第43話 私が知っているのは少しだけ【ムースSide】
今日は6話一気に投稿予定です
決して恵まれた家庭環境ではなかった。
両親は私に興味がないし、実の兄は毎日のように違う女性を部屋に連れ込んでいた。
そんな劣悪な環境の中、私はゲームに没頭するようになった。
受験だって、もうどうでもよかった。
学校にも行かなくなった。クラスのみんなは私を馬鹿にしてくるから。
家族からも、友達からも、全部逃げた。
自分の部屋に閉じこもって、嫌なものは見ないようにした。
そしたら、気づいたら別世界に居た。
アニメやゲームの世界に転生するなんて、夢のような出来事だ。
きっとこれからは明るい人生が待っている。
これまでの人生とはおさらばして、幸せに暮らすんだ。
そう思った矢先、私は自分がムース・ユグドラシルだと知った。
神様は、私のことが嫌いなんだと思った。
だって、私はこのゲーム、Everlastingを少ししかプレイしていないから。
どうして他のゲームじゃないの?
なんで少ししか知らないエヴァラスなの?
こんなの、全く知らない世界と変わらない。
でも、それでもまだ前向きに生きていこうと思っていた。
私はムース・ユグドラシル。ユグドラシル国のお姫様。
少なくとも、前世よりは良い暮らしができている。
普通に生きて、普通にエヴァラスのストーリーをなぞって、普通にエンディングを迎える。
それが私の目標。
そんな私の日常が変わったのは、3歳の時だった。
適性検査を終えた私は、外に出ることが許された。
そこで私は、ユグドラシル国の中央にそびえる世界樹に遊びに行った。
(すごく大きくて……綺麗……)
初めて世界樹を見たときの感動は忘れられない。
私はそれから、世界樹のそばで過ごすことにした。
長い時間を一緒に過ごすうちに、声が聞こえた。
『少女よ……聞こえるか……少女よ』
私と世界樹が初めて触れ合った。
思えばこれが、私が神樹の巫女となった瞬間だったのだろう。
神樹は、とても親切だった。私が強くなるための情報をくれた。
私は神樹のアドバイスをもらい、自分の実力を伸ばした。
専用のテスタロッサも授かった。
(なんて親切なんだろう。神樹様は、私に力をくれる)
このとき私は自分を強くしてくれる神樹を、文字通り神様のように崇めていたのだ。
そんな私を、今は殴りたい。
数年後の準備舎にはウリアが居た。
それになぜか、ライバルキャラが皆、転生者になっていた。
少し混乱はしたけれど、困りはしなかった。
(全然分からないけど、他にも転生者がいるなら、その人たちが何とかしてくれるかも)
私は学園の前半のシナリオしか知らない。
けれど、それ以降のシナリオを知らないという問題が解決しそうで助かった。
一番重要なウリアが転生者かどうか、分からなかったけれど。
準備舎にはユウリィも入学していた。
彼女はゲームでのお助けキャラだ。彼女にはゲームで助けられた記憶がある。
なぜか転生者達は遠ざけようとしていたけど、私はよくわからないので仲間に入れても良いのでは?と言ってしまった。
話だけでも他の転生者に合わせておけばよかったかもしれない。
(前の世界は一人で寂しかったけど、この世界は楽しくていいな)
今の世界には皆が居る。
他の転生者に合わせて行動していれば、将来も安泰だろう。
やっと幸せに過ごせるようになった。
そう思っていたのに。
エディンバラ学園に入学した年の夏休み、私は神樹から恐ろしい話を聞かされた。
この世界を10年もしないうちに災厄が襲うこと。
その災厄を封印しなくてはならないこと
封印するのに、神樹が犠牲になるということ
巫女となってしまった私も、同じように消えてしまうこと
それらの情報に、私は頭が真っ白になった。
『すまぬ……お前と私の親和性が高すぎたばかりに……本当にすまない』
ふざけるな。お前が私の中に入らなければ、私は死なずに済んだのに。
そう叫んだけれど、神樹は「すまぬ」と言い続けるだけだった。
なんで?どうして?
前世であんなに苦しい思いをしたのに、寂しい思いをしたのに。
なのになんで今回も、私は苦しまないといけないの?
私は堪えられなくなって、ユグドラシルから逃げた。
学園に戻るまでの記憶はない。
気づけば私はウリアに声をかけられていた。
私は……ちゃんと笑えるはずだった。ちゃんと話せるはずだった。
でも、ウリアを見ていると私は無意識に涙を流していた。
だってウリアとだって、もう会えなくなってしまうのだから。
泣くつもりはなかった。
でも、見られた。よりによって、ゲームの主人公のウリアに。
私は駆けだした。
けれどもウリアは中庭まで追ってきて、私を逃がしてはくれない。
しつこく聞いてくるウリアに、私はついに言ってしまった。
「ならウリアさんに話せば、解決するんですか!?」
私はゲームの主人公じゃない。
ただのライバルキャラだ。
そんな私が救われるような仕組みなんて、用意されているはずがない。
そう思っていたのに。
「そんなの分かんないよ!!ムースさんが何で悩んでいるか、言ってくれないと分かんない!そうしないと、何もできないよ!」
なにが……できるの?
ウリアに頼れば……あなたが救ってくれるの?
漫画のヒーローみたいに、私を。
「そん……なの……」
「でも!でも……教えてくれたら絶対なんとかする。全力で、なんとかするから。だから……教えてよ……」
「ウリ……ア……さん……」
私はずっとみんなと一緒に居たい。
せっかく一人じゃなくなったんだ。
ようやくあの暗い部屋から出られたんだ。
「助けて……助けてよぉ……」
「ムースさん……」
「死にたくない……死にたくないよ……」
だから、お願い。助けて。
結局、私が消えてしまう件を、今すぐ何とかすることはできなかった。
でもウリアに話したことで、ウリアは考えてくれた。
エヴァ達にも聞いてくれた。
彼女に相談したから、不安が和らいだ。
解決したわけじゃない。
見方によっては、少しも前に進んでないかもしれない。
でもウリアと一緒なら、何とかなるかもしれない。
ウリアと一緒なら、魔王アインを封印せずに、倒せるかもしれない。
何の根拠もない。けれど、ウリアは真っ暗だった私の心に、一筋の光を射してくれた。
(主人公じゃなくて……ヒーローだったのかもしれない)
微笑むウリアを見ながら、私はそんなことをふと思った。




