第58話 越えるために【エヴァSide】
エヴァラスでトゥルーエンドを越えたハッピーエンドを迎える。
そのための障害は、魔王をどうするかだ。
エヴァラスには人知を超えた存在として魔王が登場する。
全員と戦うわけではない。けれど、最低でも5人には勝たなくてはならない。
それをはっきりと認識したのは準備舎に入ってすぐだった。
(魔王に勝つなら……魔王の力を手に入れるしかない)
だからこそ私は彼らに手紙を送った。
魔王【世界】のテスタ・ワーグナーとその妻、エリア・ワーグナーに。
当然だが14歳の少女が送ってきた手紙など、【世界】は一蹴した。
けれど、私はあきらめるつもりはなかった。
どれだけ時間をかけても、【世界】に認めてもらうつもりだった。
送った手紙の数は、もう数えるのをやめてしまった。
毎年の長期休みは【世界】の家を訪問した。
【世界】の家はエディンバラから見て西のネクステスのさらに向こう、コンウェル国の果てにある。
そこまで行くのでも一苦労だ。
けれど何度も手紙を送り、そして何度も訪れたエディンバラ学園1年の終わり、ついに私は【世界】に弟子入りが叶った。
「……約2年も手紙と訪問を繰り返しやがって。頭おかしいんじゃねえか?」
「あらあら、そんなこと言って。あなたも最近はエヴァちゃんが来るのを楽しみにしてたじゃないですか」
「そ、それはエリアがこいつを気に入ってるからだ!」
目の前で惚気話をする師匠たちに呆れたが、その日から地獄のような訓練が始まった。
ロゼリア達との訓練とは次元が違う。
この世とは異なる魔法を習った。
師匠の魔法は普通とは違う。
例えば、ファイアボール。
火の初級魔法なので、普通なら名前の通り火の球を作り出し、それを放つ。
しかし師匠のファイアボールは光の球体を作り出し、それを爆発させて近距離の相手に大ダメージを与えるものだ。
そこにはファイアの要素はなにもない。
けれど師匠はこれこそがファイアボールだという。
「俺の使う魔法はそもそもが違う。普通の魔法がファイアボール、ファイアランスと進化するのに比べて、俺の魔法は全く違う次元にいる。ウィンドなのに水になったり、アースなのに雷になったりだ。でもこれが古代魔法なんだよ。言葉なんて意味がない。それが失われた魔法だ」
師匠達以外の人はこの魔法を理解することができないという。
どれだけ仕組みを説明しても分からず、分からないから発動もできない。
師匠の魔法は異質だ。
その証拠に、普通のファイアボールは防御魔法で防げるけれど、師匠のファイアボールは防御魔法が通用しない。
全く別の構造物を、普通の魔法を防ぐ魔法では防げない。
「にしても……なんでお前は理解できるし、発動できるんかね?ひょっとして、実はエンシェントエルフだったりするのか?」
「いえ、ちゃんと人間です」
理由なんて一つしかないだろう。私が転生者だからだ。
エヴァ・アルトリウスは理解できないだろう。けれど私は理解ができる。
とはいえ、分かると出来るは違うのだが。
「……1年かけて初級魔法も完全に覚えられないので、まだまだです」
「いや、この魔法を一つも習得できないのが普通なんだよ」
これまで、普通の魔法ならば1年もあればかなりの数を覚えられた。
それがエヴァとしてのスペックの高さだった。
けれど師匠の魔法は全然うまくいかない。
理論も難しいし、それを発動することも難しい。
「まあでも、順調だとは思うぜ。この調子で頑張れよ、弟子」
「エヴァちゃん、頑張ってね」
そんな風に師匠達から励まされたのが2年生の夏だった。
長期休みを終えて帰ってきた私は、クローネ先生が亡くなったことを知った。
それと同時に、ミストにかかっていた洗脳魔法をお姉様が解除したことも知った。
(まずい……これやばいって……)
夏休み明けの教室で深刻な顔をしていたのは私だけではないはずだ。
ミストに洗脳魔法をかけているのは魔王【深淵】だ。
そして原作ではクローネ先生は死ぬことなく、3年生まで第1寮のクラスの担任だ。
さらに言えば、ロッドなんていう先生は原作には登場しない。
間違いなくやつが関わっている。
魔王【深淵】クロムウェル。
エヴァラスにおける魔法最強キャラ。
彼は700年前から暗躍しており、キルシュ国の全国民に洗脳魔法をかけているような生粋の悪だ。
そんなクロムとは原作で戦うことができる。
ただし、それはクリア後のEXボスとしてだ。
その力はすさまじく、周回プレイをしていても勝てるかどうか微妙なラインである。
つまり、クロムと戦うのはゲームを何周もプレイした後なのだ。
何周も周回プレイをして、それでも勝てるかどうかが分からない。
そんなクロムが学園に潜入している。
何とかしなくてはならない。それを感じているのはロゼリア達も同じだった。
結果として、ロゼリアの活躍によりクロムをあぶりだすことには成功した。
ロッド先生がクロムじゃなかったことには驚いたが、そんなことはどうでもいい。
今問題なのは、目の前にいる最強の男をどうするかである。
「魔王【深淵】のクロムウェルです。クロムでいいですよ。……まあ、覚えたところで君たちは全員ここで終わりですが」
吹き出す魔力の大きさ、そして操る魔法の規模。
それらが、彼が圧倒的強者であることを示している。
これが、魔王。私たちが越えなくてはいけない、高い壁。
ロゼリアの機転もあり、ベリアル学園長たちも味方に引き入れ、数では圧倒的有利の戦いを行う。
けれどこれだけの数を相手にしてもクロムは傷一つ負わない。
トリリアントが複数人居るのに、届かない。
(でも私なら……届く!)
