけということになる。
2人も聞いていなかったようで、目を見開いている。
「なぜ【幻影】が私たちを?」
「【幻影】もクロムのことを倒したかったってことかな?」
エヴァの言うことが、一番的を射ている。
けれど。
(でもあれはクロムを倒すというよりも、私を助けてくれたような)
そんな気がした。
◆ルート開放条件
・学園編終了までに、半数以上の魔王に接触する
※原作ではルートが存在しません




