第39話 夏休みと、少しの不安
準備舎からエディンバラ学園に進学しても、夏休みは変わらない。
期間も同じだ。課題があるのも、同じ。
私はその課題を、エディンバラ学園の図書館で行っていた。
その隣には、ルナが座っていた。
いつも一緒だったエヴァは、今日は居ない。
「それにしても、今年も同じところ行ったのかな?エヴァ」
「うーん、どうだろうね?」
課題に取り組みながら、ルナはポツリと呟いた。
もう長いこと取り組んでいるので、飽きてきているのだろう。
エヴァは夏休みが始まるなり、私に「行ってきます」と告げて学園を出ていってしまった。
専属侍女であるララさんが一緒なので問題はないと思う。
おそらく行先は去年と一緒なのではないだろうか。
「にしても、ムースもなんだかなぁ、って感じだよね。せっかく今年はネクステスに皆で行こうと思っていたのに」
ルナの言う通り、春の段階では今年は夏休みにネクステスに旅行に行く予定だった。
準備舎の時の約束だったので、異議を唱える人はいなかった。
けれど夏休み前に急にムースさんが用事でユグドラシルに帰らなくてはならなくなった。
夏休みはまだ前半だが、すでにムースさんは学園にはいない。
ユグドラシルに帰省している。
「せっかくネクステスに旅行しようと思ったのに、いつ帰ってこれるか分からないなんて、なんだかなー」
「でもルナも後半は用事で国に帰るんだから、そんなこと言ったらダメだよ。用事だから、仕方ないでしょ?」
「……まあ、分かってはいるんだけどさー。エヴァはどっか行っちゃうし、ロゼリアさまも公務で城に戻っちゃうし。でも結果として私はウリアと一緒に居れるんだけどね」
えへへとかわいい微笑みを私に向けてくれるルナ。
その様子に、ふと気になることを聞いてみた。
「ねえルナ。どうしてルナは私に声をかけたの?」
ずっと気になっていたこと。準備舎のときにルナは私に真っ先に声をかけてくれた。
なんで私に声をかけてくれたのか、それが気になってはいた。
今まで2人きりになる機会がなかったので、聞くことはできなかったのだが。
「……え?」
そのとき、ルナの動きが止まった。
目を見開き、数秒停止する。その後に、目線をあちこちに動かし始めた。
「そ、それはウリアがお……っ!」
途中まで話していたルナは急に頭を机に思いっきりぶつけた。
事故でぶつけたのではなく、わざとぶつけたように見える。
「ル、ルナ?」
「……うぅ……痛い……久しぶりだったから油断した……」
額を押さえてルナは少し悶絶した後に、涙目で私を見た。
そして手を下ろし、真剣な目で私を見る。
「私ね、ずっとお姉ちゃんが欲しかったんだ」
「お姉ちゃん?」
そういえばルナは一人っ子だったはずだ。
兄弟も姉妹も居なかったはず。
「……準備舎に入ったときに、エヴァと仲良さそうに話してたでしょ?変な話だけど、エヴァが羨ましかったんだ。それで……思わずね」
「そうだったんだ……」
ルナの言い分に微妙なひっかかりを感じながらも、素直に嬉しい気持ちになる。
彼女は私のことをまっすぐに見てくれる。それは本当だ。
「じゃあ私がルナのお姉さんだね」
「……尊い」
「え?」
「ううん!なんでもない!」
なにを言ったのかはわからなかったが、ルナはもう一度言ってはくれなかった。
結局この後、私とルナは世間話を続けてしまい、課題はあまり進まなかった。
日も落ちた学園寮の庭を歩く。
夏休みでは毎日恒例になっている、ミストのお世話だ。
学園で授業があるときは問題ないのだが、夏休みは自由な時間が多い。
テスタロッサ調整に夢中になってしまうミストがご飯を抜かしやすいときなのだ。
本来は第5寮の生徒がやるべきなのかもしれないが、ミストは私が良いのだという。
私としても別に嫌ではない、というよりも嬉しいので大丈夫だ。
「なんかこうしていると、ミスト様がお嬢様の妹のようですね。まあ、エヴァ様は食事を忘れることはありませんが」
ついてきてくれているリフィルの言葉が的を射ていて、つい笑ってしまう。
「そうだね。それならリフィルはお姉さんかな?」