オーバーライトでクロムの背後に跳び、剣を叩きつける。
それとほぼ同時に、師匠の魔法を放った。
師匠ほどの威力は出ないけれど、クロムを傷つけるのには十分だ。
私が師匠の魔法を使うと思ってもなかったであろうクロムは、驚いた様子で距離をとる。
「なぜお前が【世界】の魔法を使える!?」
突然だが、前世の世界では魔王の強さ議論スレというものがあった。
全部で8人居る魔王の強さ、その順序を決めるものである。
不動の一位が魔王アインであったり、国から認められて魔王になった【傾国】リフィルを最下位にするというのは決まった流れ。
けれどその議論の中で、【深淵】クロムは【世界】テスタに勝てないというのが結論だった。
【深淵】クロムはミストフィアにおける魔法の遥か高みにいる。
けれど【世界】テスタはその魔法のピラミッドからはそもそも外れる。
原作でも、多数のキャラがクロムと戦ったが、最終的に彼を退けたのはテスタだった。
「覚えた」
だからこそ、師匠の魔法はクロムに対しての特攻を持つことになる。
他の魔王には通用しないだろう。
けれどクロムに対しては、私は圧倒的な優位を取れる。
「2年をかけて、あの鬼師匠から」
「あ、ありえない!僕ですら一つも再現できない魔法だぞ!?それをたった3年だと!?嘘をつくな!」
クロムは本来、自分のことを僕と呼ぶ。
一人称が変わったのは焦っている証拠だ。
勝てる。そう確信した。
「本当だよ。まあ2つしか習得できなかったけどさ。スプラッシュ」
クロムの立つ床が突然割れ、闇の手が噴き出す。
彼は防ぐのではなく、回避を選択した。闇の手がクロムの体を掠り、傷を与えていく。
その様子を見て、私は不敵に笑った。
「聞いた通りだね。師匠の魔法なら【天】には通用しないけど、【深淵】にとっては天敵だって」
「……ええ、素晴らしい。君は僕とはどうやら次元が違うようだ」
落ち着いたであろうクロムが私に対して称賛の言葉を投げかける。
もう少し取り乱してほしかったけれど、流石は魔王といったところか。
「決めました。エヴァ・アルトリウス。君を殺しましょう。絶対に」
「エヴァさん!」
次の瞬間、爆音が頭上で響く。
上を向いてみると、木の根が私の頭上を覆っていた。
ノータイムで繰り出された魔法を、ムースが護ってくれたのだろう。
ならば、とムースを狙って繰り出されたクロムの魔法を、リフィルが叩き斬る。
アイリス先生たちもクロムに攻撃を繰り出すが、いずれもダメージを負わせることはできていない。
「生徒ごときが、僕の邪魔をするな!」
アイリス先生たちを風の魔法で吹き飛ばし、クロムはムースを狙って攻撃を開始する。
しかしそのいずれもが、リフィルとベリアル学園長によって防がれる。
その間にクロムに肉薄したのは、ルナとロゼリアだった。
闇の魔法を纏ったルナの攻撃はクロムの体を傷つけられない。
けれどロゼリアの攻撃が、ついにクロムに傷を与えた。
それは、今までになかったこと。
クロムにダメージを与えられるのは私とベリアル学園長とリフィルだけだったはずだ。
その中に、ロゼリアが入ってきた。
ロゼリアのテスタロッサR・O・Fの固有能力は知らない。
けれど、彼女の背にある円は、高速で回転して光り輝いていた。
時間で威力が増すタイプだろうか。
(このチャンスを逃すわけにはいかない!)
そう考えたのはベリアル学園長も同じだったのだろう。
彼の放った土の魔法はクロムに直撃し、彼の注意をそらした。
跳ぶなら、ここ。
私の考えに呼応するようにオーバーライトは輝き、瞬時にクロムの背後を取る。
しかし背後を取ったはずのクロムと目が合った。
クロムは、私が仕掛けてくることを読んでいた。
体を翻し、闇の魔力でできた剣を私めがけて突き出してくる。
彼の持つ闇のランクは測定対象外のEX。
EXは魔王のみが持つ、特殊なランク。その強さは、SSSとは一線を画する。
そんな攻撃を受けたら、ただでは済まない。
けれど私は余裕の笑みを崩さなかった。
「2つなわけないでしょ、ばーか。アースソード」
アースいう名前だが、それは地属性ではない。
次の瞬間には空から降り注いだ雷の槍が、クロムの左腕を貫いた。
クロムは左腕を切断され、痛みに顔をゆがめる。
「く……そ……」
闇の魔力の奔流がクロムから流れ出す。
まずいと思った私は、すぐに彼から離れた。
他のみんなも、闇の魔力の暴力に近づけずにいる。
クロムは私を睨みつけると、目を見開いて笑った。
その顔は、狂気に満ちていた。
「エヴァ・アルトリウス!必ず僕が殺す!お前の大切なものを全て、壊してやろう!」
闇がクロムを包んでいく。
それはクロムの姿を覆い、卵のような形を取った。
あれがどのような魔法かは分からない。
けれど逃げるための魔法であることは分かった。
ここでクロムを逃したら、流石にまずい!
(オーバーライトはまだ使えない!今ここにいるメンバーじゃ、あれを止められない!)
そう思ったときに、私は駆けだす銀色を見た。
お姉様が、闇の嵐に負けずに、立ち向かっていった。




