第46話 ユグドラシル王子の、不穏な空気
夜にあと2話更新予定です!
週末を迎えた。休日なので学校は休み。
私はリフィルを引き連れて城下町を歩いていた。
寮監督であるアイリス先生には外出許可書を提出している。
事前に聞いたカフェの看板が見えてくる。
すると、リフィルの歩みが少し遅くなった。
振り返ってみると、心底いやそうな顔をしている。
彼女の不安を取り除くために、手を握る。
するとリフィルは私を見て、安心して微笑んだ。
「ここだね」
「はい」
目的のカフェに到着し、扉を開ける。
店員さんに奥に案内されると、そこにはジラルド王子が座っていた。
彼は私たちに気付くと、顔を顰めた。
「一人で来いと言ったはずだが?」
「申し訳ありません。私はお嬢さまの傍を離れるわけにはいきませんので」
「はぁ?」
舌打ちをしたジラルドさまは顎で席を示す。
席は2つしか用意されていなかったので、リフィルは自分で近くの席を移動させた。
着席し、言葉を待つ。
「言いたいことは一つだ。リフィル、お前もう一度俺の婚約者になれ」
「……意味が分かりません」
「お前、自分が今ユグドラシルでなんて呼ばれているか知っているか?」
リフィルは首を横に振る。
5年以上彼女と一緒にいるが、リフィルがユグドラシルに帰ったことはない。
「……戦乙女だよ。笑えるだろ?……でもそれが民の総意だ。魔王を退けたお前は英雄なんだよ。それこそ国を二分するくらいのな。そんなお前が王族との婚姻を破棄し、他国へと身を寄せた。これがどれだけヤバいことか分かるか?」
「言いたいことは分かります。ですが私は事前にジルヴァ長老から許可を取っています。国内に関しても、彼の方でなんとかすると聞いています」
「そんなもんは昔の話だ。現にあのクソジジイではどうしようもないから、俺がわざわざここまで来たんだ。戻ってくれるよな?」
「お断りします」
はっきりとしたリフィルの拒絶に、ジラルド王子の顔が怒りに染まる。
「……理由は?」
「私はお嬢さまに全てを捧げると決めました。ユグドラシルがどうなろうと知ったことではありません」
「祖国が二分されてもいいってのか?」
「はい」
ジラルド王子は声をあげて笑い、リフィルを睨み付ける。
「何年か前までは俺の顔色をうかがって、はいしか言わなかった人形がなに逆らってやがる。何が不満だ?ユグドラシルの王妃になるんだ。今みたいな貴族の侍女なんかと比べ物になるかよ。金も地位も名誉も、すべて手に入るんだぞ!?」
「私はアルトリウス家の侍女に固執しているわけではありません。それに王妃という地位にも興味がありません」
「ならそこのパッとしないクソガキか!?なにを吹き込まれた!調べたぞ、大して実力もない――」
「黙れ」
空気が重くなる。
意気揚々と話していたジラルド王子は顔を青くしながら、冷汗をかいている。
その首元には、細剣が突き付けられていた。
「他のことはどうでもいいです。私のことも構いません。ですが、お嬢様のことを悪く言うことだけは許さない」
「……なんだよ、結局顔色をうかがう相手が俺からそいつに変わっただけかよ。あぁ、悪かった、撤回する。……お嬢さん、すまなかったな」
ジラルド王子は私を一瞥して謝罪した。
しかし、その言葉には気持が全くこもっていない。
この人、謝るつもりなんて毛頭ないんだ。
リフィルは剣をしまい、再び席に着く。
ジラルド王子は溜息をつくと、立ち上がった。
「気持ちはよく分かった。ただ、ユグドラシルとしてもお前をこのままにはしておけない。……来週末、時間あるか?」
「……あります。ですが――」
「なら、もう一度ここで話し合わせてくれ。ジルヴァ長老も交えて話をしよう」
急にしおらしくなるジラルド王子。
その様子に、何か嫌な予感がした。けれど。
「分かりました。それでは同じ時間にもう一度話し合いましょう」
「ああ、……だがユグドラシルの機密情報に関わる。悪いがお嬢さんは――」
「いえ、行きます」
「……好きにしろ」
リフィルは次の週末の話し合いを受け入れてしまった。
流石になんとかしなくてはと思い、私も参加を表明した。
ジラルド王子はそれに対して忌々しそうに返した。
やっぱり、この人とリフィルを2人きりにしてはいけない。
私の頭がそう警告している。
立ち上がり、リフィルの手を取る。
カフェで飲んだコーヒーの代金を机に置き、手を引いてその場を後にした。
少しでも早く、この気持ち悪い空間から抜け出したかった。
その日の夜、私はムースの部屋を訪れた。
今日の出来事について、少なくともムースには話をしておいた方がいいと思ったからだ。
彼女は部屋に居て、私を迎え入れてくれた。
ソファーに座り、今日の出来事を話す。
ムースは話を聞きながら、何かを考えているようだった。
「私もユグドラシルにはたまにしか帰らないけど、リフィルさんを英雄視する意見は確かに多い。でも、その結果、国が二分するっていうのはちょっと。お父様の考えまでは分からないけど……」
「……エルフの人たちは、そんなリフィルがエディンバラ皇国の貴族の侍女になっているってことに怒ったりしないのかな?」
ふと、話を頭の中で整理していて思ったことだ。
国を二分するほどのことがあるなら、その英雄であるリフィルが私なんかのところにいるのは、エルフさんたちが怒りそうなものだが。
「怒らないんじゃなくて、怒れない、だね。ユグドラシルでリフィルさんがウリアの侍女だって知っているのは数えるほどしかいないから」
「え?そうなの!?」
「うん。私もこの学園でウリアと出会って初めて知ったよ。びっくりしたなぁ、昔見た人がメイドの姿で同級生の後ろに居るんだもん」
クスクスと笑うムース。
しかし次の瞬間には、その笑顔は消え、不安そうな顔になった。
「でも……このことが国中に知れ渡るとそれはそれで不味いと思う。国が二分するまでは行かなくても、反発することはあるかも。ジラルドお兄様がそこまで気付くかは分からないけど……」
「……ムース、次のお休みの日の話し合い、一緒に参加してくれないかな?」
「うん。その方がいいと思う。場所と時間を教えて?」
ムースに時間と場所を共有して、部屋を出る。
心強い味方を得て、少し安心した。
部屋に帰る途中で、ロゼリアさまのことを思い出した。
彼女は今日の話し合いに私とリフィルだけが参加することで、面白いことになると言っていた。
結果として面白いことは起きなかったのだが、ロゼリアさまには話しておいた方がいいと考え、目的地を変える。
ひょっとしたら、なにかまたアドバイスがもらえるかもしれない。
そう思いロゼリアさまの部屋を訪れたものの、彼女は不在のようだった。
こんな時間に居ないなんて、王城に行っているのかもしれない。
残念に思いつつも、私は自室へと戻り、明日へと備えた。