「そうですね。お嬢様とエヴァ様が妹ならば、私はユグドラシルの家からは出なかったでしょう。私のものを欲しがることもなく、課題を代わりにやらせることもなく、両親にわがままを言って私の食事を抜かせることも。はぁ……」
「…………」
踏んでしまったリフィルの地雷。
次々に出てくる暗い過去に苦笑いをしながら、私はリフィルの手を握る。
彼女は私の手をしっかりと握り返してくれた。
「……ありがとうございます」
ボソッと呟いた一言に、少しだけ手に力を入れて握ることで返事をする。
そのまま第5寮の食堂に向かい、夕食を受け取る。
いつもなら私が手で持っていくのだが、今回はリフィルに止められてしまった。
彼女はトレイを回収すると風の魔法で持ち上げ、私の手を握り直した。
「さあ、行きましょうか」
「ふふ、そうだね」
改めて手をつなぎ直し、私たちはミストの部屋を目指す。
ミストの部屋は食堂から少し離れたところにあった。
手をつないでいない方の手で扉を開けて、中に入る。
ミストは部屋の中で熱心に書類を見つめていた。
「ミストー。ごはん持ってきたよー」
「おぉ、ありがとうウリア君!助かるよ。マリー君は食事の時間を教えてくれなくてさ」
「……もう何も言いません」
壁際で立っていたマリーさんは呆れたように呟く。
集中しているときのミストは私の声にしか反応しないらしい。
マリーさんもミストの専属侍女になって長いが、何をしても気づかないのだとか。
ミストはトレイを受け取って、テーブルに置いた。
「いやー、今日は何も食べてなかったから助かったよ」
「え?昨日から食べてないの!?ダメだよミスト!」
「あはは、ごめんごめん」
そういってミストは椅子に座る。
彼女はフォークを手に持ち、なにかを考えるように止まってしまった。
「……ミスト?」
フォークを置いて、ミストは私を見た。
その目はまっすぐで、表情は真剣だった。
「ウリア君……もし君が自分ではどうしようもない悩みを抱えているなら、君はどうする?」
「え?」
突然の質問に私は思わず聞き返してしまう。
けれどミストの顔は真剣で、いつものようにふざけている様子もない。
(自分では……どうしようもない悩み……)
自分の適性が、最低値であること。
それは今でも私の悩みだ。どうしようもないけれど、その悩みは今では小さくなってきている。
なら、その悩みを小さくしてくれたのは。
「私の場合は、エヴァが……皆が助けてくれたから……」
「適性の話だね」
ミストは納得がいったように頷いた。
けれど私の答えは、彼女の望んだものではなかったようだ。
私はもう一度考える。
自分ではどうしようもなかったこと。
どれだけ頑張っても、無理だったこと。
(……あ)
思い当ってしまった。
たった一人で、どうしようもなく無力だったあの時のこと。
自分のせいで、お母さまが亡くなってしまったこと。
気持ちが一気に沈む。あの時の私は……。
「…………」
「……僕は、本当にどうしようもないことは、文字通り、どうすることもできないんじゃないかと思ってしまう」
ミストの言葉に、違うと言いたかった。
一人ではだめでも、皆なら大丈夫。そんな言葉を投げかけたかった。
けれど、何も言えなかった。
私とミストの間に、沈黙が流れる。
「……やっぱり一人ではどうしようもないんだ。君のマリアを解明するのは」
「……え?」
マリア?解明?
「なんとか一人で頑張ろうと思った!できれば誰にもマリアを見せたくない!僕以外の誰かが観察するなんて嫌だ!だけど一人じゃ解明は難しいんだよ!」
「あー、そういうことね」
深刻な悩みかと思えば、ミストの悩みとはマリアのことだったらしい。
思えばミストはテスタロッサ第一主義だった。
「ミスト以上にマリアを見れる人が居るの?」
「悔しいことに、第5寮の寮監督であるサザンクロス先生は僕以上の天才だ。悔しいけれどね!」
「あはは……先生に嫉妬してどうするのさ」
いつもの調子のミストに苦笑いをしながらも、どこか腑に落ちなかった。
あの時のミストの言葉は、本当に私のマリアを指したものだったのだろうか。




