第41話 神樹と世界を滅ぼす災厄
第1寮の自室。
そこに戻ってきた私たちは、ずぶ濡れの状態だったのでシャワーを浴びることにした。
そのままでは風邪をひいてしまうので、びしょ濡れの服を脱ぐ。
雨に濡れた服は脱ぎにくく、少し手間取った。
ムースさんを見ると、泣きつかれたのか動きが少し遅い。
手伝うと、小声で「ありがとう」と呟いた。
脱いだ服を籠に入れて、浴室に入る。
リフィルには事前に頼んであるので、服は回収して乾かしてくれるだろう。
今は体が冷えているので、まずは温めないと。
ムースさんの手を引き、シャワーの近くまで連れていく。
ノズルをひねれば、あったかいお湯が斜め上から私たち2人に降り注いだ。
ムースさんを中心にお湯に当たるようにする。
すると、私の腕をムースさんがしっかりと掴んだ。
というよりも、抱え込むようにしている。
「ごめん……今はこのままで……」
「うん。大丈夫」
そのまましばらく、私たちはシャワーを浴びながら身を寄せ合っていた。
ある程度体が温まったところでシャワーを止める。
浴室から出るとすでにバスタオルが用意されていた。
リフィルに心の中で感謝しつつ、濡れた体をタオルで包み、拭いていく。
大きすぎるくらいのタオルは、私の体についた水分を逃すことなく吸収してくれた。
バスローブに身をつつみ、ムースさんの方を向く。
ムースさんを見ると、体は拭いたようだが、髪はまだ濡れていた。
「髪を拭かないと風邪ひくよ」
「ん……」
普段の彼女ならばテキパキとやるのだろう。
しかし今の彼女は弱っている。その姿を見ていると、エヴァの世話などをたまにする私の姉心が出てきてしまう。
ムースさんのバスタオルに手をかけ、髪を拭いてあげる。
前髪を拭いていると、近い位置でムースさんの顔を見ることができた。
(すごい……綺麗……)
バスタオルで前髪を上げた形になっている。
エルフはリフィルもそうだが、私達人間とは根本的に違う美しさがある。
女の私でも、間近で見るとドキドキしてしまいそうだ。
まあ今となってはドキドキよりも、心配で胸が張り裂けそうなのだが。
バスタオルで髪を軽くふいた後に、バスローブを着せて腕をひく。
脱衣所から出た後に、リフィルが待つ寝室に向かう。
すでに寝室ではリフィルが目を閉じて待機していた。
私のベッドに2人で腰かけると、リフィルはいつものように私の髪を乾かそうとした。
「ごめんリフィル。ムースさんからでいいかな?」
「かしこまりました」
返事をしたリフィルはムースさんの髪に風魔法を優しくかける。
私もいつもやってもらっている髪の乾かし方だ。
精細な魔法操作ができるリフィルだからこそできる技。
それに身を任せているムースさんの左手を、両手で包む。
ムースさんは握り返してくれた。
「ありがとう、ウリア」
「ううん、大丈夫だよ」
気づけばお互いに敬語が外れていたけれど、気にしている余裕はなかった。
「話すね……ウリアは……ユグドラシルの世界樹は分かる?」
「うん、中心にそびえる大きな樹だよね」
「……私はね……その世界樹の巫女なんだって。4歳からずっと。巫女っていうのは、神樹様と融合した人のことを指すみたい。私の中に、神樹様が溶け合っているって」
ムースさんの話だと、4歳で世界樹に触れ続けた影響で巫女になってしまったという。
彼女の持つテスタロッサも、世界樹から与えられたものであるとか。
「それでね……ユグドラシルに帰ったときに、神樹様に触れたの」
「うん」
先ほどからムースさんは世界樹ユグドラシルのことを神樹と呼んでいる。
どちらが正式な名前なのかは分からないが、おそらくどちらも同じものを指しているだろう。
「そのとき……私は自分が近い将来に、消えちゃうんだって教えられた。世界を滅ぼす災厄を封印するときに、神樹様と一緒に。巫女である私は、神樹様よりも小さいから、仮に神樹様が消えなくても、私は……消えちゃうって……」
「なに……それ……」
話のスケールが大きい。
けれど、それが嘘であるとは思えない。
勝手に巫女にして、勝手に犠牲にしようとする世界樹に、怒りが沸いた。
「神樹様は謝ってくれた。……でも、謝っても何も変わらない!私はいつか死ぬ!私が死ななきゃ……ウリア達が死んじゃう……」
「ムースさん……」
思わずムースさんを強く抱きしめる。
強く強く。彼女が少しでも安心できるように。
なんとかしたい。なんとかして、ムースさんを助けたい。
「ムースさん、その災厄はいつ起こるの?」
「私も……詳しくは……でも、少なくとも……10年以内には……再封印しないとって……」
「再封印?」
ということは、一度封印されているということだろうか。
なんとかするには、情報が足りなすぎる。
「その災厄は……なんなのかな?」
「神樹様は、魔王アインって言ってた」
「魔王……アイン」
聞いたことがある。世界に存在する超越者、魔王。
その魔王の中でも最も昔から存在する1人。
魔王【原始】アイン。だが、それは。
「ロスヴェイル国の、王様なんだよね?」
エディンバラ皇国から見て北西の果て。
どの国とも外交を断絶している国、ロスヴェイル国。
その国を1000年前から支配しているのが、魔王【原始】だ。
各国で行われる首脳会議。
それに対して、どんな魔法を使っているのか映像のみで参加し続けている。
一言も話すことはなく、ただ参加しているだけ。それがロスヴェイル国。
「それが……神樹様が言うには復活していないから、魔王アインと魔王【原始】は違うらしくて……もうよくわかんないんだけど……」
「えぇ……なんてややこしい……」
より詳しい話を聞こうとしたものの、ムースさんは神樹様と直接触れ合わないと会話ができないらしい。
つまり、ユグドラシルに行かなくては、細かいことは分からない。
さらに、神樹様は力が弱まっているらしく、話すことも少ししかできないという。
「……なるほど」
ムースさんを抱きしめたまま、私は考える。
スケールが大きすぎて、どうすればいいのかなんてわからない。
けど、私はこの話を一人で抱え込むつもりはなかった。
「ねえムースさん、この話をエヴァ達にしてもいい?スケールが大きすぎるし、エヴァ達の意見を聞きたいんだ」
「老婆心ながら、私もそのほうが良いと思われます」
「……え?」
私の大切な人たちにも話を聞いてみようと思った。
それ自体はリフィルも賛成してくれた。
けれどムースさんは戸惑った声をだした。
顔を覗き込んでみると目をまん丸くしていた。
エヴァ達には話さない方がよいのだろうか。
「信じて……くれるの……?」
「え?」
どうやらムースさんが気にしているのは全く別のことみたいだった。
「こんな……変な話を……信じてくれるの?」
「うん、信じるよ。だって、ムースさんの言うことだから」
確かに作り話かと思うくらい、話は大きい。
でもムースさんが嘘を言っているようには思えなかった。
少なくともあの涙は、本物だと思ったから。
信じていると告げると、ムースさんはまた涙を流して泣き始めてしまった。
その涙に、慌ててムースさんを強く抱きしめる。
結局泣き止むまでに、しばらく時間がかかった。
やがて泣き止んだムースさんは、私の腕を両手で抱え込むように掴んだ。
「ありがとう……でも……私のことはムースって呼んで。私もウリアって、呼んでいい?」
ムースの呼び方が、そしてムースとの距離が、この瞬間に変わった。




