第29話 天才技師はご飯を食べない
ユウリィが食べ終わるのを待ち、私、ユウリィ、リフィルの三人でミストの部屋へと向かう。
私の手には、お昼ご飯が乗ったお盆がある。
ミストはよく食事を抜く。
わざと抜いているのではなく、気づいたら食事の時間が過ぎているのだ。
テスタロッサ調整の天才であるミストは集中力が高く、よく夢中になってしまう。
そのため、私がミストの部屋に食事を持っていくことが多々ある。
今回も、その一環ということだ。ちなみにほぼ毎日行っている。
ミストの部屋に到着し、一応ノックをする。
とはいえ返事がないのはいつものことなので、扉を開けて中に入る。
ミストは部屋の奥で何か作業をしていた。
彼女は一人部屋なので、他に生徒は見当たらない。
エディンバラ学園準備舎の寮は1人部屋と2人部屋がある。
基本的には2人部屋になるが、皇族であるロゼリアさまや、ミストのように集中したいという生徒に関してはお金を多く払うことで1人部屋を使えるらしい。
ちなみに私はエヴァと2人部屋だ。
部屋の隅にはミスト付きの侍女さんが立っていて、私を見ると深く頭を下げてきた。
アルトリウス家が雇っている侍女さんで、ミストが選んだ人だ。
確か名前はマリーだったはずだ。
エヴァの侍女のララさんと同じく、私のことを悪く思わない人だ。
というよりも、そういった人を選んでいるとミストからは聞いている。
「ミスト、ご飯持ってきたよ」
「あぁ、ウリア君!すまないね、集中していてお昼を過ぎていたと気づかなかったよ!マリー君、どうして教えてくれなかったんだい!?」
「教えましたし、体にも触れましたし、なんなら腕も叩きましたが無反応でした」
ミストの言葉にマリーさんは無表情で答える。
あまり表情に変化がないマリーさんだけど、侍女としての仕事はばっちりらしい。
「え?仮にも主人のこと叩いたの?」
「私はアルトリウス家の侍女であり、ミスト様の侍女ではありません。それにウリア様やエヴァ様ならともかく、テスタロッサ馬鹿であるミスト様に敬意はありません」
「テスタロッサ馬鹿っていうな!ただ好きなだけだよ!!」
「いえ、馬鹿です」
マリーさんと軽口をたたき合いながらも、ミストは席について食事を始める。
「聞いてくれよウリア君、マリー君はいつもこうさ。もちろん、変に気を使ってくるよりはいいけどさぁ。最近は僕への扱いが雑なんだよね。侍女交換してくれない?」
「そうですね、私もこんなテスタロッサ馬鹿はお断りです。ウリア様は優しいですし、可愛いですし、侍女になれば――いえ、なんでもありません」
「は?何だよ急に――」
「ミスト様」
恐ろしいほど低い声が響き渡る。
ちらっと見るとリフィルが微笑んでいた。けれど、目はまったく笑っていない。
「それはつまらない冗談です」
「……え、あ、ご、ごめんなさい」
「マリーさん」
「は、はい!」
リフィルはマリーさんに顔を向け、笑みを一瞬で消した。
「ウリア様の専属侍女は私です。そこをお忘れないように」
無表情でそう言われ、マリーさんはコクコクと頷いた。
顔が青くなっている。
「と、ところでユウリィ君と仲良くなったのかい?」
このままではまずいと思ったらしく、ミストが話題を変えてくる。
私は後ろにユウリィがいたことを思い出した。
「うん、ちょっと話をしてね。お互いに勘違いしているところがあったから、そこを話し合って、友達になったんだ」
「へぇ、まあウリア君が良いならいいと思うよ。よろしくユウリィ君、僕はミストだよ」
「う、うん、よろしくミストくん」
「…………」
ユウリィと挨拶をして、ミストは黙り込んだ。
なにかあったのか?そう思ったが。
「……ユウリィ君、テスタロッサを僕に預けてみないかい?最高の調整をお約束するよ」
「……じゃ、じゃあお願いするよ」
ユウリィはそう言っておずおずと指輪を差し出した。
白のフレームに、白い宝石がはまっている、純白の指輪だ。
ミストはそれを手袋をはめて受け取ると専用の台に置き、さまざまな角度から指輪を眺める。
うんうんと頷きながらじっくりと眺めている。
「コモン級なんだね。コモン級で待機状態が指輪なのは珍しいねぇ」
「……そうなのかい?他の人は基本的にアド級だから、よく分からないんだ」
「能力は全能力向上かな?オーソドックスだね。まだ調整は必要なさそうだね。この感じだと、秋くらいに持ってきてもらえればちょうど良いと思うよ」
「ありがとう、ミストくん」
指輪を返しながら、ミストはそう言う。
返し終わると、まだ途中だった昼食に手を付け始めた。
「ウリア君はこの後どうするんだい?」
「まだ昼過ぎだし、図書室にでも行こうかなって。ユウリィも行く?」
「いや、僕はちょっと用事があるから今回は遠慮しておくよ」
「なるほど……昼食ありがとう。マリー君、悪いけどトレーを食堂に返しておいてくれ。ウリア君、いつもすまないね。準備舎が始まったら、しばらく昼食をおごらせてくれ。それじゃあ」
そういうとミストは作業に戻っていった。
マリーさんは溜息を吐きながらトレーを食堂に持っていく。
この状態になるとミストは声に反応してくれない。
とはいえ一応、音を立てないように扉を閉めて、部屋を後にする。
その場でユウリィと分かれ、私はリフィルと一緒に図書室へ向かう。
準備舎の図書室は図書室と言われているが、実際には図書館と言っても差し支えないほど広い。
図書室に到着し、扉を開けると、たくさんの本が出迎えてくれた。
ありとあらゆる書物が格納された図書室だが、規模は学園のよりも小さいというのだから驚きだ。
たまにここには来る。今日もまた、面白い本がないかなと思っていたところだ。
図書室の奥に入り、色々な本を見ていく。
良い本があればいいなぁ、と思っていたのだが。
ふと、足に本が当たった。
こんなところに本を落としておくなんて、礼儀がなってないな。
そう思い、拾い上げようとすると、その本以外にも本が落ちているのに気付いた。
というよりも、その本を見ると、さらに別の本が落ちているのに気付く。
そうやって目線を動かしていくと、目の前に信じられないものが現れた。
本の山。恐ろしいほど積み重なった本が、山をなしていた。
その前に、本を読んでいる少女がいる。
梯子を立てかけて、その真ん中に座って読んでいた。
「え?え?え?」
あまりに現実離れした光景に、私は思わず、声をあげてしまった。




